1:鉄代謝
貧血の理解には鉄代謝の理解が必要なので、まず以下の図を利用しながら勉強していきます。

鉄は消化管からフェルロポルチン(Ferroportin:図の緑色小さな四角形で表現)を経由して血中に入ります。鉄はそのままでは毒性が高いので、血中ではトランスフェリン(transferrin:図の水色)という輸送蛋白に乗って血液中を移動します。このトランスフェリンは肝臓が普段は作り供給しています(他の多くのタンパク質と同じように)。鉄が乗っている、乗っていないにかかわらず全てのトランスフェリンを合わせたものをTIBC(total iron binding capacity総鉄結合能)、鉄が乗っていないトランスフェリンをUIBC(unsaturated iron binding capacity:不飽和鉄結合能)、そしてトランスフェリンのうち鉄がどのくらい乗っているか?をTsat(Transferrin saturation:トランスフェリン飽和度)と表現します。
鉄の最も重要な役割は造血で、トランスフェリンに乗った鉄は骨髄でプロトポルフィリン環と結合して、ヘム(heme)になり、それがグロビン(globin)と結合してヘモグロビン(hemoglobin)に、それの集合体が赤血球になり、血液中に放出されます。
赤血球の寿命は平均120日といわれており、寿命がきた赤血球は脾臓でマクロファージにより食べられることで分解され、鉄とビリルビン(正確にはビリベルジン)になります。
脾臓でマクロファージに分解されて生まれた鉄や肝臓などの組織中の鉄は、フェリチン(ferritin)という鉄の貯蔵状態になります。これがすすむとヘモジデリンになります。そして脾臓、マクロファージや肝臓、組織中の鉄は先ほどのフェルロポルチンを通して血中に鉄を供給することができます。これがおおまかな鉄動態の流れです。
2:貧血の原因
この鉄代謝の図に貧血の原因を書き込むと下図のようになります。

3:検査・鑑別
Step 1:1系統か多系統かを鑑別
多系統であれば、汎血球減少の鑑別へ
Step 2:RPI (reticulocyte production index:網状赤血球産生指数)を計算
骨髄での造血不良か?それとも骨髄の反応は正常化?の鑑別として重要です。下式(Hct:ヘマトクリット値と網状赤血球から計算)で計算しますが、私はスマートフォンのアプリで計算しています。
RPI=(Hct/45) x 網赤血球(%) ÷Maturation time
Maturation timeは Hct>40:1, 30~40:1.5, 20~30:2, <20:2.5と対応している
*網状赤血球は”%%”で表現される場合と”%”で検査結果に表記されている場合があるため単位間違いに注意(自施設の単位を確認しましょう)
検査結果
・RPI>2: 骨髄造血反応正常なし→出血・溶血の鑑別
・RPI<2:骨髄造血不良
RPIから骨髄造血反応が正常の場合は「出血」・「溶血」が鑑別になるため、採血結果から溶血所見の確認をします。具体的にはLDH、Bilから溶血がないかどうか、また血小板数も確認して、減少している場合はTTP/HUSやDICなども考慮(この場合は凝固の評価も必要)します。血液像で破砕赤血球がないかどうかも重要です。溶血を疑う場合は直接Coombs試験、ハプログロビン提出を検討します。

Step 3:MCV, RDW, 鉄動態の解釈
MCVとRDWから総合的に解釈します。RDW(RBC distribution width)は赤血球のばらつき度合を示すもので、例えば鉄欠乏性貧血の初期は鉄欠乏による小球性のRBCと通常のRBCが混在しているため、ばらつきが生じ、RDWは開大します。しかし、鉄欠乏貧血が長期になるとほぼ全ての赤血球が小球性になるためばらつきが小さくなり、RDWは正常になります。このようにRDWは工場(骨髄)から出荷される商品(赤血球)に不良品がどのくらい混じっているか?(赤血球にばらつきがあるか?)をみる指標となります。私はこの検査の使い方を昨年師匠の先生から教わりとても有用と思いました(初期研修、学生の時はあまり勉強した記憶がないです・・・)RDWとMCVからは大まかに以下の鑑別となります。

MCVが小さい値の場合(小球性貧血の場合)は鉄動態での鑑別が有用です。鉄動態は貧血の初回評価では全例提出しますが、基本的には小球性貧血の鑑別で役立ち、それ以外ではあまり鑑別に寄与しません。

