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高齢者歩行障害へのアプローチ

明確な筋力低下があればもちろんそれが原因で歩きづらいことになりますが、これはそこまで鑑別に困らないことが多いと思います(例えば封入体筋炎での大腿四頭筋萎縮による歩行障害などは筋力低下による膝折れなどが明瞭であるため診断に悩むことは少ない)。

高齢者の歩行障害アプローチで難しいのは筋力低下はそこまで目立たないのだけれど、上手く歩けないというケースに多く遭遇するということです。またそれだけではなく「さすがにこのMMTでこの歩行様式は説明できないだろう」という場合も多くあります。これはかなり経験値が求められますが(歩行様式と神経所見の比較検討をどのくらいしているか?という経験が重要です)、安易に歩行障害の原因をごく軽度の筋力低下に帰着するのではなくその他のシステムが原因で歩行障害をきたしていないか?と考えることが重要です。

ここでは筋力低下が原因ではなく、「それ以外の原因による高齢者での歩行障害の鑑別」を検討していきます。

分類

1:錐体外路/パーキンソン症候群(姿勢反射障害・寡動・歩行障害が問題)
2:錐体路(上位運動ニューロン障害による痙性”spasticity”が問題)
3:小脳(失調が問題)
4:深部感覚(失調が問題)
5:正常圧水頭症
6:薬剤

7:筋骨格系

以下でそれぞれのポイントを記載します。

錐体外路/パーキンソン症候群

■臨床像
・「高齢者が転倒で入院」となった場合にまず想起されるのが頻度の点からパーキンソン症候群です。極論を申し上げると「高齢者の歩行障害はまず全例パーキンソン症候群を疑う」といえます。こちらに重要な病歴ポイントをまとめていますのでご参照ください。
・それまで「パーキンソン症候群」が未診断で、入院して「あれっこれパーキンソンじゃないか・・?」と診断に至る症例は多々あります。パーキンソン症候群はその多くの疾患が緩徐進行性の経過・かつ高齢発症の場合が多いため本人・家族もあまり病的と捉えていない場合があります(「年齢のせいだと思っていた・・・、毎日一緒に過ごしているからあまり気にならなかった」という場合もあります)。このため高齢者の転倒・入院を契機にパーキンソン症候群が診断となるケースは多々あるので意識したいところです。
「歩行速度の低下」に関しては病歴での他覚的な把握が重要です。散歩が日課の場合は前は20分かかったところが40分かかるようになった、人から抜かされるようになった、犬の散歩についていけなくなったなど具体的なエピソードを拾うべきです。

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「姿勢反射障害」を伴うため、後ろ方向に転倒してしまうことや(転倒する「方向」を必ず問診で確認します)、椅子に座るときに「どすん」と座ってしまうことや座り損ねて床に尻餅をついてしまうことなどが多くあります。また突進歩行により止まれず前のめりにつんのめって転倒してしまう場合もあります。

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「最初の一歩が出ない」という”hesitation”も特徴的な病歴です。
・パーキンソン症候群の転倒での特徴は上記の通りですが、それだけではなく転倒後もなかなか自力で起き上がれないという点も注目するべきです。ベッドと壁の間に挟まってしまい動けず家族が発見した、トイレの壁と便器の間のところにはさまってしまって自力で動けない状態で数時間経過してしまったなど、体勢を一度崩してしまうと自力で元の体勢に戻すことが難しいこともパーキンソン症候群らしい病歴です。
・通常症状が下肢に限局することはまれなので(上肢にもなにかしらの錐体外路障害を示唆する病歴・所見を伴う)、下肢に限局している場合は注意です(例外は「脳血管障害性パーキンソン症候群」でこれは下肢に限局することが多いです)

■原因
脳血管障害性パーキンソン症候群:上肢には症状が目立たず下肢の症状が目立つ点が特徴的なので、下肢以外の症状が目立たない場合も一度考慮するべきと思います。
進行性核上性麻痺こちら):歩行障害が特に前面にでるタイプも多く、”hesitation”が目立つ症例も多いです。
パーキンソン病:典型的には左右差・振戦を伴う場合が多く下肢のみに限局することはまれで、かならず経過で波及していきます。

錐体路(上位運動ニューロン障害)

