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視床梗塞 thalamic infarction

視床は感覚情報や意識を伝える中継所を担っています。先日視床前部の脳梗塞によりabuliaが前景に立つ症例を経験したため、勉強させていただいた内容をまとめました。

血管支配

視床を支配する血管は大きく以下の4つに分類されます(下図参照:名称は文献により違いがあるが本記事は以下の名称で統一)。いずれも後方循環由来です。
tuberothalamic artery(Pcom由来 後交通動脈)
paramedian artery(後大脳動脈P1由来)
inferolateral artery / thalamogeniculate artery(後大脳動脈P2由来)
posterior chroidal artery(後大脳動脈P2由来)

もちろんこれらの血管支配は相互にoverlapがあり厳密にどこからどこの領域が◯◯血管支配だと述べることは出来ません。それぞれの血管ごとに穿通枝の本数が個人ごとにばらばらなことと関係しているとされています。

以下では血管ごとの脳梗塞による臨床像を解説します。

1:Tuberothalamic artery領域の梗塞

Tuberothalamic arteryは視床の前部を支配する血管で、視床を支配する血管で唯一後交通動脈から起始します(その他は全て後交通動脈から起始する)。生理的にも1/3ではtuberothalamic arteryは欠損しており、生理的欠損の場合はparamedian arteryから支配を受けるとされています。視床梗塞全体の約12%を占めるとされています。

臨床像としては覚醒度の変化、無為(abulia)やapathy、自発性の欠如が目立ち、その他覚醒の変動、前向性健忘、人格変化、遂行機能障害、左側の場合は言語障害、右側の場合は半側空間無視などを認めるとされています。このような一見すると皮質症状らしいものを認めることも視床梗塞の特徴と思います。

前向性健忘を認める場合があることから分る通り視床は記憶とも関係があります。記憶の神経回路としてPapetz回路とYakovlev回路、前脳基底部回路が挙げられ、視床は前者Papetz回路の視床前核と関係しており下図をご参照ください(記憶障害に関しての詳細はこちらをご参照ください)。
Papetzの回路 (以下の2つの経路が内側と外側でループを形成しているイメージ)
・海馬体→(脳弓)→乳頭体
・乳頭体→視床前核→(内包前脚)→帯状回→(帯状束)→側頭葉内嗅皮質→(perforant pathway)→海馬体

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2:Paramedian artery領域の梗塞

視床梗塞全体の約35%を占めるとされています。Paramedian arteryは後交通動脈P1から起始しますが、起始の仕方のvariationが非常に多いことが特徴で下図Aの様にPCAの左右からそれぞれparamedian arteryが起始する場合もあれば、下図B,Cの様に片側のPCAから両側のparamedian arteryが起始する場合(the artery of percherson)もあります。後者の血管が閉塞すると(下図Cの場合)脳血管障害にも関わらず両側視床梗塞を呈することがあり(全視床梗塞の約7%を占める)知識として知っておく必要があります(この点に関しては両側視床病変の記事にまとめがあり、よければこちらもご参照ください)。

片側梗塞の場合、臨床像としては覚醒障害、記憶障害(作話を認める場合もある)、見当識障害、性格変化、左側の病変の場合失語、右側の病変の場合空間認知障害などを認めるとされます。

3:Inferolateral artery / Thalamogeniculate artery領域の梗塞

inferolateral arteryは別名thalamogeniculate arteryで、後大脳動脈のP2から起始し、主に視床の外側を支配します。視床梗塞全体の約45%を占め、視床梗塞の原因として最も多いものです。

臨床像はVPM(顔面)、VPL核(四肢・体幹)の障害による片側の感覚障害(表在感覚、深部感覚を含めた全ての感覚障害)が最も有名で、また遅れて出てくることもある視床痛(鎮痛薬などに抵抗性のことが多い)が特徴として挙げられます。VL核は小脳からの入力線維を伝えているため四肢の失調も認め、”ataxic hemiparesis”の臨床像を呈する場合も多いです。

視床では体部位局在が口と手の領域が接近しているため(母体の中での赤ちゃんのよう)、手口症候群(cheiro-oral syndrome)を呈する場合も臨床ではよく経験します。この分布も知識として知らないと「解剖学的に合わない」と判断してしまう危険性があるため注意が必要です。

以下に自験例の画像所見を掲載します。

4:Posterior choroidal arteryの梗塞

Posterior choroidal arteryは後大脳動脈P2より起始し、視床の後部を支配します。同部位の視床梗塞の報告は非常に少なく、私はまだ経験したことがありません。

外側膝状体(下図LGB)が障害されると視野障害を呈します。その他感覚障害、運動障害、ジストニア、振戦、まれに言語障害、健忘などを呈する場合もあるようです。

■視床梗塞168例のまとめ Song YM. Topographic patterns of thalamic infarcts in association with stroke syndromes and aetiologies. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2011 Oct;82(10):1083-6. doi: 10.1136/jnnp.2010.239624. Epub 2011 Mar 15. PMID: 21406535.

この論文では視床を含む脳梗塞(視床単独梗塞だけではない)168例をretrospectiveに解析しています(韓国での研究です)。脳梗塞の部位は上記の4つの血管支配で分類し(下図左よりA:anterior, B:posteromedial, C:ventrolateral, D:posterolateral)、脳梗塞の機序はTOAST分類(SVD:small vessel disease, LVD: large vessel disease, cardiogenic, cryptogenic)に準じています。

まず脳梗塞の部位に関してですが、視床に限局した梗塞は全体の40%に認め、60%の症例では視床以外の部位にも梗塞(PCA領域の梗塞:23%、top of the basilar artery:13%、extended posterior criculation infarct:24%)を認めました。梗塞部位としては、1つの視床血管支配に限局するものが69%、片側複数血管支配領域が16%、両側性15%に認めています。またventrolateralが最も多く61%、次にposteromeial: 39%、posterolateral: 25%、anterior: 11%に認めております。

続いて脳梗塞の機序に関してですが、内訳はSVD36%、LVD18%、心原性18%、原因不明23%、複数の機序5%となっています。以下に脳梗塞の機序と脳梗塞の部位の対応関係を示した図を掲載させていただきます。

以上視床梗塞に関してまとめました。視床梗塞は臨床像が多彩でしばしばMRIを撮像してから「えっ視床なんだ・・・」と思うことが(情けないのですが)まだまだある領域で奥深いです。

参考文献

・Stroke. 2003;34:2264-2278 視床の血管支配と臨床像に詳しくまとめられたreviewです。

・J Neuroimaging 2018;28:343-349. 視床の血管支配に関して非常にきれいな図表でまとめられており、本記事でも多くを引用させていただきました。

これらの参考文献に関しては後輩のT先生に教えていただきました。大変ありがとうございました。