1:病態
脳は人体にとっても最も重要な臓器であり、ある程度血圧が変動しても脳血流を一定に保つ自動調節能”autoregulation”という機能が備わっています(下図参照)。
PRES(posterior reversible encephalopathy syndrome:以下PRESと表記)の病態は 血管内皮細胞障害により、autoregulationが破綻(特に後方循環系、椎骨脳底動脈領域は交感神経支配が弱いため障害されやすいとされています)し、脳血流量が血圧依存的になること(下図参照)で、血圧上昇により血管原性浮腫”vasogenic edema”をきたすこととされています。 絶対的な高血圧は必須な訳ではなく 、血圧のbaselineからどれだけ上昇するかが重要なのであって、15-20%血圧正常例も存在するため注意が必要です。
2:リスク因子
・高血圧
・腎不全
・妊娠関連:子癇, 子癇前症, 妊娠高血圧症候群, HELLP症候群
・自己免疫疾患: 結節性多発動脈炎(PN), Wegner肉芽腫症, 全身性エリテマトーデス(SLE), 関節リウマチ(RA), 全身性硬化症(SS) •
・その他:急性間欠性ポルフィリア(AIP), サラセミア •血栓性血小板減少性紫斑病(TTP), 溶血性尿毒症症候群(HUS), 特発性血小板減少性紫斑病(ITP) •感染症/敗血症/ショック •HIV脳症, 高カルシウム血症, 低マグネシウム血症 片頭痛, その他一次性頭痛(雷鳴頭痛) •外傷, 手術(輸血含む), 痙攣
・薬剤
・免疫抑制剤 :Cyclosporine, tacrolimus(FK506), corticosteroids
・抗がん剤 •Cytarbine(Ara C), cisplatin, gemcitabine, tiazofurin, vincristine, BAY43-9006(sorefenib), L-Asparaginase, methotrexate, combination therapy(MACOP-B, CHOP, CVP)
・抗ウイルス薬 •Acyclovir, indinavir
・免疫グロブリン/モノクローナル抗体 •Immunoglobulin, OKT-3, rituximab, bevacizumab
3:臨床症状
発症様式としては急性~亜急性(時間~日単位)で、呈する症状は下記が代表的なものです( Lancet Neurol 2015; 14: 914 )。多くの患者は複数の症状を呈するため、以下の症状を組み合わせて発症する場合は疑う必要があります。
•意識障害 (50–80%)
• 痙攣 (60–75%)
•頭痛(50%):通常は緩徐発症、鈍い、全般性の頭痛で、雷鳴性頭痛の場合はRCVS合併を考慮
•視野障害 (33%) :後頭葉の病変を反映して、皮質盲、視野欠損、幻覚などがあります。
•神経巣症状 (10–15%)
•てんかん重積(5–15%)
4:画像検査
・分布:”posterior”という名前が付いていますが、実際には前頭葉、側頭葉など様々な分布を呈することが知られているため、後頭葉に病変が限局する訳ではありません。以下に病変分布をまとめます。
障害部位としては皮質下白質が必ず障害され、皮質が障害されることもあります(PRESはRPLS: reversible posterior leukoencephalopathy syndromeとも表現され、その名前の通り「白質」が主体に障害されます)。また病変は基本的に両側性ですが、左右非対称のことが多いです。
病変分布の代表的な3パターンの分類が提唱されています。
・Holohemispheric watershed pattern:前頭葉、頭頂葉、後頭葉にまたがるように血管支配のwatershed領域前後方向に信号変化を認める場合です。
・Superior frontal sulcus pattern:上前頭溝(superior frontal sulcus)に沿った信号変化であり、”holohemispehric watershed pattern”とややoverlapしそうな場合もありますが、前頭極に達しない点と上前頭溝に比較的限局する点で区別するとされています。
・Dominant parietal-occipital pattern:古典的な後頭葉を中心とした分布のpatternです。
この3pattern以外の残り28%は“partial or asynmmetric expression of the primary patterns”と表現され、
“incomplete expression”:小さな病変が前頭葉に線状に分布
“partial expression”:両側頭頂葉 or 頭頂葉病変のいずれかがない
“asymmetric expression”:頭頂葉or後頭葉病変のいずれかが一側性
と表現されています。
その他のatypicalな分布としては脳幹、基底核、視床にアクセントを持つ分布などがあります。
・信号変化: 病態の血管性浮腫(vasogenic edema)を反映して、T2WI/FLAIR高信号、ADC上昇がポイントです(脳梗塞の様な”cytotoxic edema”ではADCは低下する)。しかし、拡散制限を呈する症例も15-30%あります(下図 Lancet Neurol 2015; 14: 914 )。
・造影効果:20%に認める(どの時期に出るかを調べて研究はない)。
・合併症:脳出血(10-25%) 内訳:脳実質内出血>円蓋部くも膜下出血、脳梗塞 *若年の円蓋部くも膜下出血の鑑別診断として重要です。
・time course:画像変化の改善は臨床的改善に遅れる場合が多いとされています。
明確な診断基準は存在しません。実臨床では、
・リスク因子
・神経症状
・頭部画像検査
・その他の疾患の除外(脳炎・悪性腫瘍・ODS・中毒性 *必ず脳梗塞も)
上記4点から総合的に診断します。
以下の様な典型例と非典型例をまとめた報告があります(J Neurol Neurosurg Psychiatry 2018;89:14)。
上記では典型的画像と非典型的画像、また非典型的画像の際に考慮するべき鑑別診断が提示されており下記にまとめました。
5:治療
以下の3点が治療の中心となります。
・原因解除
原因となりうる薬剤は基本的にすぐ中止します。
・降圧
治療薬:カルシウム受容体拮抗薬(ニカルジピン) or β-blocker
*硝酸薬は2nd lineとされていますが、脳血管拡張作用により症状が増悪した報告もあり( Neurology, 2003; 61: 715 , Hypertension. 2011;58:e187) 、自験例でも経験があるため避けるべき or 使用するとしても増悪に注意するべきと思います。
降圧目標:平均動脈圧105-125mmHg以下を目標に降圧
*血圧を下げすぎるとautoregulationが破綻していると脳血流は血圧依存的になるため、虚血をきたしてしまう可能性があるため注意が必要です。また高血圧患者ではautoregulationの範囲も高いところにshiftしているため、あくまで相対的な血圧管理が重要です(下図参照)。最初の1時間で25%以上の降圧は避けるべきとされています。
・痙攣への対応
子癇の場合はMg投与が重要です。その他は通常のてんかん重積対応と同様です。
6:予後
基本的には予後良好で、2週間以内にfull recoveryする場合が多いとされています。しかし、 “reversible”という名前とは裏腹に神経学的後遺症を残す場合(10-20%程度あるとされる)もあります。 特に脳出血・脳梗塞を合併する場合や、MRI画像で拡散制限を認める場合は細胞性浮腫を反映し、予後が悪いことが指摘されています。
主に引用させていただいた論文を提示します。
・ Lancet Neurol 2015; 14: 914 包括的なreviewとして秀逸です
・AJNR 2007; 28: 1320 画像のパターンまとめ
・ J Neurol Neurosurg Psychiatry 2018;89:14 典型例と非典型例の違いにも着目したreviewで、ここ20年でのPRES概念の変遷をまとめています。