MCVが大きい場合は、ビタミンB12、葉酸を提出します。
Step 4:骨髄検査の検討
Step3までで鑑別が不明の場合は骨髄検査を検討します。
■検査
・血算:WBC, RBC, Plt, Reticulocyte(網状赤血球), 血液像目視
・生化学:一般+溶血所見:LDH, D.Bil, T.Bil+鉄動態: Ferritin, TIBC, Fe
・凝固
・その他:ビタミンB12、葉酸、甲状腺機能(これらは全例ではない)
上記の検査の提出を検討します。初めて貧血の勉強をする初期研修の先生は網状赤血球や血液像を出し忘れてしまっていることが多いので注意しましょう。
*溶血性貧血
①採血:血算、網状赤血球Ret↑、血液像で破砕赤血球の有無、LDH、間接Bil上昇、ハプトグロビン低下(ハプトグロビンはすぐに結果でない)
②直接Coomb試験(自己免疫性かどうか?)
・陽性:AIHA:温式は脾臓で壊れる病態でステロイドが有効 *冷式は四肢で壊れ保温が治療の主体
・陰性:機械性、TTP、HSなど
→特に血小板減少や腎機能障害を随伴している場合はTTPに要注意
*サラセミア
ポイント:RBC上昇、MCV高度低下 Mentzer index MCV/RBC<13
遺伝形式:常染色体優性遺伝
軽症型βサラセミア(ヘモグロビン分画検査:HbA2(α2δ2),HbF(α2γ2)の増加)
末梢血スメア:target cell
地中海から東南アジア中心に分布している 日本保因者3000-5000人に1人と比較的多い
妊娠中に異常な程度で貧血が増悪することがある(妊娠中の赤血球系の需要増加に対してhematopoiesisが追い付かなくなることが一因と考えられている)
4:各論
以下で貧血の原因として代表的な鉄欠乏性貧血と慢性炎症による貧血の病態を解説します。
4・1:鉄欠乏性貧血 IDA: iron deficiency anemia
■病態
鉄の喪失により体はまず貯蔵している鉄(フェリチン)を利用するため、フェリチン値が減少します。これが鉄欠乏性貧血の最も重要な点です(鉄欠乏性貧血は血清鉄の値で判断するのではなく、フェリチンで判断)。また鉄をより届けるために肝臓で鉄の輸送体であるトランスフェリンを多く産生し、TIBCは上昇しますが、鉄は少ない状態なのでその多くはUIBCで、Tsatは低い値を呈することになります(荷物を運ぶ船は増えたけれど荷物が少ない状態)。

■原因
1:需要多い:小児期、妊娠
2:吸収低下:胃全摘術、H.pyroli感染、Celiac病、萎縮性胃炎、IBD、偏食
3:喪失(出血):消化管出血、生殖器からの出血(月経、子宮筋腫)、寄生虫感染症(鉤虫)、血管異型性、毛細血管拡張症
4:薬剤性:ステロイド、NSAIDs,PPI(鉄吸収の機序から)
成人男性・閉経後女性での鉄欠乏性貧血は基本上部消化管内視鏡検査を実施します。
■検査
鉄欠乏性貧血をきちんと鑑別できるかどうかは貧血診療の第一歩としてとても重要です。検査結果の解釈がきわめて重要なので下記にまとめます。
・フェリチン:病態のところでも述べましたが、鉄欠乏に関して最も鋭敏かつ特異的な検査で鉄欠乏性貧血診断のGold standardです。フェリチン値~100 ng/mLで鉄欠乏性貧血の可能性を考慮します。
・100 ng/mL~:鉄欠乏性貧血以外の貧血鑑別
・30~100 ng/mL:鉄欠乏性貧血、慢性炎症による貧血どちらの可能性もあり
→TIBC, Tsatなどから鑑別(合併している場合もあり、これは判断難し)
・~30 ng/mL:鉄欠乏貧血診断(~15ng/mL:鉄欠乏性貧血の確定診断)
・MCV:70fL未満はほぼ確定的です(サラセミアでも著明にMCV低下することがあるため注意)
・血清Fe:炎症性疾患でも低下し、日内変動もあり、鉄欠乏性貧血にとって感度特異度いずれも低いです(慢性炎症による貧血では血清Feは低下します)。よく勘違いされていますが、決して血清Fe低値だけで鉄欠乏性貧血と診断してはいけません。FeはTsatの計算で役に立ちます。
*Tsat (Transferrin saturation:トランスフェリン飽和度)
Tsat(%)=血清Fe ÷ TIBC
正常:Tsat=約30%
鉄欠乏性貧血:Tsat<20%
■症状
・異食症(pica):氷や土などを無性に食べたくなる症状で、なんでも食べる鳥のPica(カササギ)の由来です(以下の写真はwikipediaより引用)。

