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どのような病歴が「良い」病歴なのか?

「何が良い病歴で何が悪い病歴か?」正直私が初期研修医のときはあまり分かっていませんでした。とりあえず聞きまくればいいのかな?となんとなく思ってただ「長い病歴が良い病歴」と勘違いしていたように思います。ここでは何が良い病歴なのか?に関して私の考えを書かせていただきます。

患者さんの言う言葉をそのまま病歴にすれば良い訳ではない

私は普段神経内科医として外来をしていますが、パーキンソン病患者さんのフォロー外来で最初に「最近調子はどうですか?」と聞くと、そのほとんどの方は「調子がだんだん悪いです」とおっしゃります。しかし「だんだん悪いです」という患者さんが10人いるとして「そのうち何人が本当に悪くなっているのか?」を突き詰めていくとその数はぐんと少なくなります。これを患者さんの言葉を鵜呑みにして全員に対して「そうですが、悪くなっているのですね・・・じゃあ薬を増やしましょう」とすると再現の無い薬増量無限ループに突入します。

あくまで例(たとえ)話として提示させていただきましたが、何を言いたいかといいますと「患者さんが悪くなりました」と言う場合は、ただ患者さんの言葉を鵜呑みにするのではなく、「客観的にその増悪をとらえる病歴を拾うことができるか?」が重要であるということです。これは言い換えると「患者さんの言葉をそのまま鵜呑みにすることが病歴を取るということではない」となります。

私は初期・後期研修の先生がチーム回診などで「だんだん悪くなっていきました」とプレゼンテーションがあると、「具体的にその増悪は病歴でどういう形で取れるの?」と必ず噛みつくようにしています。「患者さんが悪くなってきたと言っていたので・・・」ではダメであるということです。

例えば数年の経過の歩行障害の患者さんがいると仮定し、悪い現病歴と良い現病歴を提示します。

悪い病歴例:「2年前に足が上がりづらい感じが出現し、それが徐々に進行して今年当院外来を受診、精査目的に入院となった」

これはツッコミどころ満載な病歴ですが、「徐々に進行して」という部分に該当する具体的な客観性を持つエピソードが欠落していることが非常に問題です。また「足が上がりづらい感じ」に該当する具体的なエピソードがなく、この病歴だけではそもそもどこが病巣であるか?また本当に進行性の病態なのか?が全くわからないため臨床推論が全くできません。

良い病歴例:「2年前にアパートの2階へ階段を登る際に左足が段にひかっかることがときおり出現するようになった。その後階段は手すりを使用しないといけなくなった。1年前から近くの駅まで普段なら10分で歩いていけるところが、20分くらいかかるようになった。また半年前から通常歩行の際にも左足がつっかかる感じがありあるきづらく杖を歩行で使用するようになり、当院外来を受診、精査目的に入院となった。」

この病歴の良い点は「徐々に進行する」様子が客観性を持ったエピソードで補完されている点にあります。このような病歴だと聞いている方も「あーたしかに進行性の病態なんだな」とわかります。

「徐々に進行して」というのは患者さんの主観が大きく、これだけでは本当に進行しているのか?わかりません。不安が強い患者さんの病歴などはいとも簡単に何もかもが増悪している病歴になってしまいます。繰り返しになりますが、これを裏付ける「手すりを使用するようになる」「近くの駅までの歩行時間が長くなる」「杖を歩行で使用するようになる」という客観的エピソードが重要なのです。これは”open question”で患者さんが話してくれれば医療者としてはラッキーですが、“closed question”で医療者が積極的に聞きに行く姿勢が求められます。これが病歴を取るという行為です。ただ患者さんの話を沢山聞いてそれをそのままカルテに書き写せば良い病歴になるという訳ではありません。なぜ医療者が病歴を取る必要があるかというとこのように「能動的に病歴を取りにいかないと、それは病歴にならない」からです。

これは歩行障害だけでなく、例えば「浮腫(むくみ)」を例に挙げて考えると、患者さんが「むくんできています」という病歴だけでは不十分で、それを補完する具体的なエピソードがほしいところです。例えば手の浮腫であれば「指輪がきつくなった」、足の浮腫であれば「靴下のあとがつくようになった」、「靴が小さくなりきついためサイズを一回り大きくした」などが具体的な浮腫を補完するエピソードとして挙げられます。「病歴を取るのが上手い人」は「症状を補完する客観性の高いエピソードをclosed questionで聞き出せる人」とも言いかえられると思います(もちろんこれだけではないですが)。そのためには日々の問診が重要なことはもちろんのこと、病歴を取るのが上手い人が普段使っているストックフレーズを盗むことも有用です。その目線で普段回診に臨んでいるとより実りある回診になると思います。