0:病態
1956年Miller-Fisherが3症例報告したことが端緒で、1992年抗GQ1b抗体の検出が報告されたこと(Neurology 1993;43:1911)で疾患概念が確立してきました(Miller FisherさんなのでMillerとFisherの間にハイフン”-“は入れない)。Guillain-Barre syndromeのなかでの位置付けとしは下図の通り(Miller Fisher症候群は青文字で表現)です(ギラン・バレー症候群の一般的事項に関してはこちらをご参照ください)。Miller Fisher症候群と同じく抗GQ1b抗体が検出されるBickerstaff型脳幹脳炎は近縁疾患で、BBB破綻により脳幹へ抗体が侵入し脳幹脳炎へとなり意識障害を呈する(FS with CNS involvement)とBickerstaff型脳幹脳炎と表現します(Bickerstaff脳幹脳炎で末梢神経障害の要素は必ずあるとされています)。
抗GQ1b抗体の分布は下図のようになっており、外眼筋への脳神経(髄鞘paranode)や、後根神経節、筋紡錘内線維などへの分布があり、その結果臨床像として外眼筋麻痺、失調などと関係していると考えられます(下図参照European Journal of Neurology 2016, 23: 320)。
1:疫学・先行感染
発症年齢:中央値40才(13~78才)
男女比:男性68%/女性 32%
地域差:GBS関連疾患のうちMFSが占める割合は、西洋 1~5%・台湾 19%・日本 25%とアジアで西洋と比較して多いとされています( 参照:Neurology 2001;56:1104 日本人50例まとめの報告)。
先行感染:約80%程度に認めます。上気道炎はH.influenzaeとの関連性が示唆されています。起炎菌と臨床像の対応関係としては、
・H.influenzae:純粋なMFS
・C.jejuni:不全型MFS
・CMV:進展型(GBSやBBE合併しやすく、重症化しやすい)
が指摘されています(古賀先生)。
2:臨床症状
複視:外眼筋麻痺
初発症状としても最も多いのが複視です。全方向性の眼球運動障害ですが、特に外転制限が優位(つまり水平性複視)です(外転神経から始まり、外転神経が残る)。眼球運動障害ごく軽度の場合は、他覚的に眼球運動障害が診察でも分からない場合があり、外に指標を動かして複視が出現するかどうかを確認することが重要です(外転障害では遠方視で複視が増強することも特徴です)。
*両側性外転神経麻痺の鑑別として重要
両側性外転神経麻痺①頭蓋内圧亢進(原因最多)、②Fisher症候群、③Wernicke脳症
他覚的所見がはっきりしないにもかかわらず、自覚症状として複視があるとpsychogenicと間違われてしまう場合もあるため注意が必要です(実際にMiller Fisher syndromeはpsychogenicに間違われてしまう疾患ランキングでもかなり上位に入ります)。
失調
体幹失調が主体で、複視の次に目立つ症状です。Miller Fisher syndromeでは基本的に筋力低下は伴いません。小脳系の障害ではなく、感覚入力系(Ⅰa求心線維)の障害が病態として考えられています。
腱反射消失
腱反射は当初は保たれ、経過で減弱~消失してくる場合があるため、初診の段階で腱反射が保たれているからといってFisher症候群を否定することにはならず、腱反射の経時的なフォローアップが重要です。(Ⅰa線維の障害により腱反射が消失する)
上記が古典的な3徴で、当初は均一な疾患と考えられていましたが、実際には臨床像にかなりバリエーションがあり、外眼筋麻痺のみのタイプや、失調のみのタイプのものも存在することが分かってきています。
以下に初発神経症状をまとめます。複視が78%と最多で、失調が46%(複視と失調が同日に起こるのが34%)、その他四肢異常感覚が初発のものも14%あります。時間経過としては神経症状がピークに達するまでの期間は6日(2-21日)で、そこから自然と改善する経過をとります(単相性の経過をたどります)。
その他の神経症状:必ずしも3徴全てを満たさず、不全型は下記症状を合併する場合もあります。外眼筋麻痺以外の脳神経症状や、四肢の異常感覚を示す場合もあります。
