ここでは筋疾患(ミオパチー: myopathy)を疑った場合にどのような病歴・身体所見に特に注目し、どの様な検査を検討するべきか?といったアプローチ方法に関してまとめます。
鑑別
・炎症性筋疾患:皮膚筋炎、多発筋炎、免疫介在性壊死性筋症、封入体筋炎(下図参照)
・全身性疾患:サルコイドーシス、抗ミトコンドリア抗体関連筋炎
・ミトコンドリア病
・周期性四肢麻痺(甲状腺機能)
・糖原病(ポンペ病)
・筋ジストロフィー(DMD/BMD、顔面肩甲上腕型 FSHD、眼咽頭遠位型筋ジストロフィー OPDM、Dysferlinopathy、Emery-Dreifuss型)
・筋強直性ジストロフィー
・遠位型ミオパチー(GNEミオパチー)
・先天性ミオパチー(ネマリンミオパチー、セントラルコア病、中心核病、ミオチュビラーミオパチー)
・その他:外傷、中毒(ボツリヌス・フグ・ヘビ)、感染症、薬剤性(スタチン、ステロイド、免疫チェックポイント阻害薬など)
・神経筋接合部疾患:重症筋無力症、Lambert Eaton型筋無力症候群
*参考:IIMsの分類は下図
病歴・身体所見
もちろんcomprehensiveな病歴聴取と身体所見は重要ですが、特に筋疾患を疑った場合に重要な病歴、身体所見を紹介します。
・近位筋力低下の病歴:筋疾患は一般的に近位筋の障害をきたします。下肢だと例えば「風呂場の浴槽をまたぐことができない」、「階段をのぼるのが大変」、「布団から起き上がるのが大変」、上肢だと例えば「頭を洗う際に腕をもちあげることが大変になった」という病歴は近位筋障害らしい病歴なので重要です(日常生活動作から病歴をひろう方法に関してはこちらにまとめがありますのでご参照ください)。
・出生時:周産期異常はなかったか?発達は通常だったか?(floppy infantではないか?)
・幼少期の運動能力:発症時期の同定のためにきわめて重要な問診です。「学校での徒競走がいつも最下位だった」、「マラソンは出来なかった」などの運動能力を小学校までさかのぼって問診します。
・既往歴・随伴疾患:白内障、感音性難聴、禿頭などは筋強直性ジストロフィーに特徴的です。
・家族歴:家族写真などがあると顔貌の特徴などから家族歴の把握がしやすい。
・起こりうる状況:炭水化物過量接種後は周期性四肢麻痺を疑います。昼寝をした後は改善するなどの病歴が取れれば重症筋無力症などの神経筋接合部疾患の可能性が高まります。
・皮膚所見:これは特に皮膚筋炎で重要な所見です。mechanic’s hand(機械工の手:抗合成酵素症候群で特徴的), Gottron’s sign, Heliotrope erythema, V-sign, Shawl sign, nail fold capillary abnormalityなどが挙げられ、参考までに下図に掲載します。
・顔貌:FSHDが代表のミオパチー顔貌では顔面下半分に強い脱力・筋萎縮により口周囲の表情に乏しくなります(笑うと唇が横一直線になる、口笛が吹けない)。筋強直性ジストロフィーでは咬筋萎縮により下顎が下垂し、側頭筋萎縮により側頭部が凹み、頬骨弓が張り出す「斧様顔貌」(hatchet face)が有名です(余談ですがこれは西洋の斧であり、岐阜大学さんのブログで詳しく解説されています)。ネマリンミオパチーでは顔面筋・咬筋萎縮・高口蓋により顔が全体的に細長くなります(平山神経症候学第9章「顔面の症候」を参照)。
・骨格の異常:毛髪、短指症、耳介低位、高口蓋、関節拘縮、関節の過伸展、脊椎(lordosis、側弯や可動域制限”rigid spine”がないか?)などを確認します。
