注目キーワード

尿浸透圧

1:尿浸透圧は調節できる必要がある

尿浸透圧が血中浸透圧と同じ値しか取れなかったとするとどうなるでしょうか?例えば私がポテトチップスを食べて血中Na濃度が上昇した場合を考えます(私はストレスがたまった時に体質的に酒が飲めないのでポテトチップスをばくばく食べる悪いくせがあります・・・)。ポテトチップスの塩分により血中浸透圧(正確には張度)が上昇し、視床下部がこれを感知して下垂体後葉からADHを分泌します。するとADHが腎臓集合管に作用して水チャネル(AQP2)を発現し、間質との浸透圧較差を利用してH2O再吸収を行うことで血中浸透圧を正常化させます(下図)。

しかし、もし尿中浸透圧が調節できなかったとしたら(つまり血中浸透圧と同じ浸透圧しかとれない場合)、Na濃度は高いまま保持されてしまいます(もしも飲水で補正されない場合)。このように尿中浸透圧を調節できることは生命活動の維持にとても重要なことです。

そしてこの尿浸透圧は生活する環境により変化します。例えば水生生物のビーバーはまわりに水が豊富にあるため、血中浸透圧が上がるリスクは低いので尿浸透圧の最大値は約500mOsm/Lと低めの値です。しかし、砂漠環境で生きている”hopping mouse”という生き物は、水の制限があるため血中浸透圧が上がりやすく出来るだけ尿から水を再吸収できるようにするため、尿浸透圧の最大値は10,000mOsm/Lと非常に高い値をとることが出来ます。人間の尿浸透圧の最大は1,200mOsm/Lとこの中間くらいの値です。このように環境に応じて尿浸透圧の取ることができる最大値は変化する(尿の濃縮力は変化する)ことが分かります。

2:尿浸透圧をどのように調節するか?

今まで尿浸透圧を調節できることが生命活動に重要であることを説明してきました。では実際どのように尿浸透圧を調節すればよいのでしょうか?ここでは腎臓の尿細管が重要です。ここでは浸透圧調節ができる尿細管を自分で1から作る気持ちで考えてみます。

Step 0:糸球体と尿細管

糸球体で血液が濾過されて、尿細管を経由して尿になります。尿細管がただの管だとすると途中で再吸収も分泌も何もないので、尿浸透圧は血漿浸透圧と同じになります。糸球体にただの管が刺さっているような状況です。ここから尿細管を作っていきます。

Step 1:ADH作用による腎臓集合管でのH2O再吸収

既に分かっていることは尿細管のなかの集合管でADH作用によって水(H2O)を再吸収することで、尿浸透圧を調節するということです。通常ADHの分泌はほぼ”0″に抑えられていて、必要時(つまり血漿浸透圧上昇時)にADHが分泌されます(下図)。

ADHがどのようにして集合管でH2Oの再吸収を行うかに関してより細かい機序を解説します。ADHが集合管の受容体(Vasopressin 2 受容体:V2R)に結合し、水チャネル(AQP2: aquaporin 2)を尿細管側へ移動させることで、間質との浸透圧較差を利用して受動的に尿細管にあるH2Oを再吸収します(下図)。

このように実はただADHが作用して水チャネルが発現するだけではだめで、間質と尿細管腔の浸透圧較差が必要になります。この浸透圧較差を作るためには、間質の浸透圧を上昇させないといけないのですが、これは後で解説します。

今までで分かったことは、ADHによる集合管での尿浸透圧調節は尿浸透圧を上げることによって調節するのであって、下げて調節する訳ではないという点に注意が必要です。調節というと上げることも下げることもできるイメージがあるかもしれませんが、実際には集合管では浸透圧を上げることでの調節しかできません。下図(A)の様に尿浸透圧が集合管に到達している時点で既に高いと、尿浸透圧の取れる幅が小さくなってしまいます(下図左A参照)。しかし、集合管に到達するまでに尿浸透圧が下がっていれば、尿浸透圧の調節する幅が広くなります(下図右B)。

つまり尿浸透圧に広い幅を持たせるためには集合管に到達するまでに尿浸透圧を十分下げることが必要となります。ではどのように尿浸透圧を下げればよいでしょうか?