・痙性歩行に特異的な病歴は難しいのですが、「階段の下りが難しい」「止まれず前に転倒してしまう」(転倒の頻度は進行するととても多い印象です)といった病歴と確認するべきは「靴」で「靴の先端がすり減る」というのはspastic gaitによりつま先を地面にすってしまうことで生じる所見です。
・神経所見では下肢の筋緊張(痙性”spasticity”)や腱反射亢進、クローヌス、病的反射陽性などが重要な所見です。原発性側索硬化症や痙性対麻痺などでは筋力低下は本当に全くといっていいほど認めない場合が多いです。
・下位運動ニューロン障害合併を示唆する所見がある場合(筋萎縮や筋力低下など)は必ず筋萎縮性側索硬化症が鑑別としてあがってくるため、下位運動ニューロン障害がないか?は常に注意が必要です。

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■原因
脊髄頚椎症性脊髄症こちら)が代表的な鑑別疾患ですが、通常は手指の巧緻運動障害や感覚障害(異常感覚)を伴う場合が多い(かつ通常上肢の症状が先行する)ので、これらを認めない場合は例え画像上軽度の圧迫所見があったとしても「本当にそれは頚椎症性脊髄症によるものなのか?」と考え直す必要があります。その他:HTLV1関連脊髄症(HAM:こちら)、多発性硬化症(特にPPMS:こちら)、黄色靭帯肥厚による圧迫、dAVFなどが重要
画像検査で指摘できない病態原発性側索硬化症(PLS)、痙性対麻痺など→これらの疾患は下位運動ニューロン障害を合併しているかどうか?が鑑別上かなり重要なので(つまりALSを考慮するべきかどか)、subclinicalな下位運動ニューロン障害を検出する目的での針筋電図検査も考慮が必要になってきます。

*脊髄炎は通常感覚障害、膀胱直腸障害、筋力低下を伴う場合が多く錐体路徴候のみを呈することは稀です

小脳

■臨床像
・極論を言いますが歩行障害において小脳が病巣として”overdiagnosis”であることが多いです。「ふらつき→小脳が原因」という安直な図式が形成されやすいことが誤診の原因と思いますが、きちんと検討されずに小脳が病巣とされてしまっている場合がかなり多いです。高齢者の歩行障害で今までたくさん診断根拠が薄弱な「脊髄小脳変性症」という診断名を多くみてきました。
・小脳らしくない”red flag”は「眼振・構音障害がない(首より上の小脳障害を示唆する所見がない)」・「上肢に症状がなく下肢に限局している」などが挙げられます。
・特に下肢のみの失調症状の場合はやはり「本当に病巣は小脳で良いのか?」を一度問い直すべきと思います。

■原因
・突然発症:血管障害
・緩徐進行性:脊髄小脳変性症をはじめとした変性疾患 など

深部感覚

■臨床像
・失調の原因は「小脳」だけではなく「深部感覚」も挙げられます。神経経路としては「末梢神経~後根神経節~脊髄後索~脳幹内側毛帯」が特に重要な解剖経路です。
・臨床上最も重要なポイントは「閉眼(視覚補正を外した状態)で失調が悪化するかどうか?」です。
・また病歴上は「洗面現象」「暗いところで歩行が悪化する」といった点も重要です(下図)。
・診察方法に関して詳細はこちらもご参照ください。

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■原因

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正常圧水頭症

・上記どのシステムにも該当しない場合も必ず考慮するべきなのが正常圧水頭症です。これは上記の病巣診断どれにも合致しづらいため鑑別からやや漏れやすいのであえて独立して取り上げました。臥位での診察ではどれもぱっとした異常所見はないが立位をとって歩かせると全然上手く歩けないという「臥位と立位での解離」が特徴と個人的には考えています。
・歩行だけみると一見パーキンソン症候群に近い症状にも見えますが、上肢に全く症状がないことやその他の固縮、振戦などのパーキンソニズムを全く伴わない点が鑑別点として重要です。
・歩行様式は「逆ハの字型」“magnetic gait”が有名な所見で、地面をすって歩くようになる(遊脚相が極めて短い)ことが特徴的です。
・先日正常圧水頭症の患者さんは「歯医者さんでスリッパをはけない」という病歴がありましたが、これは一般的には「下垂足」の病歴と思うかもしれませんが、「下垂足」はスリッパが脱げることが問題です。足を高くあげられないためスリッパをはくことが難しいという病歴で興味深いと思いました。

薬剤

・高齢者で常に注意が必要なのが「薬剤」で、高齢者の歩行障害で薬剤内容の把握は必須です(特に新規処方や増量などの変更点)。
・例えば腰痛で受診して脊柱管狭窄症でリリカを150mg 1日2回からいきなり処方されてふらふらになって歩行障害で受診、てんかんと診断されていきなりカルバマゼピン400mg/日で処方されてふらふらしてしまい受診など注意が必要な薬剤が多くあります。