・MMTと筋萎縮の分布:いわずもがなのMMTですが、舌の筋力評価(具体的には患者さんに口の中で舌で頬を内側から押してもらい、検者はほほを外側から押すことで筋力をみる)、頸部屈曲・伸展の筋力(炎症性筋疾患では通常頸部屈筋が伸筋よりも弱い:仰臥位から頸部を持ち上げるのが大変)、下肢近位(中臀筋、大臀筋なども含める)などが重要です。MMT一般に関してはこちらにまとめがありますのでご参照ください。封入体筋炎は深指屈筋と大腿四頭筋に特徴的な筋萎縮を認めます。FSHDでは翼状肩甲と上肢の近位が前腕よりも萎縮する「ポパイの腕」様の筋萎縮を呈します。
・Gowers’ sign(Gowers徴候):起立時に使用する筋は大きく2つ大殿筋(股関節)、大腿四頭筋(膝関節)が重要な役割を担います。これらの筋力低下があると上肢の補助を加えて起立しようとします(下図はChilds Nerv Syst (2015) 31:633 – 635より引用)。臀部を後ろへ突き出すようにすることで、膝の伸展をしやすくする動作があります。余談ですが”Gowers”先生のお名前が由来なので、Gower’sではなくGowers‘と点に注意です。
・歩行様式:“waddling gait”(動揺性歩行)は臀筋群の筋力低下により骨盤が歩行時に安定せず、腰を左右にふるように歩行する様子を表します。また”lordosis”(脊柱前弯)も呈します。
・Beevor徴候:元々は胸髄病変検出のための診察方法ですが、顔面肩甲上腕型筋ジストロフフィーでは下腹直筋の筋力低下によって陽性となります(Arch Neurol 47:1208-1209, 1990が最初の報告)。筋疾患を疑う場合は必ず確認します(私は筋疾患の患者さんをプレゼンする場合には必ず触れます)。Beevor徴候の具体的な診察方法や解釈などについてはこちらをご参照ください。
・Grip myotonia, percussion myotonia:筋強直性ジストロフィーで認める所見として重要です。以下は自験例の動画です(患者さんから許可取得ずみ)。強直性ジストロフィーに関してはこちらのまとめをご参照ください。
・深部腱反射:筋疾患では深部腱反射は正常~低下します。筋疾患を疑い、全ての深部腱反射が消失している場合、一度はLEMSを鑑別に入れるべきと個人的に思います。強収縮後に深部腱反射が回復(post exercise facilitation)すればLEMSの診断になります(下動画はLEMS自験例)。
検査
■血液検査
・甲状腺機能:周期性四肢麻痺(こちらをご参照ください)
・M蛋白:SLONM with MGUS(こちらをご参照ください)
・乳酸・ピルビン酸:ミトコンドリア病(髄液も)
・神経筋接合部疾患を疑う場合:抗AChR抗体、抗MuSK抗体、抗VGCC抗体
・筋炎関連抗体
抗ARS抗体:皮膚筋炎、多発筋炎
抗MDA5抗体:CADM(clinically amyopathic DM), 間質性肺炎合併
抗TIF1γ抗体:悪性腫瘍合併
抗Mi-2抗体:多発筋炎、呼吸筋障害、心機能障害、PBC合併
免疫介在性壊死性筋症:抗SRP抗体、抗HMGCR抗体(外注検査) こちらを参照
封入体筋炎:抗NT5C1A抗体 こちらを参照
*参考:各種自己抗体と臨床像の対応関係
・ろ紙検査:Pompe病(GAA)
■遺伝子検査 *筋生検より先に実施を検討するべき
・DMD/BMD:Dystrophin
・筋強直性ジストロフィー:DMPK CTG repeat異常
・FSHD:DUX遺伝子D4Z4 repeat短縮(サザンブロット法)
・眼咽頭型筋ジストロフィー:PABPN1遺伝子 GNC repeat伸長
・GNEミオパチー:GNE遺伝子変異
■生理機能検査
・心機能評価:心電図、心エコー検査、BNP →Emery-Dreifuss型筋ジストロフィー(こちら参照)、抗ミトコンドリア抗体関連筋炎
