注目キーワード

針筋電図検査 総論

0:運動単位の理解

電気生理検査を理解するにあたって運動単位という概念を理解していないと各検査の意義が理解しにくくなるため最初に解説させていただきます。

運動単位(motor unit):1個の前核細胞が支配する筋線維群
*神経原性変化:運動単位が減少する
*筋原性変化:運動単位内の筋線維の数が減少する
運動単位電位(MUP: motor unit potential):同じ運動単位に属する筋線維の活動電位の集合

運動単位の分類:運動単位はその性質から大きく以下の3つに分類され、それぞれ対応する機能と筋病理の関係があります(筋病理に関してはこちらも参照)。

神経支配比(innervation ratio):1つの運動単位に属する筋線維の数
・低い(数本):細かい動きを必要とする筋肉(外眼筋、喉頭など)
・高い(1000本単位):粗大な動きを必要とする筋肉(四肢近位筋など)

ここまで運動単位に関して解説してきましたが、ここから先は具体的な針筋電図検査の実施方法や波形の解釈に関して解説させていただきます。以下1:安静時の評価、2:弱収縮の評価、3:最大収縮の評価の順に評価していきます。

1:安静時での評価

■方法
・Fibrillation potential, positive sharp waveなどは神経原性・筋原性変化の活動性を評価するのに有用である。
・随意収縮が入ると評価が難しくなる。完全に筋肉がrestの状態にするためタオルをいれて軽度関節を屈曲させたりと楽なポジショニングができるように工夫する。
・観察する項目:1: 針電極の刺入に伴う活動電位(刺入電位)と2: 安静時電位
・記録:100μV, 10ms/div(当施設では16行表示)
*Neuropackで1行の横軸は20divあるため200ms(1行に波形が1個出現は5Hz、2個出現は10Hz程度のイメージ)

■Fib(fibrillation potential):線維自発電位
・病態:1つの筋線維由来の異常興奮(運動単位に属する全ての筋線維ではなく)
・波形の特徴:初期陽性波形(2相性もしくは3相性のことが多い)、規則的な放電パターンの波形を呈することが最も特徴的である(多少周波数が早くなって行ったり、遅くなっていったりする)、
・振幅:20-500μV、周波数:0.5-20Hz程度と幅が大きい
・病的意義:神経原生、筋原性いずれでも生じる・活動性の変性を示唆する所見*時に正常は筋肉から認められることもある(1箇所から検出されても必ずしも異常所見とは言い切れない)

■PSW(positive sharp wave):陽性鋭波 *fibrillation potentialと病的意義は同一
・病態:fibrillation potentialと同様
・波形の特徴:陽性波+陰性波(陰性波は振幅が小さく、持続時間が長い)

■fasciculation potential:線維束性電位
・病態:1つの運動単位(motor unit)に属するすべての筋線維もしくはその一部の筋線維が自発放電をすることにより生じる
・波形の特徴:completely irregular(全く不規則に出現することが特徴)、背景に運動単位があると評価が難しいためきちんと安静時で評価することが重要
・振幅、周期さまざま *100μV以下はfasciculationとは取りづらいです
・病的意義:神経原性に特異的(正常でも出現する場合があり1/10箇所以下は病的とはとらない)
・分類:simple or complex(多相性:病的意義が高い)

*参考:リズムによる分類
ポイント:「波形は針先と筋肉の位置関係により変化するが、リズムが変化することはない」
・規則的:Fibrillation potential、Positive sharp wave
・ゆらぐ:MUP
・不規則:Endplate spike(速い)、Fasciculation potential(遅い)
*特に波形だけでは遠いMUPはPSWと誤認されることがあるため注意が必要であり、リズムがなによりの鑑別点となる。

その他の波形

■Endplate spike
病態:終板付近を針が刺激することにより生じる。
波形の特徴:不規則で速いリズムを呈する。Fibと間違えられることが多いがリズムが不規則な点が鑑別点として重要。
*音の例え:雨だれ、ポップコーンリズム

■Myotonic discharge ミオトニー放電
病態:単一筋線維の放電
波形の特徴:バイクのエンジンをふかしたような音で、周期は一定ではなく最初は速くなり、その後次第に遅くなり振幅も減衰消失する(教科書的には急降下爆撃音)
ミオトニー疾患:多量に認める
ミオトニーのない疾患:しばしば認める場合がある(刺入時) あまり長くは持続しない

■CRD: complex repetitive discharge 複合反復放電
病態:筋繊維の1つがペースメーカーとなり、活動電位が隣接する筋繊維へ伝わり(接触伝導)サーキットを形成した場合に生じる
波形:一定間隔であり、突然停止することが特徴
疾患特異性には乏しい(慢性の筋原性、神経原性変化いずれでも認める)、正常では腸腰筋で認める場合がある

