みなさま普段呼吸回数をきちんと測っていますでしょうか?実は偉そうなことを言っておきながら、私は初期研修医の時に呼吸回数をあまり測ることが出来ていませんでした・・・。呼吸回数は「バイタルサイン」の1つですが、実際カルテに記載がなかったり、プレゼンテーションでも言っていない場合があったりと、非常に軽視されている場合が多いように感じます。
おそらく呼吸回数を測らない原因は「測定に時間がかかり面倒くさい」ことと、「呼吸回数がどのくらい呼吸状態の評価に重要か?」を知らないことの2点が挙げられると思います。私はこの記事で前者の面倒くささに対して「頑張れ!」と精神論を述べることはしません。この記事を最後まで読み終わった後には「呼吸回数を測りたくて仕方がない!」状態になれることを目標に、後者の「呼吸回数が呼吸状態の評価にとってどれくらい重要か?」を解説していきます。
1:SpO2だけで呼吸状態の評価が出来るのか?
「バイタルサイン」の中で呼吸を表現するパラメーターには呼吸回数以外に”SpO2″があります。それだったら、とりあえず”SpO2″だけみていれば呼吸状態を判断できるのではないか?と考え呼吸回数を測定しなくなるかもしれませんが、これは間違いです。以下で例を出しながら解説します。
2人の患者さん(Aさん・Bさん)がいるところを想定します。この2人の患者さんは診察室とは別の部屋にいてサチュレーションモニターだけ指先に装着されている状態です。あなたは本人の顔や様子をみることが出来ず、SpO2の情報だけを知ることが出来ます。モニター上で見てみると、AさんのSpO2=96%、BさんのSpO2=96%と同じ値でした。さて、AさんとBさんの呼吸状態は同じでしょうか?
言い換えるとSpO2が同じ値であれば、2人の呼吸状態は同じなのでしょうか?実際にAさん、Bさんに診察室に入ってもらいましょう。
Aさんははぁはぁと呼吸回数が多いですが、Bさんは呼吸が落ち着いています。Bさんは体に何も問題ない状態でしたが、Aさんは調べた結果「肺塞栓症」でした。なぜSpO2が同じ値なのに両者で呼吸状態に違いがあるのでしょうか?
このことを理解するためには呼吸生理を復習します。我々は低酸素血症の病態があると、「このままではまずい!」と呼吸中枢に換気を促すフィードバックがかかるシステムを備えています。Aさんの場合は肺塞栓によるV/QミスマッチでAaDO2が開大し、低酸素血症になり、呼吸中枢へフィードバックが入ります。Aさんはこれにより換気を促し、平均気道内圧を上げ、なんとか酸素化を維持している状態なのです。これを図で表現すると下図になります。
結果としてAさんもBさんと同じ”SpO2″値になんとかなりました。しかし、その背景にはAさんでは呼吸中枢が必死に換気を促している努力があります。この必死の努力の過程を表現しているのが「呼吸回数」です。これはモニターだけでは分からず、実際に患者さんの呼吸状態を観察しないと分かりません。
このことからわかる様に“SpO2″が保たれているからといって、背景に低酸素血症をきたしうる病態が無いとは言い切れません。そしてもちろんこれは血液ガス検査でAaDO2を評価すれば分かりますが、「バイタルサイン」のみから判断する場合は「呼吸回数」をみることで、「患者さんが低酸素血症の病態に対して、必死に換気で代償しようとしているかどうか?」が分かるということです。呼吸状態の評価に”SpO2″だけでは不十分で、呼吸回数が必要な理由が分かっていただけたのではないかと思います。
2:呼吸の3要素
これまで具体例でみてきたものを一般論として考えてみます。呼吸の機能は大きく「酸素化」・「換気」・「呼吸仕事」の3つの要素に分類されます(これを呼吸の3要素と表現します)。ではこれらの3要素とvital signの”SpO2″、「呼吸回数」はどのような対応関係になっているのでしょうか?
