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嚥下障害へのアプローチ “dysphagia”

病態

・生理的に食塊が経時的にどのように流れていくのか?をまず理解することから始める。先行期→準備期→口腔期→咽頭期→食道期と5つに分けて考えるのが一般的であり、特に後者3つを解説する。

■口腔期:口閉鎖(Ⅶ)・舌(Ⅻ)で食塊を咽頭へ送る

・必要なこと:食べ物がこぼれないように口を塞ぐ(口輪筋:顔面神経)、舌で食べ物を咽頭へ送る(舌下神経)
・口腔期が障害される原因は、顔面神経麻痺(くちからこぼれる・くちに食べ物が残る)やスムーズに舌運動が出来なくなる錐体外路障害(パーキンソン病)、舌下神経麻痺や舌筋力低下(舌で食べ物を送れない)などが挙げられる。

■咽頭期:嚥下反射(舌咽神経・迷走神経)を利用して食塊を咽頭から食道へと送り込む

・必要なこと:軟口蓋挙上による鼻咽腔閉鎖・咽頭収縮・舌が口蓋に密着・喉頭挙上による喉頭蓋の気道閉鎖(これらは全て咽頭に食塊の刺激が来た後の「反射」により生じる)
軟口蓋挙上による鼻咽腔閉鎖:軟口蓋挙上は口蓋帆挙筋(迷走神経支配)などが中心に担い、これが障害されると咽頭内の圧を高めて食道に送ることが出来ないため、鼻に水・食べ物が逆流するという症状が出現する(両側性障害>片側性障害)。また構音では開鼻声・が・か・な行などの構音障害を認める。
喉頭挙上:喉頭挙上により喉頭蓋がパタンと気道の入り口を閉鎖するようになり、食べ物が気道に入らないようにする。これが不十分だと誤嚥をきたす。
→こうすることで咽頭(図緑色の領域)の圧力は高まり、かつ食道(図青色の領域)以外に出口がなくなるため食塊を咽頭から食道へと送ることが出来る。
・咽頭期が障害される原因の代表が「神経筋疾患」で、核上性の障害は「偽性球麻痺」(英語の”pseudobulbar palsy”に該当)、核下性の障害を「球麻痺」と表現する。反射による嚥下が行われるため、反射経路が直接障害される核下性の障害のほうが嚥下障害が重度になりやすい。

■食道期:食塊を食道から胃へと送り込む

・食道期は大きく器質的障害(物理的圧迫:腫瘍、狭窄など)と機能的障害(アカラシア、強皮症など)により鑑別が異なる。
器質的障害では水は空いたスペースから流れることができるため、固形物の嚥下が難しく水は嚥下可能
機能性障害では水・固形物どちらの嚥下も障害される。

鑑別

・嚥下障害の鑑別を経過(突然発症・急性~亜急性・慢性経過)で分類すると以下の様になり、特に緊急性の高い疾患を赤字で表記した。

・延髄の脳血管障害のなかでも延髄外側症候群(Wallenberg症候群)は、舌咽神経・迷走神経の核が障害されるため核下性の障害(球麻痺)を呈す代表的な疾患。嚥下障害は強く(ベッドで横向きになりティッシュにつばを出す)、失調などよりも回復に遷延し(このため「歩ける嚥下障害」を呈します)集中的・長期的な嚥下のリハビリテーションが必要となる。Wallenberg症候群に関しては詳しいまとめがありますのでこちらを参照。
・重症筋無力症では嚥下障害をきたしている時点でクリーゼ(呼吸筋麻痺)の可能性が極めて高いため、緊急で入院・治療(血漿交換)が必要となる。重症筋無力症クリーゼに関してはこちらを参照。特に抗MuSK抗体陽性例の重症筋無力症は嚥下障害の頻度が高く注意が必要です(こちらも参照)。
・ギラン・バレー症候群では特にPCB variant(pharyngeal cervical brachial)が球症状が前景に立つ亜型として重要(PCBに関してはこちらを参照)。また通常のギラン・バレー症候群でも嚥下障害は人工呼吸管理のリスク(EGRIS)となるため注意が必要(ギラン・バレー症候群の予後予測に関してはこちらを参照)。

・感染性食道炎の原因としては単純ヘルペスウイルス、帯状疱疹、サイトメガロウイルス、カンジダなどが挙げられ、嚥下痛が重要。
・薬剤で食道潰瘍の原因となるものはビスフォスフォネート製剤、塩化カリウム製剤(スローケー)、抗凝固薬ダビガトラン、NSAIDs、抗菌薬、ワーファリンなどが有名。高齢者で内服後すぐに臥位になってしまう、充分な水で内服していないなどが薬剤が食道で停滞する原因となり潰瘍を起こしてしまう場合がある。