■myokymic discharge ミオキミー放電
病態:神経由来(peripheral nerve hyperexcitability: PNH) 2-10連 50Hz程度
*150Hzよりも周波数がはやいものはneuromyotonia(これも神経由来)
原因:
(局所性)放射性神経障害・脳幹病変による顔面ミオキミア(glioma, MS)・CTS
(全般性)Isaacs症候群・polyradiculopathy(AIDP, CIDP)・ヘビ毒・金製剤
*Isaacs症候群に関してはこちらもご参照ください。

2:弱収縮での評価

■方法
運動単位の評価MUPの形態と対応する病態の評価)を主目的としており、「筋原性と神経原性の鑑別」に有用である。
1つの運動単位電位(MUP)を分離・同定するために力の強弱の調節をすることが重要。力が強すぎると多数の運動単位が動員されてしまうことで、MUPの分離が困難となる。
・また筋原性では小さな力で多数の運動単位が動員されてしまう(rapid/early recruitment)ため、MUPの分離が難しくなる場合がある(recruitmentは後から波形だけ見てもわからず検者にしかわからないため注意)。
・別々の運動単位電位がたまたま重なるとpolyphasicな1つの波形に見えてしまう場合があるため注意が必要(下図参照)。


・focusがあっていると、波形の立ち上がりが急峻(focusがあっていないと陽性波が主体であったり立ち上がりがだらっと緩やかであったりする)で、筋電図計の音が「パチ」「パチ」とした音になる(経験で習得することが必要)。逆にfocusがあいすぎるとdurationが極めて短くツンツンした波形になるが、これは正常のためhigh amplitudeと取らない。
・記録:1mV, 10ms/div(当施設では4行で表示)

正常のMUP(motor unit potential)波形

1:振幅(amplitude):正常範囲 0.5-2mV(”peak to peak”で測定する) 高振幅:3-4mV以上
*神経原性変化:神経再支配が進むと、1つの運動単位が支配する筋線維数が増加するため、1つのMUPの振幅は増高する。
*筋原性変化:運動単位内の筋線維数が減少するため、MUPの振幅は低下する。
2:持続時間(duration):正常範囲 5-10ms 同一の運動単位に属する筋線維の同期性と対応している
*神経原性変化:神経再支配の途中では再支配を受ける軸索・髄鞘が未熟な状態のため伝導が遅く不安定で同期性が悪いため持続時間が長く、多相性になる。一方で再支配が完成すると同期性が完成することでdurationは短くなる。
*筋原性変化:筋線維数が少なくなることで同期性は上がるためdurationは短くなる。
3:位相(phase):基線をまたいだ回数+1回(もっと簡単に山の数)

■病的なMUPの評価

・MUPの評価で重要な点は例え神経原性であったとしても筋原性であったとしても、「波形は病態を反映するため病期によって変化する」ということです。

神経原性変化(神経再支配の初期状態):ある運動単位に属する軸索が障害されると、その運動単位に属する筋線維は別の運動単位から神経支配を受けます。この現象を「神経再支配」と呼びます。再支配のために伸びてきた軸索・髄鞘・神経筋接合部はまだ不安定な状態であるため伝導が不安定で遅くなり、同期性は悪く持続時間が長くなり、波形は多相性になります。

神経原性変化(神経再支配が完成した状態):神経再支配が完成すると、新しく支配下に治めた筋線維の同期性も改善するため、MUPは高振幅になります。

筋原性変化:筋原性変化では筋線維ごとに萎縮、肥大などを生じ、筋線維数の減少とそれぞれの線維のばらつきが大きくなり多相性の波形となります。durationが短いことが典型的で、”low amplitude, short duration, polyphasic”な波形で、筋電図計ではビニール袋を勢いよく潰す様な「ぐちゃっ」とした音になります。short duraion, low amplitudeなMUPは正常のMUPとの区別が難しく、筋原性のMUPの解釈は神経原性よりも一般的に難しいです。

3:最大収縮での評価

■方法
・最大収縮をすると多数の運動単位が動員されることで、記録ではMUPが多数出現して重複することで個々の判別が難しい干渉波(interference)が出現する(通常基線が見えなくなる)。この干渉を評価することが最大収縮の目的である。
*神経原性:神経原性変化では運動単位の種類が減少するため、動員される運動単位が少なくなり、基線が埋まらない干渉不良を生じる。
*筋原性:運動単位が減少するわけではないため、干渉は保たれる。MMT3以下にもかかわらず干渉が保たれていることは筋原性において最も特異的な所見である(MUPのshort duration, low amplitudeよりも)。