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肺のメカニクス

1:肺は縮みやすい・胸郭は縮みにくい

呼吸を考える際、私たちはついつい肺のことだけを考えてしまいますが、実際には「肺」と「胸郭」が合わさって呼吸器システム”passive respiratory system”を形成しています。ここではこの呼吸器システムがどのような物理的特徴を持っているか?いわゆる「肺のメカニクス」に関して考えていきます。

「肺」と「胸郭」はそれぞれ「肺は縮みやすくて広がりにくい」「胸郭は広がりやすくて縮みにくい」と正反対の特徴を有しています。この両者の間には胸腔があります。胸腔は通常陰圧なので肺と胸郭をつなぎとめる糊(のり)のような役割を果たしており、その結果肺と胸郭は同じ体積・圧をとります(イメージとしては肺が内側に引っ張り、胸郭が外側に引っ張りその中間の状態)。これを図にすると「圧容量曲線」“Pressure-Volume curve”になります。

胸郭を青色で、肺を黄色で、そしてその合わさった呼吸器系システム”passive respiratory system”を赤色で表現しています。胸郭は広がりやすいので同じ圧をかけても容積が上がりやすい(ΔPに対してΔVが大きい)ため傾きが大きいです(青色)。それに対して肺は縮みやすいので同じ圧をかけても容積が上がりにくく(ΔPに対してΔVが小さい)傾きは緩やかになります(黄色)。そしてこれを合わせたものが赤色のsigmoid様の曲線になります。これからする話は基本全てこの赤線の話になります。この曲線(圧容量曲線)を理解すると肺の物理的なパラメーターが理解しやすくなるので解説していきます(意外とこの曲線あまり見たことないですよね)。

2:肺胞コンプライアンス 肺が硬い・やわらかいとは何か?

よく人工呼吸管理で肺の硬さ、やわらかさ(肺胞コンプライアンス)が議論に挙がると思います。この肺胞コンプライアンスを先の「圧容量曲線」を利用して考えてみます。まず肺胞コンプライアンスの定義は下式になります。

肺胞コンプライアンス = ΔV/ΔP *ΔV:容量の変化、ΔP:圧の変化

肺胞コンプライアンスが高いということは同じΔP(圧)がかかっても、それだけΔV(容量)が上がりやすいということなので、肺が膨らみやすい(やわらかい)状態を反映します。一方、肺胞コンプライアンスが低いというのは同じΔP(圧)をかけても、ΔV(容量)が上がりにくいということなので肺が広がりにくい(硬い)状態を表しています。

この肺胞コンプライアンスを先の「圧容量曲線」で考えると、曲線の接線傾きと対応します(横軸が圧で縦軸が容量なので:ΔV/ΔP=傾き)。肺胞コンプライアンスが高いことは傾きが大きいことと対応し、肺胞コンプライアンスが低いことは傾きが小さいことと対応します。

ここまで「コンプライアンス→曲線」の流れをみてきました。そこで今度は「曲線→コンプライアンス」のという逆の流れを考えてみます。すると、この曲線で”圧=0″のところは傾きが大きいですが、曲線の端のほうにいくにつれて傾きが小さくなることが分かります。

これをつまり、肺が広がり過ぎていても・縮み過ぎていても肺胞コンプライアンスは低下(肺が広がりにくくなる)し、肺に圧がかかっていない状態(これをFRC: functional residual capacityと表現します)の周辺では肺胞コンプライアンスが高い(肺が広がりやすい)ということを意味しています(下図)。

ここで分かる重要なことは、「圧・容量が変化すると肺胞コンプライアンスも変化する」ということです(曲線の接線の傾きが場所によって変わることと対応)。つまり肺胞コンプライアンスは1つの決まった値をとる静的なパラメーターではなく、肺の状態によって値が変化する動的なパラメーターであるということです。