“SpO2″は「酸素化」と対応します。「呼吸回数」は「換気」と対応します。そして、呼吸仕事は「酸素化」の需要に応じて「換気」を促すので、”SpO2″と「呼吸回数」のどちらも対応しています(下図に表現しました)。
このように“SpO2″は呼吸の3要素のうち「酸素化」の1つのみしかみることが出来ていません。呼吸の3要素を総合的に評価するためには「呼吸回数」が必要不可欠なのです。
3:血液ガスと呼吸回数
今までバイタルサインからみた「呼吸回数」の重要性を説明してきました。これからは血液ガスと呼吸回数を組み合わせた場合の威力について解説します。先ほど登場した肺塞栓症のAさんですが、実はその後呼吸回数が30回/分に上昇してきてしまいました。この状態で血液ガス検査をすると、PaCO2=40mmHgでした。
血液ガス検査のPaCO2=40mmHgという値だけをみると、一見正常範囲内(35~45mmHg)なので問題ないと思うかもしれません。しかし、ここでは呼吸回数も一緒に考えてみます。そもそも呼吸回数が30回だと本来PaCO2はいくつぐらいになるのでしょうか?Bさんに協力してもらい、1分間に30回呼吸をしてもらいました。そこで血液ガスを測定するとPaCO2=30mmHgでした。
つまり本来は呼吸回数が30回/分だとPaCO2=30mmHgくらいでないといけないところ、Aさんの場合はPaCO2=40mmHgということは、本来の値よりもΔPaCO2=10mmHgも高く、「いくらPaCO2=40mmHgという値が正常範囲内だとしても呼吸回数からは異常である」ということが分かります。このことは血液ガスの数値だけを眺めていてもわからず、呼吸回数と合わせて考えないと分かりません。
なぜPaCO2が本来よりも高くなってしまっているのでしょうか?これは低酸素血症により、呼吸中枢にフィードバックがかかると換気が増えるはずですが、換気が十分に行えていないということです。これは例えばずっと呼吸回数が速い状態だと呼吸筋疲労がきて、十分に呼吸中枢からの換気の指令にこたえきれていない状態が考えられます(下図)。このような場合は換気補助としてNPPVや人工呼吸管理が必要です。
今の例からわかったことは、「血液ガス」は値を単独で評価するのはなく、「呼吸回数」とセットで解釈することで、病態の把握につながるということです。
これまで呼吸回数とSpO2の関係、呼吸回数と呼吸の3要素の関係、呼吸回数と血液ガスの関係を解説してきました。”SpO2″だけでも片手落ちで、血液ガスだけでも不十分で、「呼吸回数、SpO2、そして血液ガスの3つをセットで解釈することで、初めて呼吸状態の総合的な理解が出来る」ということです。普段からこの3つをセットで解釈できるようにトレーニングを積みたいです。
4:+α 敗血症
これまでは呼吸状態評価のための呼吸回数の重要性を説明してきました。しかし、これ以外にも呼吸回数が重要な場面があり、その代表が「敗血症」です。
敗血症では呼吸回数の上昇が病態の早期に起こることが知られており、その原因としてはサイトカインが直接呼吸中枢に働きかけて換気を促す機序、代謝性アシドーシスになりその代表として換気を促す機序などが知られています。つまり、呼吸回数は呼吸状態と関係なく上昇するということです。敗血症の判断にqSOFAがありますが、これでも呼吸回数>22/分が項目として含まれており、敗血症診療における呼吸回数の重要性が分かります。
夏になると熱中症と敗血症はどちらも高体温を呈してくるので鑑別が難しい場合がありますが、熱中症は呼吸中枢に働きかける機序はないので通常呼吸回数が正常範囲内で敗血症では呼吸回数が上昇する点は鑑別の一助になります。このように敗血症診療でも呼吸回数は極めて重要です。
*参考:呼吸回数上昇は急変前の最初の兆候として重要 Patient Safety in Surgery 2011, 5:3
5:おわりに
「呼吸回数を測らないばっかりに貴重な情報をドブに捨ててしまっている」ことが分かって頂けたと思います。私は気合で呼吸回数を測れとは言いません。今までの話で呼吸回数を知りたくてうずうずしてきたら、ストップウォッチ片手に一緒に呼吸回数を数えてみませんか?