筋骨格系

・高齢者になると膝OAや股関節OAなど筋骨格系の問題で歩行障害を呈する場合が多々あります。この場合は通常疼痛を伴うので原因推定はしやすいですが、「膝OA+パーキンソン症候群」など歩行障害の要素が2つ以上混在することも高齢者ではよくあるので、ここが難しいところです。
・また腰部脊柱管狭窄症や下肢虚血による「間欠性跛行」も重要で、よくよく病歴を確認すると「歩き始めは大丈夫」という病歴を確認できる場合があります。患者さんはとにかく歩けないことにfeatureして話してくださるので、「歩き始めは大丈夫」ということを自発的におっしゃらない場合があるので、ある程度医療者側が能動的に「歩き始めは大丈夫なんですか?」と問診することが必要です。パーキンソン症候群で歩き始めが大丈夫ということはまずありませんし、この点は確認しておきたいです。

検査

もちろん以下の検査を全て行う訳ではなく、鑑別に応じて検査を行うことになります。上記の通り病歴と神経診察で病巣を十分にしぼりこむことが歩行障害では極めて重要で、検査で原因がわかることを期待するアプローチは検査の乱れ打ちになるので十分に注意するべきです。以下特に解釈などに注意するべき検査を少しコメントします。

採血検査
・病巣診断に寄与することはないですが、一部ある程度閾値を低く検査するべきものがあります(特に錐体外路障害ではほぼ役立ちません)。
・梅毒検査:歩行障害においても”great imitator”として重要です(先日私の先輩がパーキンソン症候群かと思い採血を出したら梅毒検査が強陽性で、神経梅毒による脊髄障害であった症例があり、これは採血しないと判断が難しいと思いました)
・HTLV1検査:これも画像検査などで特異的な所見がある訳ではないため、特に上位運動ニューロン障害が主体の場合は提出するべきです。
・その他:ビタミンB12・抗GAD抗体など

髄液検査
・特に錐体路障害で圧迫性病変が否定された場合に「脱髄」や「炎症」などの診断・除外目的に行います。
・小脳障害を疑う場合も「小脳炎」や「癌性髄膜炎(特に小脳を障害しやすい)」などでは検査が有用です。
・正常圧水頭症は診断というよりも治療効果判定目的に腰椎穿刺を行います。
・錐体外路や薬剤では全く役に立ちません。

頭部画像(CT/MRI)検査
病巣診断として唯一役立つのは「正常圧水頭症」で、これは正直臨床像だけから決め打ちは難しく画像検査の力をかりる場面も多いです。
・錐体外路障害では「脳血管障害性パーキンソン症候群」で診断のために重要で、補助初見としては「進行性核上性麻痺」で重要でMRI検査が必要となる場合が多いです。
・「上位運動ニューロン障害」をきたす疾患の「除外目的」としても行う場合が多く、積極的に診断しにいく過程での検査の位置づけではないですが、白質脳症の随伴などが鑑別のヒントとなる場合があります。
・「小脳障害」は突然発症の場合はやはり脳血管障害の評価で重要で、逆に慢性経過では変性疾患を考慮しこれらは通常小脳に萎縮をきたしますし、多系統萎縮症などでは小脳や中小脳脚に変性を示唆する二次的な信号変化をきたすのでこれらも所見として重要です。
・「深部感覚障害」では役に立ちません。「薬剤」ではメトロニダゾール脳症などでまれに特異的な所見を呈するものがありますが、基本的に役立つことは乏しいです。

頸胸髄MRI検査
・「上位運動ニューロン障害」「深部感覚障害」の精査目的で利用することが多いです。上肢の症状がない場合は胸髄が特にターゲットとなります。
・HAMやPPMSなどでは脊髄の信号変化はなくとも萎縮がポイントとなる場合があり注目するべきです。
・dAVFは脊髄腔にflow voidなどを認める場合もあり、その目でみないと見逃すのである程度意識的に読影する必要があります。

ドパミントランスポーターシンチ検査
・使うべき状況:薬剤性パーキンソニズムとPDの鑑別・脳血管障害性パーキンソン症候群の鑑別
・臨床的にパーキンソニズムかどうか自信がない場合に利用することもありますが、「パーキンソニズムかどうか」は基本的に臨床的に行うべきで、この検査に頼りすぎるのは良くないと思います。

MIBG心筋シンチ検査
・詳細はこちらのまとめをご参照ください。