Step 2:集合管に到達するまでに尿浸透圧を下げる

尿中浸透圧を下げるためには「尿にH2Oを与える」もしくは「尿からNaを再吸収する」の2つの選択しがあります。尿細管は基本再吸収の構造なので、H2Oを与えることは逆向きで難しく、後者の「尿からNaを再吸収する」という方法をとります。しかし、通常浸透圧が変化しないようにNaとH2Oは一緒に動きます。このためNaだけを再吸収し、H2Oを再吸収しない構造が必要になります。これはヘンレの上行脚と対応します。

Step 3:H2O再吸収での間質浸透圧とNa単独再吸収での間質浸透圧(Step 1とStep 2の合体)

Step 1で水を再吸収するために間質の浸透圧を上げる必要があることに関して少しふれました。またStep 2ではNa単独の再吸収により間質の浸透圧が上昇することが分かりました。Na単独再吸収による間質の浸透圧上昇を集合管でのADHによる水再吸収に利用すれば一石二鳥です。この双方の需要をマッチさせるためには集合管と、Na単独再吸収の部位が物理的に近づけば解決します。尿細管は直線構造だとどうしても両者が物理的に離れてしまうため、尿細管をぐにゃっと折り曲げることで両者を接近させます。これが尿細管構造の基本となります。

これで尿細管の基本構造が完成しました。以下にStep 0~3をまとめます。尿細管も1から自分で組み立ててみるとなぜこのような構造になっているかの理解がしやすいのではないかと思います。

3:尿浸透圧調節の異常

これまで尿浸透圧調節の機序を尿細管を1から組み立てることで解説してきました。この尿浸透圧調節の機序に異常が生じると尿浸透圧が制限され、高Na血症もしくは低Na血症が引き起こされます。以下それぞれのステップで問題があった場合の解説をします。

■Step 1の異常:ADH作用の異常

以下のパターンが挙げられます(下図との対応)。
ADHが分泌されすぎてしまう場合:有効循環血症量減少によるADH分泌、SIADHなど(低Na血症)
ADHが分泌されない、もしくは腎臓で反応しない:尿崩症(高Na血症)
間質浸透圧を上げられず、十分な浸透圧較差でH2Oを再吸収出来ない:尿細管障害・ループ利尿薬など(高Na血症)

■Step 2の異常:尿浸透圧を下げるところの異常

尿細管の途中でNaのみを再吸収し、H2Oを再吸収しないことで尿細管内の浸透圧を下げることが浸透圧調節で重要でした(先のStep2の部分です)。ここの部分が障害される原因は、尿細管障害、ループ利尿薬使用などが挙げられます。ここが障害されると十分に尿浸透圧を下げきれなくなります。また、間質浸透圧を十分に上げられないため、間接的に集合管でのH2O再吸収が下がります(間質との浸透圧較差を利用して受動的にH2Oを集合管では再吸収しているため)。結果尿浸透圧の取りうる幅が小さくなります。そうすると腎臓で浸透圧の変化に対する対応が弱くなるため、高Na血症、低Na血症いずれもなりやすい状態になります。

■ネフロンの数と尿浸透圧の取りうる幅の関係

ネフロン数が保たれている(多い)正常の状態では、尿浸透圧は通常最低50mOsm/L~最大1200mOsm/Lまでの値をとることが出来ます。しかし、ネフロンの数が少なくなると尿浸透圧を十分下げきれず、また間質浸透圧を十分上げきれないため尿浸透圧を十分上げきれなくなるため、尿浸透圧の取る値の幅は狭くなります(下図)。

腎機能障害(正確には糸球体障害ではなく尿細管障害)で通常よりも高Na血症・低Na血症がおこりやすいことはこのことが原因です。また高齢者ではネフロン数が減少しており、GFRは残存ネフロンが代償することで見かけ上は保たれますが、尿細管機能は代償しきれません。このため、高齢者はCre値が正常でも高Na血症・低Na血症をきたしやすくなります。腎機能障害の患者さんや高齢者の患者さんに低張性輸液をするとすぐに低Na血症になるのはこのためです。

今回は尿浸透圧を腎臓がどのように調節しているかを、尿細管を1から作ることを通して学びました。高Na血症・低Na血症をよりよく理解するために重要な生理学知識なので、参考になれば幸いです。

参照:Guyton生理学