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ARDS: acute respiratory distress syndrome

昨今のCOVID19の影響でARDSの管理に対する知識の必要性が増しています。ここで勉強した内容をまとめさせていただきます。

1:病態

ARDS(acute respiratory distress syndrome)は「何らかの原因により肺血管透過性が亢進し、肺水腫をきたす病態の総称」です。病理学的にはDAD(diffuse alveolar damage)が特徴とされています。経過により病態が変化していくことが知られてります。
急性期(1~7日以内)滲出期といい免疫反応により肺胞上皮細胞が障害され、肺胞内と間質が蛋白を多く含んだ浸出液で満たされます。
亜急性期(7~21日)増殖期といい、組織を修復しようと上皮細胞間の結合が修復され、肺胞内の浸出液が再吸収され、間質を修復するため線維芽細胞の増殖などが起こります。このフェーズを乗り切ることが出来るかどうかが生存に大きく関係してきます。
慢性期(21日以降)線維化期といい、間質や肺胞内の線維化が起こります。
一連の流れを下図に提示します。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は ef1ef005bf3fb99c242f03b203f5642b-1024x688.jpg です

診断基準

2012年Berlin definitionで診断基準が新しくなりました(以下*印で記載した内容は旧基準との相違点です)。下記を全て満たすことが条件です。
1:発症 急性(1週間以内)の呼吸不全 *1週間以内と明確化
2:画像所見 両側性浸潤影(胸水・無気肺・または小結節影のみでは説明できない)
3:肺水腫の原因 心不全・体液過剰のみでは説明出来ない
 *肺動脈楔入圧の基準なし
4:酸素化 P/F ratio(PEEP≧5cmH2Oの条件下)≦300
重症度分類・mild: ≦100 ・moderate: 101~200 ・severe: 201~300
*ALIの削除とP/F ratioによる重症度の分類

■原因

“ARDS”は病名ではなく、臨床症候群なので、必ずその原因の病気を考える必要があります。そして原因とセットで「〇〇によるARDS」と表現するべきです(例えば「肺炎球菌性肺炎によるARDS」)。ARDSととりあえず現状に名前を付けて満足することを避けなければいけません。ARDSの原因は大きく肺に直接関与するものと、間接的に関与するものに分けられます(下参照)。
・直接的(肺):肺炎・胃酸誤嚥・肺挫傷
・間接的(肺以外):敗血症・輸血・外傷・熱傷・膵炎

2:呼吸生理

いままでの病態を踏まえ、ARDSはどのような機序で低酸素血症になるかを呼吸生理から考えます。全体像をまず提示します(呼吸生理の総論はこちらを参照)。

・駆動系:呼吸中枢・神経・呼吸筋には問題はありません。肺胞に滲出液が満ちるため肺胞コンプライアンスが低下(肺が硬い状態)します。
・肺胞-血液:肺胞に滲出液が満ちているため肺胞含気が減少してLow V/Q、またこれが進んで虚脱することでシャントが出現します。肺胞間質の線維化などによりさらに拡散障害の病態もあり、AaDO2は開大し、低酸素血症をきたします。

低酸素血症のfeedbackにより呼吸中枢で換気を促進し、呼吸回数換気量が増加し低酸素血症を代償しようとするため、PaCO2は初期は低下します。しかし、元々肺胞コンプライアンスが悪く呼吸仕事量が多いため、この状態が長く続くと呼吸筋疲労から十分な換気が行えなくなります。これによってPaCO2は上昇します。病態がすすむと死腔換気量が増えることでPaCO2が上昇する機序もあります。

