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アシクロビル脳症 Acyclovir neurotoxicity/encephalopathy

私は昔アメリカの博学なNeurologyのDrにアシクロビル脳症に関して質問をしたところ「アシクロビル脳症って何?そんなのあるんですか?」という解答が返ってきてとても驚きました(私の英語の発音が悪すぎて伝わらなかった可能性もありますが・・・)。そこで改めて文献をしらべていて驚いたのは、日本からの報告がとても多いという点です(また全体の文献の少なさ自体にも驚きました・・・)。日本では内科医なら誰でも聞いたことがある「アシクロビル脳症」ですが、そもそも実はそんなに一筋縄にはいかない概念なのではないかとその時思いました。調べた内容をまとめます。アシクロビル一般に関してはこちらをご参照ください。

アシクロビル脳症を考える

・アシクロビル脳症の診断基準というものは提唱されていません(私の調べた限り)。結局全ての薬剤性脳症において共通の点ですが、アシクロビルが脳症を起こしていることを証明するためには、特異的なバイオマーカーやメトロニダゾール脳症のように特異的なMRI所見がある訳ではないので、1:原因薬剤(アシクロビル)開始後に発症、2:他の脳症原因を除外、3:原因薬物(アシクロビル)中止により改善という3つを満たす必要があります。

・アシクロビル脳症において難しいのはこの 2:他の脳症原因を除外 です。現病のヘルペス感染症が実は中枢神経に悪影響を与えている可能性を否定できない限り判断が悩みます。確かに単純ヘルペス脳炎はアシクロビルを使わないとどんどん悪化していきますが、帯状疱疹ウイルスによる脳炎はアシクロビルがどの程度効果があるか難しいところです(少なくとも臨床的に劇的に改善するイメージは帯状疱疹ウイルスによる髄膜脳炎は私にはありません)。また帯状疱疹は前の記事の通り(こちら参照)、明らかな中枢神経症状を呈していなくとも髄液所見が異常になる場合があるため髄液所見からの解釈も難しいです。

・この問題をクリアするのに有用である臨床状況は「化学療法後などに予防的にアシクロビルを開始したら脳症になった(るまりヘルペス感染をしている訳ではない状況でアシクロビルを使用している)」というケースで、実際に症例報告があります(日本より 引用元:International Journal of General Medicine 2021:14 413–417 日本からの報告)。

・また機序に関してはまだ解明されていないですが、1980年代からアシクロビルの神経毒性に関しては指摘されており(Ann Intern Med 1983;98:921–5, Ann Intern Med 1984;100:920–1. , Lancet 1985;II:385–6.)、アシクロビル代謝産物のCMMG(9-carboxymethoxymethylguanine)濃度と中枢神経障害の相関関係などの指摘があります(Nephrol  Dial Transplant. 2003;18:1135- 1141. 海外からの報告)。

・上記総合+個人的な臨床経験からも「アシクロビルによる中枢神経障害の病態は存在する」と思います。これに有効な反論する文献も今のところないので(もしございましたらご教授おねがいします)、アシクロビルによる中枢神経障害はあるという前提にたって話をすすめます。

臨床像・治療のまとめ

各種文献を読んだ上で最大公約数的な臨床像を以下にまずまとめます。

臨床像

・アシクロビル開始72時間以内に見当識障害・幻覚などの脳症を発症(アシクロビル脳症に特異的な臨床像というものは提唱されていない・軽度の場合もあればcomaまで至る場合もある)
・髄液所見は正常、画像所見も正常、脳波でも特異的な所見は指摘されていない(他の器質的な原因除外のために髄液検査・画像検査を行います)。特異的なバイオマーカーは存在しない。ACVの血中濃度がいくつ以上で脳症になる?というようなcutoffも存在せず、現状はACV濃度を測定することを推奨するに至る根拠には乏しい。
・背景に腎機能障害を有している例が圧倒的に多いが、腎機能正常例での報告もある。

治療

薬剤中断により数日の経過で改善または透析
・透析導入の明確な基準に関して示している報告はなし
*「診断的治療」として透析を導入して意識状態が改善するかどうか?を検討した文献はある。ただ現実的にいきなりここまでするかどうかは施設の透析へのaccessibilityなどの要素も大きいと思います。

・”prevention is better than cure”できちんと腎機能に合った投与量に調整することと、アシクロビル投与後24~72時間の患者さんに新規の意識変容などを認めた場合はアシクロビル脳症を疑う臨床的な姿勢が最も重要です。

各種文献

■アシクロビル脳症のケースレポート+literature review Medicine 2021;100:21(e26147). 日本からの報告

・43例
・年齢0.5-88歳 平均55.0歳 男性18/女性24/不明1
・状況:帯状疱疹62.7%, 単純疱疹 20.9%, 化学療法での予防11.6%
・内服のみ55.8%、ACY86.0%、発症までの投与期間1-36日(中央値4日)
・波形:透析62.7%、何もなし9.3%

■アシクロビル脳症systematic review of cases J Clin Pharm Ther. 2021;46:918–926. 海外からの報告

全119例
薬剤種類:ACV 73.9%, VACV 29.4% *内服71.4%
59.5歳 65歳以上 61.3%
腎機能障害83.3%(透析44.5%) cre 5.6mg/dL
腎機能より推奨される投与量より多い量が投与されている場合は59.7%
発症まで3.1±4.3日
治療:抗ウイルス薬中止82.3%, 透析51.3% *完全改善 93.3%
改善までの日数:9.8±21.7日 ≦7日 74.4%, 8-15日 15.9%, >15日 9.8%
薬剤使用の目的:VZV72.3%, HSV21.8%, HSV予防1.7%, CMV3.4%, EBV0.8%

■バラシクロビルに限定した報告まとめ(literature review) European Journal of Neurology 2009, 16: 457–460 日本からの報告

・バラシクロビルはアシクロビルのpro-drugなので、アシクロビルと基本的な薬理効果は同じなので副作用profileも同じになるはずです。この報告ではバラシクロビルによる脳症を20例literature reviewとしてまとめています。
・バラシクロビルによる脳症は1998年に初めて報告され(Therapeutic Drug Monitoring 1998; 20: 385–386.)ました。
・今回の20例はいずれも背景に腎機能障害があり、症状としては意識障害、見当識障害、幻覚が多いです。

おわりに

・前述の通りアシクロビル脳症は明らかに日本から多く報告されています。もちろん逆で海外であまり認知されておらず、日本できちんと診断されている可能性もあります(実際に以外と多いという報告が近年あります J Antimicrob Chemother 2019; 74: 3565–3572)。

・しかし、私の今までの経験と意見としては「アシクロビル脳症という言葉が有名なばっかりに、安易にアシクロビル脳症とされている例が多いのではないか?」という思いを持っております。では実際にせん妄とアシクロビル脳症は鑑別できるのか?と言われると難しいのですが、全体的な評価が甘いまま「アシクロビル脳症」となっているケースをよく目撃します。特異的なバイオマーカーはないので除外診断の要素が大きいことに変わりはありません。

みなさまの経験からご意見などございましたら是非色々教えていただけますと幸いです。