先日外来で5年経過の緩徐進行性歩行障害を呈し神経学的所見上では痙性が目立つ症例があり、比較的高齢だけれど遺伝性痙性対麻痺かな?と思い精査した結果”PPMS”であった症例がありました。やはりPPMSは日常臨床でそこまで頻度が多いものではないですが、調べた内容をまとめます。
臨床像
PPMSはMSの病型のうちの1つ(RRMS, SPMS, PPMS)であり、MS全体の約10-15%を占めるとされています。RRMSとの違いとしては発症年齢が高齢(PPMS:40歳、RRMS:30歳)、男女比が1:1、臨床症状としては脊髄症状が最多80%(運動症状が主体で、進行性の痙性対麻痺spastic paraplegia)、小脳症状15%を占めるといった点が挙げられます(RRPSとPPMSの違いは下図参照)。
臨床経過でRRMSの再発(relapse)症状は数時間から数日かけて発症し、数日から週単位で改善していくことが特徴ですが、PPMSは月~年単位で緩徐に進行していくため変性疾患と似た経過を呈します。
臨床症状としては脊髄障害が80%と最多で、進行性の痙性対麻痺が重要です(痙性対麻痺の鑑別として極めて重要 痙性対麻痺に関してはこちらのまとめもご参照ください)。脊髄症状としては運動症状が主体で感覚障害が前景に立つことは少なく、明らかな感覚障害のレベルを呈する場合も少ないとされていますが、診察では深部感覚障害を認める場合が多いです。遺伝性痙性対麻痺では筋力低下ははっきりせず痙性による歩行障害が主体となりますが、PPMSではきちんと筋力低下も呈する点や左右非対称である点などが遺伝性痙性対麻痺との臨床的な鑑別点として重要と個人的に思っています。運動症状はしばしば左右非対称で、運動による易疲労性(exercise-related fatigable weakness)が脱髄症状として特徴的です。
■PPMSの臨床経過 NEUROLOGY 2005;65:1919–1923
MS患者2837人中12.4%(352人)はPPMSであり、病期の平均は17.2年、発症年齢は40.1歳、53%が女性とされています。発症時の臨床症状は運動症状47%、小脳失調もしくは脳幹症状24%、感覚障害15%、視神経障害5%と報告されています。発症から5年で17%が杖歩行、10年で37%が杖歩行となっています。EDSS6までの中央値は13.3年で既報よりも長い結果となっています。
検査
髄液検査:OCBは80%で陽性とされています。
画像検査:脊髄萎縮が特徴的です。
■PPMS患者41人の臨床像とMRIの45年間追跡 Brain (2003), 126, 2528-2536
1-2年間の追跡ではMRI画像と臨床像の相関関係が指摘できなかったが、それは追跡期間が短すぎるためではないか?という仮説の元、5年間PPMS患者41人を追跡し、MRI画像変化と臨床のパラメーター(EDSS, MSFCなど)の相関関係を調べた研究です。
EDSSの悪化と脊髄面積(cord area)の減少は有意な相関関係にあり、MSFCの悪化と脳室拡大、T2WI病変数も有意な相関関係にあることが指摘されました。
鑑別診断
実臨床では「緩徐進行性の歩行障害」や「進行性の痙性対麻痺」の鑑別としてPPMSを挙げることが多いと思います。遺伝性痙性対麻痺の記事にも記載しましたが、痙性対麻痺の鑑別を発症年齢ごとに記載します。
■小児発症の場合:遺伝性痙性対麻痺、脳性麻痺、Leukodystrophy(Krabbe’s diseaseなど)、環軸堆亜脱臼、Chiari奇形、無βリポプロテイン血症、多発性硬化症、Levodopa-responsive dystonia
■成人発症の場合:遺伝性痙性対麻痺、MND、頚椎症性脊髄症、腫瘍、髄膜腫(傍正中)、脊髄炎、DAVF、Chiari奇形、副腎白質ジストロフィー、ビタミン欠乏症(B12, E)、銅欠乏、感染症(梅毒、HTLV1、HIV)、銅欠乏症、Levodopa-responsive dystonia
診断基準
「2017年McDonald基準」Lancet Neurol 2018; 17: 162–73
■1年間障害の進行があり、再発は認めない
■以下の3つのうち2つ以上の基準を満たす
1:脳室周囲、皮質もしくは皮質近傍(juxtacortial)、テント下のいずれか1つ以上にT2WI高信号病変を認める
2:脊髄に2つ以上のT2WI高信号病変を認める
3:髄液OCB陽性
*2010年McDonald診断基準と異なる点は皮質病変を含める点と症候性か無症候性かは問わない点
*もちろん上記のその他の鑑別をきちんとすすめることが重要。
治療
■ステロイドに関して
ステロイド使用によりPPMSの長期予後を変えるかどうかは分かっていません。実診療では状態が悪い時にステロイドパルスを短期間実施することも行われていると思います。
■DMTに関して
RRMSで有用性が証明されているIFNβ、GA、fingolimodなどは、残念ながらいずれもPPMSではその有用性(機能予後の改善)を証明できていません。今までの臨床研究のまとめは下図の通りです。
・IFNβ:有意な予後改善効果なし Neurology 2003; 60: 44–51. Mult Scler 2004;10 (suppl 1): S62–64.
・GA:有意な予後改善効果なし Ann Neurol 2007; 61: 14–24.
・Fingolimod:Lancet (2016)387(10023):1075–84.
・Rituximab:有意な予後改善効果なし Ann Neurol 2009;66: 460-71.
そのような中ついに抗CD20モノクローナル抗体のocrelizumabの有用性が2017年RCTで示されました。この点は今まで数々の薬剤がfailしてきた中で一筋の光が差し込んだようなインパクトがあります。以下にその”ORATORIO”studyの内容をまとめます。
■PPMSでのOcrelizumab(抗CD20)vs placebo RCT “ORATORIO”study N Engl J Med 2017;376:209-20.
下図にtrialの具体的なPICOなどをまとめて記載します。
PPMSはその経過が緩徐であるため臨床試験でのエンドポイントの設定と追跡期間の設定が難しいという臨床試験上の難点はかかえています。今後orelizumabに続くPPMSに有用な薬剤が登場するのかどうか気になります。PPMSでの可能性のある治療法を下図の様にまとめられています。リスク因子、炎症、脱髄と軸索障害、症状、髄鞘化のそれぞれのプロセスと対応する効果があるかもしれない治療法がまとめられています。今後複数の異なる治療法を組み合わせることで単独の治療ではsuboptimalな治療も効果を持つかもしれないと考察されています。
参考文献
・Lanet Neurol 2007;6:903 PPMSのreviewとしておそらく最も良くまとまっています。一番参考にさせていただきました。
・Abdelhak A, Weber MS and Tumani H (2017) Primary Progressive Multiple Sclerosis: Putting Together the Puzzle. Front. Neurol. 8:234.doi: 10.3389/fneur.2017.00234