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脳膿瘍 brain abscess

私が脳膿瘍を初めて経験したのは初期研修医2年目のときで脳膿瘍の初発症状が痙攣重積で救急搬送された症例でした。まったく発熱や頭痛、神経学的巣症状が先行しておらず突然の痙攣重積を呈したイメージが頭に強く残っています。脳神経外科の先生方よりは経験数が圧倒的に少なく恐縮ですが、勉強した内容をまとめます。

病態

感染経路:1:感染の直接波及もしくは2:血行性

起炎菌

・嫌気性菌(最多):Streptococcus/Bacteroides/Prevotella/Propionbacterium/Fusobacterium
Streptococcus anginosusに関してはこちらを参照ください
・好気性菌:viridans streptococcus/S.aureus
・免疫抑制:Toxoplasma gondii/Listeria/Nocardia/Aspergillus
・寄生虫:Taenia solium

脳膿瘍は多くの場合リスク因子/背景疾患があり、心疾患での感染性心内膜炎や肺動静脈瘻、免疫抑制や臓器移植、好中球減少、HIV感染、周囲臓器の感染、外傷、歯感染などが代表的です。以下がリスク因子ごとの起炎菌をまとめたものです。

*”lung brain syndrome”:肺と中枢神経に病変を呈する症候群
①腫瘍
②感染症 細菌:S.aureus, S.anginosus, K.pneumoniae, Nocardia, Actinomyces, Rhodococcus, 結核, 真菌:Aspergillus, Cryptococcus, Mucormycosis

臨床像

自験例は初発痙攣で救急搬送された中年男性が頭部画像検査で膿瘍を疑い診断した症例、もともとKlebsiella菌血症/尿路感染症で入院し、入院後一度解熱するもその後再度発熱し、fever workupするも原因が特定できず、頭部画像検査を行ったところ脳膿瘍の診断に至った症例、感染性心内膜炎での脳梗塞に対して血栓回収療法を実施し、その後脳梗塞部位に脳膿瘍を形成した症例など様々です。先日私が直接主治医ではないですが、入院患者さんの不明熱でやはり脳膿瘍の症例がありました。脳神経外科の先生方よりは圧倒的に経験数が少ないですが、臨床像はかなり多彩と思います。

■脳膿瘍の臨床像に関するliterature/systematic review(9699例) Neurology 2014;82:806

疫学:年齢33.6歳、男性70%女性30%
背景因子:中耳炎/乳突蜂巣炎32%、副鼻腔炎10%、心疾患13%、外傷後14%、血行性13%、肺疾患8%、術後9%、歯由来5%、免疫抑制9%、髄膜炎6%、不明19%、その他5%
起炎菌Streptococcus属34%(viridans streptococcus 13%, S.pneumoniae 2%, Enterococcus 0.8%, その他18%)、Staphylococcus属18%S.aureus13%, S.epidermidis3%,その他2%)、腸内細菌GNR15%(Proteus7%, Klebsiella pneumoniae 2%, Escherichia coli2%)、緑膿菌2%、Actinomycetaies3%(Nocardia1%, Corynebacterium0.8%, Actinomyces0.8%, Mycobacterium tuberculosis 0.7%)、Haemphilus2%, Peptostreptococcus3%, Bacteroides 6%, Fusobacterium 2%, 寄生虫0.1%, 真菌1%


症状頭痛69%、嘔気/嘔吐47%、発熱53%、意識変容43%、神経学的巣症状48%、痙攣25%、項部硬直32%、乳頭浮腫32%
*発熱、頭痛、神経学的巣症状の3徴を呈するのは20%のみ
髄液検査実施35%、髄液正常16%、細胞数上昇71%、蛋白上昇58%、髄液培養陽性24%、腰椎穿刺により臨床的に悪化7%
部位:前頭葉31%、側頭葉27%、頭頂葉20%、後頭葉6%、基底核3%、頭蓋外7%
膿瘍の数:1つ82%、複数18%
予後:死亡20%

合併症
1:脳ヘルニア
2:膿瘍破裂(abscess rupture) 脳室穿破は特に致死率が高く重篤
3:水頭症
4:痙攣発作 抗てんかん薬の予防的な使用を推奨する根拠には乏しい(明らかなrecommendationもない)

■脳膿瘍の痙攣発作のリスク因子 J Neurol Neurosurg Psychiatry 2010;81:913 e 917.

