治療方法や診断基準はすぐに変わってしまいますが、神経症候の勉強はその先もずっと役立つのでとても楽しいです。以下 Pract Neurol 2017;17:60–62. の内容を元に全て記載させていただきました。参考になりましたら幸いです。
病態・臨床像
病態
・”Asterixis describes sudden, brief, arrhythmic lapses of sustained posture owing to involuntary interruption in muscle contraction.”と記載があり(参考文献)、つまり「筋収縮が不随意に途絶することによって姿勢を間欠的に保持できなくなる現象」を意味します。
・ギリシャ語で“a”は「無い」という意味で、“sterixis”は「固定した位置」を意味します。このため、”asterixis”は「位置が固定されない」ことを意味し、固定姿勢保持障害を意味します。「羽ばたき振戦 “flapping tremor”」と表現さる場合もありますが、実際には「振戦」ではなく、位置を保持できないためにところどころで力が抜けてしまう現象です(陰性ミオクローヌス”negative myoclonus”)。
・なぜこのようなことが起こるのか?という機序に関してはまだ確定しているものはありません。脳幹網様体上行賦活系の関与が指摘されており、脳症によって覚醒を担う脳幹網様体上行賦活系が障害されることと関係があるとされています。このことからもわかる通り、肝性脳症に特異的な所見ではなく様々な原因(後述)によって引き起こされる現象であるという理解が重要です。
*ちなみに、この文献では授業中にうとうとして首ががくっと落ちてしまう現象も覚醒低下に伴う頸部伸筋のasterixisと記載しています。
診察方法
・診察方法としては重力に逆らった姿勢を保持し続けてもらいます。上肢では前腕回内・手関節背屈・手指進展位を保持してもらいます。閉眼指示を入れる場合もありますが、そうすることによって感度が上がるかどうか?のエビデンスはありません。
・下肢ではSLR testのように下肢を挙上してもらい、足関節を背屈位で保持してもらう方法の記載があります。
・asterixis出現までの潜時が長い場合もあるため最低でも30秒は観察することが推奨されています。
*意識障害の患者さんで両股関節屈曲+外転位・膝関節屈曲位で足首を検者が保持して大腿の内転筋が重力に反して収縮するかどうかを確認する方法も指摘されています(”Hip flexion–abduction to elicit asterixis in unresponsive patients” Ann Neurol. 1985 Jul;18(1):96-7.)
原因
1:代謝性
・肝性脳症
・腎障害
・呼吸不全(低酸素または高二酸化炭素血症)
・低血糖
・電解質異常(低K血症、低Mg血症)
・Wilson病
・尿素回路異常
2:薬剤
・抗てんかん薬:バルプロ酸、フェニトイン、カルバマゼピン、ガバペンチン
・レボドパ
・オピオイド
・抗コリン薬
・ベンゾジアゼピン
・リチウム
・クロザピン
3:器質的な原因
・出血(硬膜下・くも膜下・脳実質内)
・脳梗塞
・腫瘍(原発性・転移性)
・トキソプラズマ症
・ウイルス性脳炎
上記原因は Pract Neurol 2017;17:60–62. より参照
・このようにかなり多くの疾患が原因として指摘されており、疾患特異性には乏しい所見です。
・肝性脳症に関してはこちらをご参照ください。「肝性脳症=asterixis」という図式が広く定着してしまっていますが、あくまで代謝障害で起こる不随意運動であるという理解が重要と思います。
・よく2型呼吸不全の検出に”asterixis”が有用であるといわれていますが(私も研修医の時に耳学問で教わりました)、この参考文献ではそうとは言えない(つまり低酸素血症でも起こるため特異的ではない)と記載されています。
Transient myoclonic state with asterixis
・これは知っていれば簡単に診断できるけれど、知らないと診断が困難な代表的な症候群です。
・病態は解明されていませんが、高齢者が「急性」かつ「一過性」(数日で自然寛解する)に全身性・左右対称性のmyoclonusやasterixisを呈する症候群です。最初のこの名称をつけたのは日本からの報告です(J Neurol Sci. 1992 Jun;109(2):132-9.)。年に1例は経験しますが、知らないとかなり驚きます(本人も家族も初診医も驚きます)。
・通常asterixisは上記の通り代謝性脳症に伴うことが多いですが、この症候群はasterixisを認めるにもかかわらず意識状態が通常保たれており、その他の神経学的異常所見も認めない点が鑑別上のポイントです。念のため代謝性の要素を採血で否定することになりますが、正直かなり特異的な臨床像なので知っていれば比較的容易に診断できます。
参考文献
・Pract Neurol 2017;17:60–62. 2017年でもこういう基本的な神経症候のreviewをしてくれる論文が好きです。3pageでよくまとまっていて素晴らしい内容です。