嚥下障害へのアプローチ

■確認するべき病歴・身体所見

飲み込みづらいところを患者さんに直接指さしてもらう
1:喉をあたり指差す場合→咽頭期の問題の可能性が高い
2:胸をあたり指差す場合→食道期の問題の可能性が高い
・水と固形物で嚥下しやすいさに差があるか?
1:固形物だめ・水OK→器質的障害
2:固形物・水どちらもだめ→機能性障害
軟口蓋挙上不良(鼻咽腔閉鎖不全):水を飲む時鼻に逆流する、開鼻声、構音障害(が行)など
喉頭挙上:実際に嚥下をしてもらい視診で確認することができる。
易疲労性を確認:重症筋無力症では食事の食べ始めは大丈夫であるが、食べている内につかれてきてしまい飲み込みづらいという易疲労性が指摘できる場合がある。

■神経学的所見

眼輪筋反射・口輪筋反射・下顎反射:これらが亢進している場合は核上性の障害(偽性球麻痺)を示唆する。
頬をふくらませる:口を閉じて頬を息でふくらませる。軟口蓋挙上障害(鼻咽腔閉鎖不全)があると鼻から空気がぬけてしまう。
軟口蓋反射:片側の軟口蓋を舌圧子などで外側から正中へ軽くこする。正常ではこすった側の軟口蓋が挙上する。
咽頭反射(pharyngeal reflex):咽頭後壁を綿棒や舌圧子などで軽く触れ咽頭筋の収縮があるか?を左右で確認する(正常者でも強い催吐反射 gag reflexを呈する場合~ほとんど欠如する場合まで個人差が大きい)。


発声に伴う軟口蓋、口蓋垂、咽頭後壁の動き:挙上は十分か?偏位はないか?カーテン徴候はないか?を確認
カーテン兆候:咽頭後壁の正中部が健側に引かれる(軟口蓋麻痺の所見ではないため注意)。「あー」と発音するよりも「あ」と短く発生したほうが観察しやすいことが指摘されている。これは核上性では起こり得ず片側性・核下性の障害(球麻痺)を示唆する。

舌所見:核下性の舌下神経麻痺があると病側へ舌は偏位し、萎縮やfasciculationを認めます。下図は舌下神経管への上咽頭癌浸潤による右舌下神経麻痺自験例です。舌下神経も延髄領域のため、延髄の評価には重要です。

*球麻痺(bulbar palsy)と偽性球麻痺(pseudobulbar palsy)
・延髄が脊髄に比べて膨らんで球状であることから「球」と名付けられている。
球麻痺延髄の脳神経障害(運動:Ⅸ・Ⅹ・Ⅻ)により生じる症状(嚥下障害、構音障害、発声障害)を意味する。片側性・両側性いずれもある。カーテン徴候(片側性の場合)、その他咽頭反射の消失、舌萎縮・fasciculationを認めることが特徴。
偽性球麻痺核上性の障害による球麻痺様の症状(嚥下障害、構音障害、発声障害)を呈する状態を意味する(「仮性球麻痺」という表現が昔は使われていたが、日本神経学会では「偽性球麻痺」に用語を統一)。延髄疑核の上性支配は両側性支配のため、通常片側性障害では麻痺は呈さず、基本は両側性に錐体路(皮質延髄路)が障害される場合に症状を生じる。眼輪筋反射・口輪筋反射・下顎反射が亢進すると核上性を示唆する。
参考文献:脳神経内科2021;94:89-93「球麻痺 vs.偽性球麻痺」著:熱田直樹先生

■嚥下機能の簡易的な診察方法

1:反復唾液嚥下テスト RSST(repetitive saliva swallowing test)
方法:30秒間で可能な限り嚥下運動を繰り返し、喉頭挙上の回数を数える(甲状軟骨に検者の指をあてて行う)
判定:正常3回以上 異常2回以下

2:改訂水飲みテスト(modified water swallowing test:MWST)
方法:3ml水を口腔内に含み嚥下→成功すればさらに2回行ってもらう(合計3回)
評価項目(以下の2点を確認)
1:声質が湿性に変化したり、窒息しそうになることなく嚥下できる
2:嚥下が30秒間で2回成功できる

3:水飲みテスト・聴診法
方法:30ml水を飲んでもらう。聴診器を頸部にあてて嚥下後に水泡音が聞こえるか?と何回の嚥下運動を必要としたか?を確認する。
評価
・嚥下障害なし:1回で飲み干せて(5秒以内)・聴診も問題なし
・嚥下障害あり:むせる or 飲むのに複数回嚥下を必要とする or 1回で飲み干せるが5秒以上かかる or 嚥下後聴診で水泡音が聞こえる(梨状窩に水分が貯留していることを意味する)

検査

1:咽頭期の問題を疑う場合
採血検査:CK、抗AChR抗体、抗MuSK抗体、抗ガングリオシド抗体、筋炎関連抗体
電気生理検査:反復神経刺激検査(MGを疑う場合)、神経伝導検査(GBSを疑う場合)、針筋電図検査(ALSを疑う場合)
・頭部MRI検査・髄液検査:器質的疾患(具体的には血管障害、脱髄疾患、脳幹腫瘍、頭蓋底転移、がん性髄膜炎など)を除外するために行う。

2:食道期の問題を疑う場合
上部消化管内視鏡検査:食道での器質的障害精査

3:嚥下機能の詳細な評価
嚥下造影検査:VF
嚥下内視鏡検査