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HAM/TSP: HTLV-1 associated myelopathy/tropical spastic paraparesis HTLV-1関連脊髄症

HAM/TSPはヒトT細胞白血病ウイルス1型(Human T-cell leukemia virus type 1:HTLV-1)により起こる神経合併症で、特に地域性のある疾患として知られており、私は普段関東で勤務しているため遭遇頻度は極めて低いのですが勉強した内容をまとめます。

感染経路

1:母子感染(垂直感染・母乳感染) 原因として最多・母乳栄養を避けることが感染予防
2:性行為感染(水平感染)
3:血液感染
*ATLは母子感染経由で多く、HAMは性行為感染経由もしくは血液感染経由が多いとされています。

潜伏期間

ATLの場合:約20-30年(HTLV1感染者の生涯発症は約3%)
HAM/TSPの場合:-3.3年(4ヶ月から30年) (HTLV1感染者の生涯発症は約4%)
*データはHarrison’s principles of internal medicineより
*HTLV-1感染者の約90%は生涯無症候性のキャリアーとなる。

疫学

地域性に関しては以下の様に報告されています(図はCLINICAL MICROBIOLOGY REVIEWS, July 2010, p. 577–589より引用)。日本国内でのHTLV-1抗体陽性者は沖縄で約35%、九州で約10%、流行地以外は<1%とされています。

日本のHAMネットでまとめられた疫学情報は以下の通りです(orphanet j rare dis 2016;11:69より引用)。

臨床像

・HAM/TSPは歴史的には1956年にジャマイカで”Jamaican neuropathy”と報告され、1969年に”tropical spastic paraparesis”と報告され、1985年に患者がHTLV-1抗体を有することが報告され、その後日本からもHTLV-1関連脊髄症として報告され、トロピカルな国ではない日本でも存在することがわかり1989年HAM/TSPという名称に落ち着いた経緯があります。日本で神経内科医はHAM(「ハム」と呼ぶことが多いと思います)とだけ呼称することもあります。
下部胸髄を主体とした慢性炎症が病態で、臨床的には痙性対麻痺や感覚障害、膀胱直腸障害などをきたします。

痙性対麻痺:下肢の錐体路徴候・痙性を呈し、歩行障害を呈することが特徴とされています。通常は緩徐に発症し緩徐進行性の経過をとりますが(緩徐進行例:約7-8割)、それだけではなく急速に進行する場合(発症後2年以内に自立歩行困難になる場合:急速進行例 約2割弱)もあり経過の個人差が大きいとされています(まれに運動障害が軽度のまま進行しない例も1割弱あるとされています)。鑑別としては痙性対麻痺を呈するPPMS(こちらを参照)、遺伝性痙性対麻痺(こちらを参照)、ビタミンB12欠乏などが挙げられます。

膀胱直腸障害:下部尿路症状として排尿困難、蓄尿障害いずれを呈する場合もあります。尿路症状が痙性対麻痺にに数年先行する場合もあるとされています。

自律神経障害:起立性低血圧や発汗障害を認める場合もあるようです。

■HAM/TSPの自律神経障害についてのまとめ Ann Neurol 2001;50:681–685

・20例のHAM/HSP患者と20例の健常例の自律神経症状を比較検討した研究です。下図の様に90%の患者で自律神経の2系統以上の障害を認めており、自律神経障害をHAM/TSP患者で高率に認めることが示唆されます。
・この文献では過去のHAM/TSP剖検例で中間外側核やOnuf核が障害されている報告を元に、脊髄レベルでの交感神経障害が自律神経障害の原因ではないか?と考察しています。

その他筋障害(PMやIBMが関連性の指摘あり)、末梢神経障害、運動ニューロン疾患の経過、認知機能障害を呈する場合もあるようです。臨床的に認知されない多彩な神経障害を合併しうることから臨床的に明らかなHAM/TSPはあくまで氷山の一角であるという表現がされています(Lancet Neurol 2006; 5: 1068–76)。

■日本のHAM患者レジストリ(HAMネット)HAM/TSP383例のまとめ ”Nation-wide epidemiological study of Japanese patients with rare viral myelopathy using novel registration system (HAM-net)” orphanet j rare dis 2016;11:69

日本での疫学情報をまとめた最も重要な報告です。
・年齢 発症年齢:中央値45歳(IQR: 32-56 全体では10-85歳) 診断年齢:中央値53歳(IQR: 42-62)
・発症から診断までの期間:中央値5年(IQR: 1-12年)
・出身地:九州もしくは沖縄55.3%

・性別:男性25.8%、女性74.2%
・初発症状 歩行障害81.9%、膀胱直腸障害38.5%、下肢の感覚障害13.9%
・輸血歴あり:19.1%

予後:8年で片手杖が必要、12.5年で両手杖が必要、18年で歩行不能と報告されています(ただ個人差が大きいことに注意が必要です)。以下は納の運動障害重症度(OMDS: Osame’s motor disability score)で評価をしています。

■若年発症のHAM/TSP, ATLに関してのliterature reviewまとめ ”Early Onset of HTLV-1 Associated Myelopathy/Tropical Spastic Paraparesis (HAM/TSP) and Adult T-cell Leukemia/
Lymphoma (ATL): Systematic Search and Review” Journal of Tropical Pediatrics, 2018, 64, 151–161