・舌炎・口角の亀裂
・spoon nail
■治療
1:内服の場合
製剤
・硫酸鉄(フェロ・グラデュメット)100mg/1T
・フマル酸第1鉄(フェルム)100mg/1Cp
・クエン酸第1鉄ナトリウム(フェロミア) 50mg/1T
・ピロリン酸第2鉄(インクレミン) 6mg/ml*シロップ製剤にて小児にも使用可能
特徴
・食前投与、酸と一緒(オレンジジュース,VitCなど)が吸収を高める(逆に制酸薬、食事と一緒に摂取すると吸収率が低下する)
・副作用の代表は消化器症状(食思不振)で、鉄含有量が多くなるほど強くなる(高齢者の食思不振の原因としても鉄剤が原因の場合多い)
・便の色黒色になる(便潜血反応は偽陽性にならない)
処方例(私の方法なので参考までに)
・フェロミア®50mg 1T1x眠前
*食前だと食思不振がでて食べたくない、食後だと消化器副作用を懸念して眠前1錠から開始する方法があります。最初が肝心で、最初に食欲が低下する薬だという認識を持たれてしまうとその後の内服アドヒアランスに影響が出てしまいます。もしよけれご参考にしてください。
内服で反応が悪い場合考慮する点
・そもそも診断が違う(もしくは別の貧血原因の合併)
・内服アドヒアランス不良(特に副作用の食思不振)
・併用薬による鉄吸収阻害(PPI, H2RAなど)
・H.pylori感染
2:静注の場合
含糖酸化鉄(商品名:フェジン®)製剤40mg/2ml 1A
*ブドウ糖に混注し、点滴静注使用(添付文書では2分以上かけて投与)
(処方例) フェジン 40mg + 5%ブドウ糖液 50ml 10分かけて点滴投与
静注補正の適応
・鉄の腸管での吸収が悪い場合
・早急な改善(消化管出血などによる)
・CKD患者における貧血治療
3:治療の反応性
2~3日:網状赤血球上昇→1週間:MCV・Hb・フェリチン上昇→2~3週間:鉄結合能上昇→1~2か月:網状赤血球正常化→2~3か月:MCV・Hb・TIBC正常化→3~6か月:フェリチン正常化→鉄剤終了
上記の流れで鉄剤投与後は改善していきます。フェリチン正常に最も時間がかかり(鉄欠乏性貧血で貯蔵鉄からなくなり、治療では貯蔵鉄の補充にもっとも時間がかかる病態を反映している)、フェリチン正常化まで治療を継続する必要があります。
4・2:慢性炎症による貧血 ACD(anemia of chronic disease)
■病態
炎症が起こると、肝臓でヘプシジン(hepcidin)の産生が亢進します。このヘプシジンは鉄のトランスポーターであるフェルロポルチンを阻害します。このフェルロポルチンは消化管、肝臓、脾臓マクロファージに存在しており、阻害されると組織から血液への鉄の移動が制限されます。鉄が組織から血液に移動することが出来ないので、組織中で鉄はフェリチンとして蓄えられるためフェリチンが上昇します。鉄が血液中に出れ来られないため鉄を利用できず、貧血になるという機序になります。

同じものですが、NEJMでも分かりやすいシェーマがありましたので体裁します(N Engl J Med 2019;381:1148より引用)。

以上貧血へのアプローチと病態、代表的な鉄欠乏性貧血を中心に解説させていただきました。
参考文献
・Am Fam Physician 2007;75:671 鉄欠乏性貧血のreviewでよくまとまっていて読みやすいです。
・N Engl J Med 2019;381:1148 慢性炎症による貧血のreviewです。詳しいのですが、実臨床で役立つ内容かというと少し微妙かもしれません。