・205例の脳膿瘍を後ろ向きに検討して痙攣発作を呈したリスク因子を検討。48人が発作を起こし、17%が急性症候性発作(acute symptomatic seizure)、6.4%が明らかな誘因のない発作(unprovoked seizure)であった。
・初回発作が起こったのは全て3年以内であり、特に最初の1ヶ月が多い結果(下図)。

リスク因子としては前頭-頭頂葉の病変を有することと、背景疾患で弁膜症疾患を有することが挙げられた。

*髄液検査に関して:腰椎穿刺は脳ヘルニアを疑う場合、頭蓋内圧亢進を疑う場合は避けた方が良いとされています。このため脳膿瘍で髄液検査が実施されているのは上記では35%と比較的少ないです。脳膿瘍を疑う場合腰椎穿刺は基本的には行うべきではないと記載している教科書もあります。

画像検査

・脳膿瘍の診断では画像検査の重要性は極めて高いです。細菌性髄膜炎の経過として治療反応性が悪い場合も脳膿瘍合併を疑い一度は画像検査を行うべきです。
・感度はMRIの方がCTよりも良く、MRIでは造影MRI検査(”ring enhancement”があるか?)・DWI(内部の密度高値を反映して高信号/ADC低下)・T2WI(被膜の低信号また周囲の浮腫)が特に重要なシークエンスになります。これに加えて施設で可能であればSWI “dual rim sign”MRSもその他の疾患との鑑別に有用と報告されています。

MRI
・”ring enhancement”(リング状造影効果)
*”ring enhancement”を呈する病変に関してはこちらにまとめがありますのでご参照ください。
・被膜:T2WI低信号 *被膜は脳室側で薄い(mesial thinning)・被膜造影効果伴う:比較的均一な造影効果
内容物:DWI高信号、ADC低下
*DWI高信号は特異度高い所見と思われる・ADC低下が中心部にのみ存在
(参考:DWIは他の嚢胞性病変との鑑別で感度96%, 特異度96%と報告あり:Surg Neurol 2006;66:246-50.)
・mass effect:浮腫など色々
*注意:免疫抑制者では”ring enhancement”などが不明瞭になり典型的な画像所見を呈さない場合もあるため注意が必要です。

■脳膿瘍を鑑別する”dual rim sign”に関して AJNR Am J Neuroradiol 33:1534-1538, 2012

脳膿瘍と鑑別が問題になるglioblastomaの症例の画像を比較、検討した報告で、SWIの”dual rim sign”が脳膿瘍に特異的な所見として挙げられています(被膜のT2WI低信号は脳膿瘍だけでなくglioblastomaでも認める所見)。具体的には脳膿瘍では外側低信号、内側高信号の2重になる信号変化を連続的にスムーズに認めますが、glioblastomaでは低信号の連続性が不完全かつirregularでスムーズではない点が鑑別になります。

治療:抗菌薬治療+ドレナージ

抗菌薬選択:セフトリアキソン+メトロニダゾールが基本です
*移植患者やHIV患者ではカバーする対象が異なるため注意が必要です
・セフトリアキソン:細菌性髄膜炎と同じ理由です。
・メトロニダゾール:細菌性髄膜炎と異なり脳膿瘍の場合は嫌気性菌の関与も考慮するため、嫌気性菌カバーかつ髄液移行性の優れているメトロニダゾールを使用します。

投与量(”meningitis dose”で投与する):CTRX2g q12hr + MNZ500mg(7.5mg/kg) q8hr
*培養結果は出ないことも多い(通常検体を得るよりも先に抗菌薬治療が開始されるため)
*検体を得るまで抗菌薬開始をしないという選択肢はない(予後に影響が出ることが後方研究にて指摘されている)

*MSSA脳膿瘍の治療が日本では問題:日本にはMSSA用ペニシリン系製剤(海外はnafcillin/oxacillinがあるためこの悩みはそもそも存在しない)がなく、日本でMSSAに対して使用する第1選択薬のCEZ(セファゾリン)は髄液移行性に乏しいため、中枢神経感染であるMSSA脳膿瘍に対して適切な治療薬が存在しない点が問題。CTRX, CEPM, MEPMなど専門家の間でも意見は様々。

治療期間:一般的には6-8週間とされていますが、膿瘍がきちんと消失するまで治療は継続する必要があり個々の症例での判断が重要です

参考文献
・N Engl J Med 2014;371:447-56. 脳膿瘍の最も有名なreviewと思います。