・呼吸機能:呼吸機能検査(血液ガス検査)、胸部レントゲン・CT検査:呼吸筋障害の評価と合併しうる間質性肺炎評価に行います。呼吸機能検査は可能であれば座位と臥位両方行うことができるとより良いです。場合によっては(呼吸機能検査が充分に行えない場合など)CO2貯留がないか確認するため血液ガスを行います。神経筋疾患での呼吸不全に関してはこちらにまとめがありますのでご参照ください。
*参考:呼吸筋障害が前景に立つことがある筋疾患
先天性:遅発型ポンペ、ネマリン
後天性:SLONM、抗ミトコンドリアM2ミオパチー
・嚥下機能評価:嚥下造影検査など *嚥下機能評価に関してはこちらにまとめがあります
■電気生理検査
・反復神経刺激検査:神経筋接合部疾患との鑑別目的に、筋疾患かどうか悩む場合は基本的に実施するべきと思います。ALSなどではabnormal waningを認めますが、筋疾患ではwaningを認めることは通常ありません。反復神経刺激検査に関してはこちらをご参照ください。
・強収縮後のCMAP振幅の比較:LEMSは疑うまでが勝負で、強収縮後にCMAP振幅が増大すればほぼ診断が確定的になります。LEMSは当初大腿の筋力低下などで筋疾患の顔をして受診してくる場合があるため、筋疾患を疑う場合一度はLEMSの可能性を考慮するべきと個人的な経験から思います(いかんせんLEMSの鑑別入り口が分かりにくいため)。LEMSに関してはこちらにまとめがありますのでご参照ください。
・針筋電図:神経原性変化は比較的簡単に判断できますが(特に神経再支配が進んだ状態)、筋原性変化は解釈が難しいです。MUPでのshort duration and low anplitudeは、針先がうまく運動単位に近づけられていないとそうなってしまいますし(検者の問題)、early/rapid recruitmentは検者にしかわからず(波形だけを見ても推測はできますが断定はできません)なかなか客観性を持って筋原性変化ということが難しいです。最も客観性が高くdiagnosticな所見はMMT3以下の筋肉で最大収縮で干渉が保たれている所見です(これは神経原性変化では絶対に起こらない所見です)。このように筋疾患での針筋電図はMMTとの対応と合わせて注意深く判断する必要があります。針筋電図一般に関してはこちらをご参照ください。
筋強直性ジストロフィーでは”myotonic discharge”が刺入した瞬間に記録できます。国家試験でも有名な音が重要ですが、とてもわかり易い動画がYou Tubeにありましたので掲載させていただきました。
■画像検査
・骨格筋CT検査(+肺野):萎縮の分布と虫食い所見(筋障害が進んで脂肪置換が起こると同部位は単純CT検査で低吸収)を評価するのに有用です。特に傍脊柱起立筋や横隔膜などの体幹筋は身体所見だけで萎縮の評価が困難なため、CT所見が参考になります。被爆の問題もあり全例行うべきではないですが、診断に悩む場合には参考になります。下図左は傍脊柱起立筋萎縮例、右は健常者(”Teaching NeuroImage:Axial muscle atrophy in adult-onset Pompe disease”より参照)。 *肺野は間質性肺炎評価目的に行います。
・MRI検査:炎症が起きている筋の同定、また生検部位の選択に有用で、脂肪抑制のSTIRでの評価が良いです。筋疾患は「近位筋」が障害されることは有名ですが、実際には「近位筋のなかでも疾患により筋ごとの障害程度が異なる」ことが重要で、MRI検査は診断においても重要な役割を担います。以下のサイトで各筋疾患ごとの罹患筋分布をまとめており非常に勉強になります。
https://neuromuscular.wustl.edu/pathol/diagrams/musclemri.htm
■悪性腫瘍検索
皮膚筋炎など病型によっては悪性腫瘍を高率に合併するため、腫瘍検索が必要となる場合があります。
■筋生検
確定診断において最も重要なのが筋生検です。こちらにまとめがありますのでご参照ください。