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橋本脳症

橋本脳症はかなり注意が必要な疾患概念で、誤解も非常に多いです。今回の記事は拙著「レジデントのための神経診療」でも記載した内容が中心です。脳症の全体像に関してはこちらを参照ください。

元々の概念提唱

①脳症
② 抗甲状腺抗体(抗TPO抗体)陽性
③髄液所見/MRI所見は正常(または非特異的所見)
④ステロイド治療反応性が良好

注意:甲状腺機能自体は正常~軽度低下の場合が多く, 甲状腺機能低下に伴う粘液水腫性昏睡とは全く別の疾患概念です. SREAT(steroid responsive encephalopathy associated with autoimmune thyroiditis)と呼ばれる場合もあります.
Steroid-responsive encephalopathy associated with autoimmune thyroiditis. Arch Neurol 2006;63(2):197–202.

Graus上の診断基準 Lancet Neurol 2016;15(4):391–404.

1: 脳症(てんかん発作, ミオクローヌス, 幻覚, 脳卒中様症状)
2: 甲状腺疾患
3: MRI所見正常または非特異的所見
4: 抗甲状腺抗体陽性
5: 神経抗体(血清, 髄液)陰性 *管理人注:ここをどこまで徹底して行っているかが重要です
6: その他の鑑別疾患除外
上記1~6全てを満たす場合”probable”該当 *背景の病態, バイオマーカーが十分確立していないため全て満たしたとしてもdefiniteではない点に注意

病態

・病態は今だ解明されておらず, 抗甲状腺抗体(抗TPO抗体)自体は直接の病原性を有していないとされています(確立したバイオマーカーなし 抗NAE抗体も特異的では全くない).
Hashimoto’s Encephalopathy: Case Series and Literature Review. Curr Neurol Neurosci Rep 2023;1–9.

・またそもそも抗TPO抗体は全人口の13%が有すると報告されており, 別の原因による脳症患者が抗TPO抗体を偶発的に有している可能性があるため橋本脳症の診断に特異的な検査所見ではありません. J Clin Endocrinol Metab 2002;87(2):489–99.

問題点

・ここで問題となるのが, 近年自己免疫性脳炎の自己抗体が次々と同定されており, 過去に橋本脳症と報告されていた症例の中に自己免疫性脳炎/脳症が紛れていた可能性があるという点です.

・こうした背景から神経細胞抗原に対する自己抗体を有する例を除外した橋本脳症24例の検討では, 抗NAE抗体陽性は1/24例(コントロールは1/13例), またステロイド反応性を呈した症例は31%のみ(ステロイド反応性からの鑑別は困難)と報告されており疾患概念自体の再定義が必要とする報告もあります. Hashimoto encephalopathy in the 21st century. Neurology 2020;94(2):e217–24.*超重要文献

・このように橋本脳症は疾患概念に関してまだ議論がある状況です。確かに真の橋本脳症はあるのかもしれないのですが、 安易に抗甲状腺抗体(抗TPO抗体)陽性+中枢神経症状=橋本脳症と診断することは禁物で, 他疾患(特に自己免疫性脳炎)を徹底的に除外することが大切です. このため専門医と相談した上で判断するべきと考えます.

・よくあるまずい診療パターンは「意識障害→AIUEOTIPSで原因が指摘できない→抗TPO抗体陽性で橋本脳症が鑑別に残る→ステロイド反応性みてみる→反応性よくわからない or ステロイドにせん妄に→ぐちゃぐちゃして良くわからない」というパータンです。橋本脳症は個人的には十分注意すべきと考えています。