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小脳失調 cerebellar ataxia

ここは成書を読むと色々言葉の議論があるところなのですが、小脳失調と記載します。まだまだ途中ですが徐々に記載を追加していきます。

失調(ataxia)へのアプローチ

「ふらふらする」≠「小脳失調」という点が何よりもまずは重要です。この点があいまいで間違って脊髄小脳変性症の診断になっている患者さんを今まで一定数みてきました。神経内科専門医ですら症状が軽微の場合はふらふらの原因が小脳か?それ以外か?という点は間違える場合があります。深部感覚失調(感覚性失調)との鑑別点はこちらにまとめているので参照ください。

鑑別上最も重要なのは「閉眼(視覚補正を外した状態)で失調が悪化するかどうか?」という点です。また首より上の症状=具体的には構音障害・眼振を認めるかどうか?も極めて重要です。私はいつも首から上で小脳らしさを示唆する所見がない場合は常に病巣が本当に小脳で良いか疑うようにと指導しています。

小脳の何が難しいか?

協調運動の評価はかなり難しいという声を良くいただきますが、実際に難しいです。以下でこの点について考えます。

1:必要条件「覚醒が保たれ指示理解が可能+麻痺なし」

・小脳失調の評価には必要条件があります。麻痺があるとふらふらしてしまうためそもそも失調かどうかは判断できません。この点は病歴でも重要で「物を落とすことはないが、上手く置けない」といった病歴は「麻痺はなさそうだけれど失調がありそうな病歴」です。病歴上でも麻痺と失調の区別を意識しながら行うと良いです。
・高齢者では指示理解が不十分であったり、もともとおぼつかなかったりして確かにこれは失調なのか?それとも正常範囲(normal aging)なのか?に悩むことが多いと思います。

2:定量的な評価が難しく評価が主観的になりやすい

・筋力低下は例えば握力で〇〇kgなど具体的に評価ができますし、例えば末梢神経障害は神経伝導検査の伝導速度やCMAP振幅やSNAP振幅である程度客観的評価が可能です。
・しかし小脳失調は確かにSARA(Scale for the assessment and rating of ataxia 0~40点評価)という評価スケールはありますが、客観的な数字で評価することが極めて困難であり評価者によって評価が異なる場合があります。この点は特に治療効果判定のメルクマール設定で難しい点です。適切なバイオマーカー(髄液所見や脳血流など)を設定することも求められます。

評価上重要なポイント

1:どこに着目するかを明確にする

・なんとなくふらふらしているか?という漠然としたイメージで観察していてもおそらく小脳失調は評価できないと思います。
・私は例えばfinger nose testは真暗な部屋で患者さんの指先に豆電球がついていて、暗闇での光の軌跡を追いかけるイメージを持って診察しており、そうすると運動分解の評価がやりやすくなりました(みなさんはどうですか?)。
・またfinger nose testはもちろん指と指が合うところも重要ですが、指が鼻に戻るところも極めて重要です。ここで「バンッ!」と指が鼻からずれて顔に当たってしまうなどは測定障害を示唆します。

2:最初の数回が重要・学習効果に注意

・何度も繰り返し診察すると運動学習により自然と上達してしまうことがあります。このためきちんと事前に診察方法を教示して最初の数回をしっかり観察することが重要です。
・指示理解があいまいで何度もデモンストレーションを繰り返しているとその間に上達してしまう場合があり評価が難しくなるため注意が必要です。

鑑別

代表的疾患特徴解説

小脳梗塞:ERでの見逃し疾患の鬼門です。嘔吐が臨床像の主体となり救急搬送となり、腹部検索などをしていたら実は小脳梗塞だったという場合もありますし、後頭蓋窩病変はMRI検査でも検出しづらいため画像検査のみで除外しきれない点が問題です。

PCD(paraneoplastic cerebellar degeneration):臨床像としては急性から亜急性発症の進行経過が速いことが特徴で日単位や週単位で増悪することが多いです。PCDが腫瘍の最初の臨床像となることが70%あると報告されており、極めて重要です。
関連抗体
Yo抗体:最多・小脳単独障害・卵巣がん/乳癌
Hu抗体:小脳以外の病変(例:sensory neuronopathyなど)を呈することも多い・SCLC
・Tr抗体:小脳単独障害
・Ri抗体:小脳・opsoclonus myoclonus syndrome・乳癌
・mGluR1抗体:ホジキンリンパ腫
*Brain 2003;126:1409
VGCC抗体:LEMSで有名な抗体ですがPCDを併発する場合があり重要です(SCLC)。LEMSに関してはこちらをご参照ください。

