脳症(encephalopathy)という言葉はなかなかつかみどころがないと感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、私(管理人)は脳症の意識障害診療上の位置づけを理解しているか?が意識障害診療の習熟度を如実に反映していると思います。今回は経験上の私見が多い記事ですが日常臨床の参考になりましたら幸いです。
脳症(encephalopathy)とは?
脳症(encephalopathy)
①中枢神経の機能障害
②血管障害と炎症が除外されているもの
↓具体的には
原因:代謝性、薬剤性、中毒性、てんかんなど
突然~急性発症の意識障害へのアプローチ
①血管障害:画像(MRI)
②炎症(髄膜炎/脳炎):髄液
③脳症(つまり上記以外):採血・薬剤歴・脳波
上記3つの病態軸をもってアプローチする必要がある(脳症は一番右になる)
鑑別
①代謝性:低血糖(高血糖緊急症)、低/高Na血症、高Ca血症、甲状腺クリーゼ、粘液水腫性昏睡、肝性脳症、高アンモニア血症、Wernicke脳症、ODS(浸透圧性脱髄性症候群)
②薬剤性:抗菌薬(βラクタム系、セフェピム、メトロニダゾール)、アシクロビル、ベンゾジアゼピン系、抗精神病薬、プレガバリン、オピオイド、メトトレキサートなど
③中毒:セロトニン症候群、悪性症候群など Toxidromeに関してはこちらを参照
④てんかん:NCSE
⑤その他:PRES、敗血症性脳症、(橋本脳症)
*治療介入が必要な病態(=supportive careのみでは対応できない病態)を太字で表記
*注意:一見脳症にみえる血管障害
パターン①多発脳梗塞,パターン②両側視床梗塞(こちら)
検査
①採血:電解質・血糖値・NH3・甲状腺・ビタミンB1・血漿浸透圧
②薬剤歴(中毒を含めて):中枢神経に作用する薬剤は全て注意
③脳波:NCSEの可能性に注意
+α MRI:特異的な画像所見を呈する疾患の場合MRIの撮像を考慮する(全例行う必要がある訳ではない)
内訳:PRES(必須)、Wernicke脳症、メトロニダゾール脳症、ODS(浸透圧性脱髄性症候群)
*盲目的にMRIを撮像するのではなく、脳症のうちどの疾患がMRIで特異的所見を呈するか?というリストを持った上でオーダーしないと意味がない(後手にまわってしまう)
臨床像
・覚醒障害が「変動」することが特徴
・神経所見上左右差(laterality)のない障害を呈することが多いが、片麻痺などの局所神経所見を呈する場合(例:低血糖での片麻痺)も稀にある
・発作(Seizure)を合併する場合も多い
・神経所見上はasterixis(こちらに解説あり)が有名であるが、asterixisの有無のみをもって脳症か?そうでないか?は鑑別ず、あくまでも参考所見である
→asterixisは病勢のフォローアップに有用な神経所見である(脳症が改善していくとasterixisも改善してくる関係にある)
治療・対応
・脳症の治療は大きく①積極的治療介入を要する病態、②Supportive care(経過観察)の2つに分けられる。
・ここで積極的に②を選択できるかどうか?が意識障害診療における勘どころである。
・突然~急性発症の意識障害診療で血管障害と炎症を否定し、脳症が残り、その後①治療介入を要する病態が除外できれば、基本的に積極的待ちを選択する。
・ここでじたばたと「あれも除外できていない、これも除外できていない」となると、不必要な薬剤投与(例えば脳波モニタリングでない状況でのベンゾジアゼピン投与によるintravenous ASM trial、橋本脳症を除外できていないと抗TPO抗体陽性でとりあえずステロイド投与など)を行ってしまい、診療が混乱してしまう。
・特に入院中に発症した意識障害の原因のほとんどは現病由来の脳症(例:敗血症性脳症)または治療介入薬剤による脳症(例:抗菌薬投与による脳症やプレガバリン投与による脳症)である。入院中発症の意識障害にAIUEOTIPSを展開しても仕方がない。脳症は時間をかけてじわじわ改善してくる場合があるため(もちろん原因薬剤が除去されたり敗血症のコントロールがついていることが前提条件であるが)、適切に待つ姿勢も臨床上極めて重要である。特に高齢者では時間がかかることが多い。
・病名の羅列ではなく、病態に基づき次にとるべきアクションを常に意識しながら診療をすることが意識障害診療における最も重要なことであると私は後輩に指導している。
AIUEOTIPSで意識障害診療が完結すると思ってはいけない
・「語呂」が役立つのは緊急時で頭が真っ白になってしまう状況で次に行うべきアクションや鑑別を強制的に引き出してくれるときである。この意味で福井大学林先生の考案された語呂の「さるもちょうしんき」は非常に優れている。
・意識障害は”vital sign”の異常であり、鑑別の大風呂敷を広げるよりも先に迅速に緊急性の高い病態に対してのアクションを起こす必要がある。
・このため自分の中で次に何をすべきか?という指針を持ちながら診療にあたらないと混乱する。
・意識障害診療で分単位での緊急介入を要する病態は①血管障害と②炎症(髄膜炎/脳炎)である。これらかどうかをまずは急いでアプローチしないといけない。①を疑いのであれば画像検査を何よりもいそぐし、②であれば血液培養、髄液検査などを急ぐ必要がある。
・AIUEOTIPSは確かに鑑別を網羅的に挙げている点で優れているが、次にどのアクションをすべきか?また緊急性の高い疾患はどれか?に関しては教えてくれない。このため実臨床のフローと乖離がある。
・このためAIUEOTIPSを知っていることはもちろん良いのが、AIUEOTIPSの一本やりで意識障害診療を行うことは全くできないことを充分認識する必要があると私(管理人)は考えている。
・神経診療の原則でもあるが「病名から考え出すと診療が混乱する」ことを改めて強調したい。