3:治療

3.0:原疾患の治療

ARDSは必ず原因があります。ARDSの原因の治療が最も重要です(肺炎が原因なら肺炎の治療、外傷が原因なら外傷のコントロールなど)。

3.1:人工呼吸管理

人工呼吸器関連肺障害を避ける“Lung protective ventilation”(”low tidal volume ventilation”)と肺虚脱を防ぐ適切なPEEPの設定の2点が基本原則です。注意が必要なのはこれは治療ではなく、人工呼吸管理は必要悪なので、あくまでも”Do no harm”の精神で肺に負担をかけ肺の状態をより悪くしないような設定を目指します。(人工呼吸器関連肺障害に関してはこちらを参照)

■Low tidal volume ventilation

1回換気量を6mL/kg(予想体重)に設定します。すると、換気量が低下して高二酸化炭素血症になりやすくなりますが、これを許容する” Permissive hypercapnia”という概念があります。PaCO2やpHがどこまでが安全か?は不透明ですが、pH 7.2程度まで許容します。

■適切なPEEPの設定

肺虚脱を防ぐ意味でもPEEPをきちんとかけることが重要です。PEEPの設定方法にはARDS networkのプロトコルをはじめいろいろな方法があります。肺のメカニクスを踏まえたARDSでのPEEPの設定はこちらを参照ください。

3.2:人工呼吸管理以外

ICU bookにも”therapies directed at the ARDS have been marked by failure more than success”と記載されている通り、なかなか効果のある治療法がないのが現状です。以下の治療方法は効果がある可能性があり、それぞれ解説します。

■輸液管理

循環動態が安定していればvolume overloadにならないintakeを制限した輸液管理が必要です。血管透過性が亢進しているため、心不全のような静水圧が高くない状態でも肺へ水が漏れ出しやすくなるためです。

ステロイド

好中球を中心とした炎症が病態の主体であることからステロイドによる炎症抑制が治療方法として検討されています。日本のARDS外御ラインではメチルプレドニゾロン1~2 mg/kg/日が推奨されています。先の病態の推移でも記載しましたが、時間が経つと線維化が主体になるためこの時期にステロイドを投与しても病態改善の意義には乏しいと思います。

■腹臥位療法 “Prone position”

背側に無気肺、腹側に陽圧換気による肺胞過伸展による障害が生じ、肺内の病態分布が不均一になることがARDSの特徴です。このため、腹臥位にすることで、病変分布をある程度均一にすることでV/Qを改善し酸素化を改善し、陽圧換気による肺障害も防ぐという理念のもと生まれた方法です。問題は体向に伴うトラブルが起こりやすい点やスタッフの負担などが挙げられます。これも施設ごとに施行を検討することになります。

■筋弛緩

吸気努力が強いと経肺圧が高くなることと人工呼吸器との非同調により人工呼吸器関連肺損傷を引き起こしてしまうリスクが上昇します。それを防ぐために重症ARDS(PF<150)の患者に筋弛緩を限定的に(48時間のみ)使用する方法があります。海外で行われた臨床試験では”cisatracurium”が使用されていますが、日本には同薬剤はなく一般的にロクロニウム、ベクロニウムを使用するため臨床試験の結果をそのまま適応してよいかどうか難しいです。経肺圧の解説に関してはこちらを参照ください。

■ECMO

人工呼吸器を使用していても改善しない低酸素血症、高二酸化炭素血症、人工呼吸器関連肺障害を引き起こす設定の場合に考慮します。体外循環に酸素化、換気をまかせることができるため、人工呼吸器の設定を下げることで“lung rest(肺を休ませる)”を行うことが出来ます。VV-ECMOの詳しい解説に関してはこちらを参照ください。

今までの治療と重症度の対応関係をまとめると下図の通りになります(Intensive Care Med 2012; 38:1573)。

以上ARDSに関して勉強したことをまとめました。まだまだ不十分なので今後も勉強した内容をup loadしていきます。

参考文献

・ARDSガイドライン2016年(日本):無料でダウンロードできます。
https://www.jrs.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=88

・N Engl J Med 2017;377:562 ARDSのreview 図表の多くを参照させていただきました。

・ICU book いつもお世話になっている本です。”ARDS”のチャプターもわかりやすくおすすめです。