臨床経過をまとめると下図になります。
*重要:Fisher症候群と瞳孔異常に関して
まとめ
・「外眼筋麻痺+瞳孔異常」はFisher症候群を疑うヒントになります。重症筋無力症では通常内眼筋は障害されないですし、その他の外眼筋麻痺を呈する疾患も内眼筋麻痺は呈さない場合が多いです。個人的経験例でも瞳孔異常がフィッシャー症候群の初期診断に寄与した症例が多いです。
・MFSの約半数が散瞳を呈すると報告されている(報告によりまちまち)*内眼筋障害単独を呈する症例もあり抗GQ1b抗体症候群のスペクトラムなのかもしれない
・初期から全例同側性に散瞳
・対光近見解離は認める報告もそうでないものもある Jpn J Ophthalmol 2007;51:224–227
*元々Adie瞳孔と同じではないかと報告されていたが(Ann Neurol 1977;2:393–396.)必ずしもそうではない
・予後は良く複視よりも先に改善する *外眼筋障害と経過が独立している
文献
#27例 literature review Neurol Sci. 2021;42(12):5213-5218. doi:10.1007/s10072-021-05157-7
・両側性:全例
・対光近見解離(light-near dissociation):36%(9/25) *Adie瞳孔のような慢性経過の病態では神経再生(aberrant regeneration of fibers)による影響で生じるため急性経過のMFSではあまり認めないのかもしれない
・瞳孔が複視よりも早く改善 90/0%(10/11) *2か月以内に寛解する
・segmental palsyは認めない(Adie瞳孔に特徴的)
#急性散瞳を呈したMFSの5例報告 J Clin Neurosci. 2010;17(4):514-515. doi:10.1016/j.jocn.2009.06.030
3:検査
・抗ガングリオシド抗体:抗GQ1b抗体を89%において認めるとされます( Neurology 2001;56:1104 )。
・髄液検査:蛋白上昇55%、蛋白細胞解離48%、細胞数上昇7%と報告されており、蛋白細胞解離は発症1週間以内:36%、発症2週以内:75%とGuillain Barre症候群と同様に発症1~2週で顕在化しやすいことが指摘されています(Expert Rev Neurother 2012;12:39)。
・神経伝導速度検査:一般的には末梢神経自体には異常を認めないため、神経伝導速度検査は正常である場合が多いです。
・頭部MRI検査:基本的に正常です (Expert Rev Neurother 2012;12:39)。症例報告レベルでは脳神経にGd造影効果を認めたものがあります( 下図参照 Neurology 2001;57;1755 )。
4:治療
基本的に自然軽快するため、免疫治療は必要ないとされています(RCTは存在しません)。Guillain Barre症候群やBickerstaff型脳幹脳炎へ移行する場合は免疫グロブリン療法や血漿交換療法といった免疫治療を考慮します。
*Neurology 2007;68:1144-1146. IVIgの有用性は示せず
5:予後
Guillain Barre syndromeやBickerstaff brainstem encephalitisの合併がなければ基本的に機能予後は良好で、発症から6か月以内には症状が消失するとされています。
症状は、失調→眼球運動障害の順に改善するとされ(眼球運動障害が初発となりやすいので、眼球運動障害から始まり眼球運動障害で終わる)一般に
・失調:症状消失まで約1か月(中央値:32日(8~271日))
・眼球運動障害:症状消失まで約3か月(中央値:88日(29~165日))
深部腱反射は約2/3の患者で低下か消失のまま残存するとされています ( Neurology 2001;56:1104 )。
以上Miller Fisher症候群に関してまとめました。精神的なもの?と一見間違えられてしまう神経疾患の代表として取り上げさせていただきました。完全に神経よりの話になってしまいましたが、参考いただけますと幸いです。