抗体腫瘍その他の臨床像
Yo婦人科腫瘍, 乳癌
HuSCLC脳脊髄炎, 末梢神経障害
Trホジキンリンパ腫
RiSCLC, 婦人科腫瘍, 乳癌Opsoclonus myoclonus syndrome
mGluR1ホジキンリンパ腫
CV2SCLC, 胸腺腫脳脊髄炎
Zic4SCLC
VGCCSCLCLEMS

橋本脳症
病態
1脳症・2抗TPO抗体、抗Tg抗体陽性・3ステロイド反応性が良好という3つの特徴を持つ脳症であり、抗TPO抗体や抗Tg抗体が直接病原性がある訳ではないとされています(甲状腺機能亢進、低下は関係なし 正常 72%, 軽度低下 25%, 亢進 3%)。1991年にShawらが5例報告をまとめ疾患概念が提唱され、その後SREAT(Steroid-responsive encephalopathy associated with autoimmune thyroiditis)という名称など様々な変遷を経ています。
臨床像
・急性脳症 58%:最も多い 意識障害、痙攣、急性認知症、せん妄
・慢性精神症状 17% :統合失調症、うつ病、認知症
小脳失調 16%:(抗NAE抗体陽性8例の検討)発症様式 亜急性 37%, 慢性 63%, 体幹失調100%, 四肢失調50%, 構音障害 62%, 眼振なし *小脳以外の中枢神経障害:軽度意識障害 12%, 軽度認知・精神症状 37%, 不随意運動 37%
・CJD like 3% 参考文献:臨床神経 2012;52:1369-1371
・その他 6% *自律神経障害、感覚障害などのpatternを呈することは少ない
検査
・髄液:特異的所見なし
・頭部MRI検査:正常のことが多い(非特異的なT2高信号病変はありうる)

GAD抗体関連失調:Stiff person症候群やてんかんを主体様々な中枢神経症状を呈するGAD抗体関連病態ですが、小脳失調が主体になる場合もあります。
・女性に多く、50-60歳代に多い 1型糖尿病と関係あり GAD65抗体のtiterは通常極めて高い
・臨床像:経過は亜急性または慢性(慢性経過は脊髄小脳変性症と間違える場合もある) 体幹失調と失調性歩行が主体、四肢失調や構音障害、眼振は60-70%に認める
・検査:髄液OCB+ 70%

小脳炎(acute cerebellitis)またはpost-infectious cerebellitis:特に小児でウイルス感染後(特に水痘帯状疱疹ウイルス感染後 0.05%と報告 その他EBV・Coxackieウイルス・インフルエンザ・麻疹・ムンプス・風疹)に小脳失調症を来すことが指摘されています。基本的に単相性に改善する病態です。
・臨床像(小児73例): 水痘帯状疱疹 25%, その他のウイルス感染 52%, ワクチン 3% 先行感染からの期間 9.9日 歩行障害が主体 *発熱、髄膜刺激徴候、髄圧亢進、外眼筋症状、意識障害などを呈した例はなし MRI異常所見なし 髄液炎症所見+ OCB+ 10-17%
参考文献:Ann. Neurol., 1994, 35(6), 673-679.
・臨床像(成人11例):40.7±15.2歳、先行期間1-8週間、EBVが多い、小脳性の眼球運動障害 73%, 小脳以外の症状 36% 髄液所見 細胞数上昇 91%, OCB全例陰性

以下に成人例の小脳炎とpost-infectious cerebellitisについてまとめ

■BMJ Case Rep 2020;13:e231661.
23歳男性
EBV感染後失調症状
採血:肝逸脱酵素上昇 髄液:正常 EBV PCR陰性
頭部MRI:正常
治療:IVIg 5日間実施

■Neurological Sciences (2021) 42:4843–4846
症例1:30歳男性EBV感染
髄液蛋白63.4mg/dL, PCR negative MRI検査異常所見なし
治療:mPSL40mg/日 5日間投与その後3か月かけてtaperingし寛解