・上記の通りHAM/TSPは性感染や血液感染経由が多く、通常40歳前後で発症することが多い疾患ですが、小児~青年期(ここでは19歳未満)に発症するHAM/TSP(ATLも)の特徴は何か?に関して文献を調べたliterature reviewになります。
・HAM/TSPに関しては以下の通り27例の報告があり、ご覧の通りブラジルからの報告が非常に多いです。またIDH(infective dermatitis associated with HTLV-1)を48%で合併している点も特徴的で、ATL合併は3.7%でした。感染経路のほとんどは成人と異なり垂直感染です。
・日本からも若年発症の報告があり、15歳未満の発症が全体の10%とも報告されているようです(J Neurol Sci 1993;118:145–9.)。

検査

血液HTLV-1抗体(CLEIA, CLIA, ECLIA, PA法):スクリーニング
・陰性の場合:非感染
・陽性の場合:確認検査(WB法もしくはLIA法)
→陽性の場合確定、判定保留の場合:PCR法へ、陰性の場合:陰性と確定

髄液HTLV-1抗体:HAM/TSP診断の確定(PA法で4倍以上)*上記の血液検査で陽性の場合に行う。

画像検査:脊髄MRI検査

急性期は脊髄に炎症を反映した信号変化を認めることが指摘されています(下図は左が急性期の造影効果を伴った脊髄画像、右が慢性期の萎縮した脊髄画像)。

慢性期は下図のように胸髄の萎縮が指摘されています。

■HAM/TSPのMRI所見と病理所見の検討 

・HAM/TSPのMRI所見に関してHAM/TSP15例と健常者20例のMRIを比較し、またHAM/TSPの剖検例と脊髄障害を合併していないATLの剖検例を比較検討した宮崎大学の先生方がご報告された研究です。
・MRI所見の比較検討は以下の通りで、HAM/TSPでは特に前後径が短いことがわかります。

・病理所見の検討では白質(特に側索)での萎縮変化が強かったと報告されています。

治療

HTLV-1感染症の根治的な治療方法はなく、合併症に対する治療法が以下の様に提唱されています。

■HTLV-1関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン2019

疾患活動性を評価し、それに準じた治療方法の選択をするのが日本のガイドラインでは提唱されています。まず日本のガイドラインで推奨されている方法を記載します。

疾患活動性 HTLV-1関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン2019より

疾患活動性:高→ステロイドパルス療法(導入療法)+ステロイド内服治療(維持療法)
疾患活動性:中→ステロイド内服・インターフェロンα治療
疾患活動性:低→対症療法

CQ1:成人HAM患者において、ステロイド内服治療は推奨されるか?
推奨:成人HAM患者において、ステロイド内服治療を行うことを条件付きで推奨する(GRADE 2D)

CQ2:成人HAM患者において、インターフェロンα治療は推奨されるか?
推奨:成人HAM患者において、インターフェロンα治療を行うことを条件付きで推奨する(GRADE 2D)

CQ3:成人HAM患者において、抗レトロウイルス薬(逆転写酵素阻害薬)は推奨されるか?
推奨:成人HAM患者において、抗レトロウイルス薬(逆転写酵素阻害薬)を使用しないことを推奨する(GRADE 1C)

CQ4:成人HAM患者において、ステロイドパルス療法は推奨されるか?
推奨:現段階で、本CQに対する明確な推奨文を作成できなかった

■”Management of HAM/TSP Systematic Review and Consensus-based Recommendations 2019″

海外での報告になります。ここでは経過を”rapid progression”, “slow progression”, “very slow or no progression”の3つに分類して検討しています。

ステロイドに関して
・メチルプレドニンパルス療法(1g/日 3-5日間)を進行性の場合は単独もしくは導入治療として検討するべき(”rapidly progressive HAM/TSP”の場合は別に記載) 2D
・低用量のプレドニゾロン(<5mg/日)を”rapidly progressive”で無い限り考慮するべき 2C
(これが許容される場合2年以上の維持療法を考慮する)
・高用量のプレドニゾロン(<60mg/日)を治療反応性に応じて調整することが適応となる場合がある 2D

ステロイド以外の治療に関して *”slowly progressive HAM/TSP”の場合
・ステロイドが不適の場合はその他のDMTを考慮する 2D
・インターフェロンαに関して:第1選択として使用するには十分なエビデンスに乏しい 1C
・逆転写酵素阻害薬に関して:使用する根拠に乏しい 1B
・抗CCR4抗体は臨床研究以外で追加もしくは切り替えを推奨する根拠に乏しい 1B

rapidly progressive HAM/TSPに関して
・メチルプレドニンパルス療法(1g/日 3-5日間)を推奨 1C
・もしくはプレドニゾロン0.5mg/kg/日を最大14日間まで内服投与を推奨 1C

参考文献
・HTLV-1関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン2019
・Lancet Neurol 2006; 5: 1068–76
・Neurology: Clinical Practice February 2021 vol. 11 no. 1 49-56 doi:10.1212/CPJ.0000000000000832