これを理解する例としては、みなさん今息を思いっきり吸ってみてください。そして、その肺がぱんぱんに広がった状態から息を更に吸おうとするとかなり大変だと思います。普段の呼吸で息を吸うときはこんな負担はないですよね。これは一見当たり前のようなことですが、通常の呼吸では肺胞コンプライアンスが大きいため息を吸いやすい(肺を広げやすい)ですが、息を思いっきりすって更に吸おうとすると肺胞コンプライアンスが既に低いゾーンにきてしまっているため、肺が広がりにくいということを反映しています。あらためてその理論的背景を知ると深く理解できるのではないかと思います。実臨床でこの知識をどう応用していくかはまた後で解説します。

3:病態と肺胞コンプライアンス

今まで圧・容量が変化すると肺胞コンプライアンスが変化することをみてきました。ここでは例えばARDS、COPDなどの病気・病態によって肺胞コンプライアンスがどう変化するか?を考えていきます。

■ARDSの場合

ARDSは血管透過性亢進による肺水腫、サーファクタントの低下などにより肺が広がりにくく、また肺虚脱・無気肺などが起こります。これを先の曲線の対応させて考えます。ARDSでは「胸郭」には基本的に何も影響はなく、「肺」は虚脱・無気肺が多くなっているため肺を表す黄色の曲線は右下にシフトします。このため呼吸器全体の赤色の曲線も全体的に右下にシフトします (青色の曲線と黄色の曲線を合わせたものなので)。これがARDSの圧容量曲線になります。

ここでARDSの場合のコンプライアンスに注目してみると、曲線が全体的に右下にシフトしているため、曲線の傾きは全体的に小さくなっており、コンプライアンスが悪いということがわかります。また、正常の肺では”圧=0″の周辺がコンプライアンスが良く、端にいくほどコンプライアンスが悪くなっていましたが、ARDSの曲線ではそれも全体的に右へシフトしていることが分かります。

このことは実臨床でどう活かせば良いでしょうか?肺胞コンプライアンスが右にシフトする方が改善するということは、圧をある程度かけた状態の方が肺胞が広がりやすくなるということなので、PEEPを設定するという方法をとります。ARDSの人工呼吸管理でPEEPを適切に設定することが重要と解説しましたが(ARDSの解説はこちら)、それはこのような背景を踏まえてのことです。

■COPDの場合

COPDでは肺胞上皮細胞が障害され、肺胞が過伸展になります。 これの状態をまた「圧容量曲線」で考えます。COPDでは「胸郭」に影響はなく、「肺」は過伸展しているため肺を表す黄色の曲線は左上にシフトします。このため呼吸器全体の赤色の曲線も全体的に左上にシフトします。これがCOPDの圧容量曲線になります。

COPDでのコンプライアンスに注目してみると、曲線が全体的に左上にシフトしているため、コンプライアンスが高い範囲は全体的に左へシフトしていることが分かります。

ここでまたPEEPがかかった状態に関して考えてみます。COPDでPEEPがかかるとよりコンプライアンスが低いゾーンに突入してしまいます。すると肺胞が広がりにくく、圧だけがかかるため肺障害のリスクが上昇してしまいます。これが臨床上で注意な必要な状況は、COPDで呼気時間が十分に確保されていないと、呼気を吐き切れず溜まってしまう”auto PEEP”という状態です。”auto PEEP”も人工呼吸管理でPEEPをかけているような状態なので、肺のコンプライアンスをより悪化させてしまい注意が必要です。

ここまで肺のメカニクスを「圧容量曲線」を利用しながら解説してきました。臨床的な肺のやわらかさという情報と曲線の傾きという幾何学的な対応関係から色々なことが分かるので面白いテーマと思い取り上げさせていただきました。

参考文献
・Harrison’s principles of internal medicine Chapter279 “Disturbances of Respiratory Function”:圧容量曲線はここで初めて読んでこのような概念をし今まで知らなかったので感動しました。