症例2:54歳男性クローン病既往あり
MRI異常所見あり(小脳腫大、脳室圧迫)*LPはヘルニアリスクあり実施せず
治療:mPSL1g/日 5日間実施 寛解

■Am J Case Rep, 2020; 21: e918567 EBV後 post-infectious cerebellitis
23歳男性発症4日前に嘔吐あり
髄液:細胞数125(mono 84%), 蛋白 99mg/dL 髄液PCR陰性 血清EBV-IgM+
MRI:小脳異常信号
治療:デキサメタゾン投与 神経学的後遺症なし

■BMC Res Notes (2017) 10:610 成人での小脳炎(acute cerebellitis)に関してのliterature review
背景:元々は小児の報告がほとんど(直接感染:West Nile virus, Mycoplasma pneumoniae) 頭痛と失調症状で受診し、自然軽快する病態または脳浮腫により開頭減圧が必要になる場合もある
成人35例 年齢36歳(18-73歳) 女性63%
症状:頭痛 88%, 発熱 71%, 眼振 41%, めまい34%, 嘔吐嘔気 88%, 構音障害 76%, 失調 94%, 意識障害 29%, 項部硬直 36%
原因:不明34%, ウイルス 23%(EBV 6%, Influenza 6%, Mycoplasma 6%, HSV 6%), 薬剤11%(イゾニアジド腎機能障害患者), 傍腫瘍9%, para-infectious 6%
髄液:細胞数104(0-797), 蛋白 72(8-200)
MRI:T2/FLAIR, DWI/ADC map, 造影 異常所見約80%
治療:ステロイド 46%, 抗ウイルス薬 34%, 抗菌薬 26%, 外科的介入 20%
予後:全例生存 47% 神経学的後遺症あり

癌性髄膜炎:癌性髄膜炎は脳底部~後頭蓋窩から髄膜炎を呈することで小脳失調を呈することが多い髄膜炎として特徴的です。機序としては同部位が解剖宅的に髄液がうっ滞しやすいためとされていますが、詳細は解明されていません。転移の原発は乳癌(最多)>肺癌>メラノーマ>消化管と報告されています。歩行障害、ふらつき、嘔気、嘔吐といった症状で受診し頭痛が目立たない場合もあるため注意が必要です。感染性の髄膜炎と比較して発熱や髄膜刺激徴候に乏しい場合がある点に注意が必要です。

脳表ヘモジデリン沈着症 Superficial siderosis
・くも膜下腔での慢性的に持続する出血により、脳表にヘモジデリンが沈着し、失調や難聴などの脊髄小脳変性症様の症状が慢性に進行する病態です。
・原因は頭頚部外傷や腫瘍、動静脈奇形、硬膜欠損、特発性など様々です。
・臨床像:鉄沈着に対しての脆弱性を反映しているとされている
小脳失調 81% ・感音性難聴 81% ・ミエロパチー 53% 錐体路徴候 ・排尿障害 14% ・頭痛 14%
・嗅覚障害 14% ・複視 4% ・直腸障害 3% ・味覚障害 2% ・脳神経麻痺 2%
参考文献:Nat clin pract neurol 2007;3:54 270例まとめ
・検査:頭部MRI検査(診断に最も重要・CTでは診断困難) T2*WI, SWIが重要
・治療:出血源へのアプローチ+止血剤(キレート剤)
・予後:生命予後は良好であるが、感音性難聴は特に予後不良
参考文献:臨床神経 2012;52:947

アルコール性(ACD: alcohol cerebellar degeneration)
・慢性経過の小脳失調症(後天性)で最も多いとされています。
・急性経過に関してはWernicke脳症とのoverlapがあります。
・小脳虫部の萎縮が目立つ点もポイントえす。

トルエン中毒:中小脳脚に特徴的な病変を呈する病態です(こちらを参照)

メトロニダゾール脳症:抗菌薬関連脳症の代表で小脳失調を主体に呈するのはメトロニダゾール脳症です。小脳歯状核病変を呈することが特徴的で画像所見が診断に寄与する病態です。こちらのまとめをご参照ください。

MSA-C:後天性の小脳変性疾患の代表です。特に日本ではMSAはMSA-Cが多いため診療する機会が多い疾患です。こちらのまとめをご参照ください。

脊髄小脳変性症こちらのまとめをご参照ください。

参考文献
・Current Neuropharmacology, 2019, 17, 33-58 免疫介在性の小脳失調に関してまとめ(三苫先生)
・Lancet Neurol 2010;9:94-104.