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深部感覚失調 sensory ataxia

0:神経解剖

失調というと小脳失調が有名ですが、深部感覚が障害されても体の位置がわからなくなることで失調が生じます。

外部から皮膚に加えられた刺激は表在感覚と表現し、身体部位の運動・姿勢に関する身体内部(筋肉・骨・関節)由来の刺激を深部感覚といいます(固有感覚:proprioceptive sensation)。普段救急の神経診察ではあまり診察しない項目かもしれませんが、失調(ataxia)の評価ではとても重要です。

神経経路としては
末梢神経→後根神経節(Dorsal root ganglion;DRG)→神経根後根→脊髄後索→延髄(薄束核・楔状束核)→(対側)→内側毛帯→視床→大脳皮質
という経路をたどります(下図参照)。脊髄からを後索-内側毛帯路とも表現します。

以下それぞれの高さでの後索-内側毛帯路の走行を示します(いずれも緑色)。
脊髄後索 脊髄では末梢神経からの入力同側の脊髄後索を神経線維が上行していきます。内側が下肢、外側が上肢の体部位局在になります(下図参照)。

延髄内側毛帯 延髄レベルで対側へ交叉し、内側毛帯となります。延髄レベルでは傍正中、前後径に長い分布となります(下図参照)。腹側が下肢、背側が上肢の体部位局在となります。このように脊髄視床路と内側毛帯は距離が離れており、延髄梗塞では感覚の解離が起こりやすいです(延髄外側症候群では温痛覚:脊髄視床路のみ障害され、深部感覚:後索内側毛帯路が保たれます 逆に延髄内側症候群では深部感覚が障害され、温痛覚は保たれます)。

内側毛帯 橋中部では内側毛帯は水平に近い分布となり(延髄では縦に分布していたのに比して)、内側が頭部、上肢、外側が下肢の体部位局在となります(下図参照)。

1:深部感覚の診察方法

関節位置覚

患者さんに「閉眼」してもらい、検者は片方の手で患者の関節を固定して、もう片方の手で指を側面からつまんで上下に動かして患者さんが分かるかどうかを調べます。検者は患者の指を「側面」からつまんで検査をすることがポイントです(「表在覚」の影響を出来るだけ除外するため)。正常では1~2mm程度の変もとらえることが出来ます。最も遠位・末梢の指DIP関節や足趾母趾DIP関節を調べます。

また「母指探し法」という診察方法もあります。
患者さんに閉眼してもらい、右手の親指を出してもらい、それを検者が掴みうごかします。ある位置で検者が患者さんの手を固定し、そこを反対の指でつかんでもらいます(これは右手の位置覚を調べている)。これを左右で行います。

指先でつまんでもらうことがポイントで、手で「がしっ」とつかむと簡単にできてしまい所見を拾うことが難しくなります。下に実際の診察方法の動画を掲載します。

振動覚

128hz音叉を使用して、出来るだけ骨に近い皮下組織が乏しい部位(遠位は下肢外踝・内踝、上肢尺骨頭・橈骨頭、近位は上前腸骨棘、胸骨)で検査をします。

1:正常な振動覚の部位を10点(全く感じないを0点)として、その他の部位が何点であるかを評価する方法
2:音叉を当て続けて、振動が止まるまでの時間を測定する方法
上記2通りの方法があります。

また上肢では深部感覚障害がひどくなると位置覚の障害が激しいため、勝手に指が動き不随意運動のようにみえ、これをあたかもピアノを弾いている様なので”piano playing finger”と表現します。下動画はSjogren症候群に伴う深部感覚失調の患者さんです。

2:小脳失調と感覚失調の鑑別

失調(ataxia)を呈する原因は1:深部感覚失調、2:小脳失調の大きく分けて2つに分類されます。この2つはしばしば鑑別に難渋する場合があります。特に鑑別に有用な点を下図にまとめました。

構音障害は小脳失調でしか認めません。構音障害の有無は鑑別に非常に有用です。
あとは感覚障害の基礎となる、位置覚、振動覚を確認します。Romberg徴候は古典的な診察方法として有名ですが、患者さんが立位を取ることが出来ないが評価出来ないという難点があります。本質的には「閉眼(視覚補正を外した状態)で失調が悪化するかどうか?」という点が重要なので、finger nose testを閉眼でやってもらい、自分の鼻をさわるときにずれが大きくなるかどうかを評価すると良いと思います。

このほか「歩行時に下を見て歩くようになった」という病歴も特徴的で、診察ではまっすぐ前を見て歩いてもらう場合と下を見て歩いてもらう場合で失調に差が出るかどうか?を確認します。深部感覚障害の病歴に関してはこちらもご参照ください。

身体所見ではないですが、深部感覚障害があると閉眼で増悪することは「洗面現象(顔を洗う時に眼を閉じるためふらつきが強くなる)」として病歴でひろうことが出来る場合があります。また暗いところで増悪することも視覚補正を外した状態で失調が増悪していることを反映しており特徴的な病歴です(「夜トイレに行くために起きたときに暗いと歩きづらいから電気をつけて寝るようになった」といった病歴があります)。

鑑別点を下図にまとめます。

3:鑑別疾患

先の解剖を基に障害部位と経過の2点から分類すると下記の通りになります。

以上深部感覚失調に関してまとめました。