注目キーワード

粘液水腫性昏睡 myxedema coma

myxedema comaは甲状腺クリーゼよりも遭遇する機会は少ないかと思います(私は今まで2例±現在拝見している症例)。甲状腺機能低下が誘因により破綻することで全身性の障害をきたす内科緊急疾患です。まだ簡単にしかまとめられていないですが徐々に勉強した内容をupしていきます。

疫学・リスク

・男女比=1 : 1~10 年齢:高齢者がほとんど(60歳以上が80%以上)
→圧倒的に高齢女性に多い点がポイントです
・季節:が圧倒的に多い(~90%冬に発症したとも報告)
誘因(重要)感染症(特に低体温でマスクされる場合があるため閾値低く培養検査などを検討)、寒冷、心筋梗塞、薬剤(オピオイド、リチウム、アミオダロンなど)、利尿薬投与

臨床像

私も経験が少ない中ではありますが疾患のゲシュタルトとしては「高齢女性が冬に起きてこられず救急搬送となり、低体温と意識障害を呈して身体所見では顔などがかなり浮腫んでおり、血液ガスをとるとなぞのPaCO2上昇がある」といった印象をもっています(みなさまいかがでしょうか?)。以下に私が過去に経験した例を掲載しますが、たぶんかなり典型像なのではないかと思います。

*自験例の過去の病歴(個人情報に配慮して)
70歳代女性 主訴:意識障害
現病歴:1月某日朝6時ごろに普段起床するが起きてこないので娘が様子を見に行ったところ「あーあー」と声を出していた。娘はそのまま様子をみて外出することにして、ヘルパーが10時ごろ到着したところ食事がとれない様子であった。その後12時ごろに訪問看護師が到着して体温が腋窩だと30℃を下回ってしまい意識状態が悪く、電気毛布で加温するも改善しないため救急要請。
GCS10 E4V2M4 , pupils 3+/3+  BP 123/61 mmHg, HR 32/min, RR 16/min, SpO2 98%(RA) BT 24.1℃(腋窩) 身体所見:全体的にpuffyである・眉毛ほぼなし
血液ガス所見:pH 7.252、pCO2 69.2、pO2 61.2, Lac 26.2, Glu 193, BE 0.9,  Na 136.4, K 3.66, Ca 1.23, Hb 13.3
髄液所見:蛋白158 mg/dL↑, 細胞数 1/μL
血液検査:FT4: 0.55↓, TSH: 76.955↑

・最も重要な臨床上のポイントは1:意識障害、2:低体温、3:誘因になると思います。

中枢神経
・意識障害に関してcomaという名称がついているがcomaであることは少ないとreviewなどを読むと書いてあります。ただcomaかそうではないか?という点のみでは鑑別しきれないと思います。
・その他認知機能障害や精神症状を呈することがあります。また~25%はてんかん発作を呈し、てんかん重積を呈する場合もあります。

筋骨格系
・顔面を中心にnon-pitting edemaを呈することが多いです。ここは自験例でも特徴的な印象があります。
・筋緊張亢進を呈するのか?気になります。調べていますが文献上でてきません。

循環
・徐脈と低血圧。

呼吸
・低換気によるPaCO2貯留があります。普段PaCO2貯留で甲状腺機能低下症を連想することはあまりないと思うので原因不明のPaCO2貯留はmyxedema comaを考慮する必要があります。

電解質内分泌
・低Na血症・腎機能障害・低血糖(副腎不全併発がないかどうか確認必要)

消化管
・腸管蠕動運動低下(麻痺性イレウスを呈する場合も)

検査・診断

TSH, FT4, FT3:具体的にmyxedema comaの基準値というものは設定されていません。

*myxedema comaはERで約半数が見逃されていたという報告もあり、under-recognizedの可能性がある点に注意しながら診療にあたります Am J Emerg Med 2010;28(8):866-870. 特に死亡率が報告にもよりますが20-30%と報告されているため注意が必要です

診断のスコアリング 60点以上:感度100%, 特異度85.7%
*25点未満は否定的, 25~59点はリスクあり

治療

1:副腎皮質ステロイド補充
2:甲状腺ホルモン補充
3:全身管理(+誘因除去)

・副腎皮質ステロイド補充は甲状腺ホルモン補充により相対的副腎不全になるリスクを避けるためで、全例最初に投与を行います。投与量はハイドロコルチゾン100mg q8hrで投与します。

・甲状腺ホルモン補充の方法、投与量は議論が非常にあるところで決まったものはないのだと思います(RCTはないですし、症例の少なさから今後も行われる可能性は低いのではと思います)。個人的には急性期に腸管の使用が不安定の場合は静注製剤を使うことも問題ないのではないかと思います(内服製剤は吸収がかなり差が生じてしまうため投与されたうちどのくらいが全身吸収されているか予測しづらいため)。

レボチロキシン(LT4)投与量
*海外の教科書やreviewなどに記載されている量 初回投与量:(100-)500μg静注→その後50~100μg/日で継続投与
*日本での推奨量 初回投与量: 50~200μg/日→その後翌日から50~100μg/日

・またT3製剤を併用するか?という点も議論があるところと思います。

参考文献
・Current Neurology and Neuroscience Reports (2021) 21: 21 神経合併症を呈する内分泌緊急症のまとめ よくまとまっているので私はいつもこの文献でチェックしています
・Continuum (Minneap Minn) 2017;23(3):778–801. 同様
・日甲状腺会誌 2013;4:47-52. 日本からの診断基準と治療方針