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大動脈壁在血栓 Aortic mural thrombus

ここでは非動脈硬化性、非動脈瘤性の議論に限定する

解剖背景

Aortic mural thrombus: An occult source of arterial thromboembolism. J Vasc Surg 4: 473-478, 1986.

10671例連続剖検 0.45%(n=48)に動脈硬化のない血管壁に生じる大動脈壁在血栓 部位内訳:腹部大動脈 38, 胸部大動脈 1, 両方 9例
⇒塞栓症を生じたものは17%(8/48)

Mobile thromboses of the aortic arch without aortic debris. Circulation 96: 288-294, 1997.

塞栓症患者に対するTEE 27855例の検討では動脈硬化のない大動脈弓部の大動脈血栓0.08%(n=23)に認めた、平均年齢45歳

症例報告

“Aortic Mural Thrombus in the Non-atherosclerotic Aorta of Patients with Multiple Hypercoagulable Factors” Intern Med 58: 381-385, 2019

2例の症例報告 ①50歳男性脳梗塞+右鎖骨下動脈閉塞 プロテインS欠乏、抗カルジオリピン抗体陽性 ②70歳男性胃癌Stage3(プロテインC欠乏+シスプラチン化学療法中)造影CT検査で偶発的指摘 いずれも凝固障害あり TEEでは証明できず 治療抗凝固療法(再発なし)

“Large mural thrombus in the nonaneurysmal and non-atherosclerotic ascending aorta: a case report” Journal of Cardiothoracic Surgery (2021) 16:200

症例報告:部位は上行大動脈 59歳男性(喫煙+肺塞栓症の既往)偶発的指摘 採血はD-dimer著増4400μg/L リスクが高いため1次予防として外科的切除術実施
造影CT1st選択 考察ではPETで悪性腫瘍かどうか実施すべきという記載もある

メッセージ:Ascending aortic thrombus should be taken into consideration when meet with a relatively young patient showing clinical manifestations of arterial embolism.

Systematic review

“Aortic mural thrombus in the normal or minimally atherosclerotic aorta.” Ann Vasc Surg 27: 282-290, 2013.

★Keyとなる論文 systematic review 200例(文献98)の検討
平均年齢50歳、女性105/男性95
リスク因子:凝固亢進状態 25% 悪性腫瘍既往10%, 喫煙歴 35%
症状:四肢虚血 85%、内臓虚血27%, 脳卒中14%
診断に使用された検査:TEE 77%, CTA 44%, MRA 16%, DSA 15%
部位:下行胸部大動脈 38%, 大動脈弓部 36%、腹部大動脈 14%, 上行大動脈 12%
血栓:ほとんどは可動性、無茎性は12%のみ、大きさ平均38mm
治療:内科治療112例, 外科治療88例
血栓の持続・再発率 26.4% vs 5.7% 末梢動脈塞栓の再発率 25.7% vs 9.1%
内科治療単独の25%が最終的には手術へ(理由は血栓持続や再発) 
塞栓症再発リスク:①部位が上行大動脈OR 12.7または大動脈弓部OR 18.3、②大動脈壁に軽度の動脈硬化、③初発症状が脳卒中である OR11.8
⇒手術のリスクが低く、再発リスクが高い場合は外科手術をするべきであると推奨

治療

Thoracic Aortic Mobile Thrombus: Is There a Role for Early Surgical Intervention? Ann Thorac Surg 2011;91:1875– 81

14例(平均51歳、女性9例、男性5例)の治療戦略の後ろ向き検討 凝固障害または血栓症の家族歴9/14例 診断はTEE,CTA
治療まずは全例ヘパリン+アスピリンから開始
抗凝固のみ5例:血栓<1cm(n=3) 再発なし、血栓≧1cm(n=2)致死的な塞栓症を再発して死亡
大きな血栓は内科単独治療では再発を防ぎきれない可能性がある
外科手術9例:塞栓症再発なし

外科治療を受けた患者

患者番号年齢(歳)性別発症時の塞栓イベント凝固障害再発位置サイズ(cm)血栓摘出術のアプローチ状態
164男性不明弓部1.5胸骨正中切開、DHCA生存
242女性腹部第V因子異常、家族歴ありあり(大動脈手術前)胸腹部大動脈14.0胸腹部切開、遮断・縫合生存
360男性末梢家族歴あり近位DTA2.5左開胸、左心バイパス生存
448男性末梢なしあり(大動脈手術前)近位DTA1.6左開胸、左心バイパス生存
536女性腹部、末梢高ホモシステイン血症、家族歴ありあり(大動脈手術前)近位DTA2.2左開胸、左心バイパス生存
650男性腹部DTA2.0左開胸、左心バイパス生存
742女性脳、末梢上行大動脈および遠位弓部(2個)1.5, 0.8胸骨正中切開生存
832女性腹部、末梢家族歴あり近位および遠位DTA(2個)1.6, 2.0左開胸、左心バイパス生存

内科治療単独

患者番号年齢(歳)性別初発の塞栓イベント血液凝固障害再発大動脈の血栓部位サイズ (cm)転帰
952女性末梢不明なし弓部0.8生存
1046女性末梢プロテインS症候群、家族歴陽性ありb遠位弓部〜DTA15死亡
1142女性末梢血小板増多症、高ホモシステイン血症なし胸腹部大動脈1.7生存
1284女性脳および腹部不明なし弓部 (2か所)1.8, 1.0死亡
1351女性脳および末梢家族歴陽性ありbDTA12死亡
1469男性不明なし弓部0.8生存
7a42女性脳および末梢不明なし遠位弓部0.8生存

この論文上の推奨は血栓の大きさで手術適応を検討する

CTAをすべき(TEEは気管によって一部見えないため)
調べるべき検査:凝固因子(第V因子ライデン変異)のスクリーニング、プロトロンビン遺伝子G20210A変異の遺伝子検査、プロテインC、S、およびアンチトロンビン-ヘパリンコファクターの機能アッセイ、抗リン脂質抗体症候群(ループスアンチコアグラント、抗カルジオリピン、および抗β2グリコプロテインI抗体)、ホモシステイン

大動脈可動性血栓について記述した報告(5症例以上の報告)

文献(著者)発行年症例数診断方法治療法再発(血栓摘出術)再発(抗凝固療法)
Laperche etal199723TEE手術 / 内科1 / 104 / 15
Lau et al19975TEE内科1 / 41 / 4
Goueffic et al200224cTEE / CTA / MRI手術4 / 24NA
Choukroun et al20019TEE / CTA手術 / 内科1 / 50 / 4
Bowdish et al20025TEE / CTA内科NA0 / 5
Pagni et al (本研究)201014TEE / CTA / 血管造影手術 / 内科1 / 83 / 6d

Contemporary management of symptomatic primary aortic mural thrombus. J Vasc Surg 60: 1524-1534, 2014.

19例の報告(塞栓症から診断)*ここまでの既報では患者数最多 血栓発生部位による4つの分類
平均年齢41.2歳、男性6/女性13例 若い女性に多い 動脈硬化リスク因子ほぼ全くなし
凝固亢進状態
治療成績:全体76.4%で塞栓症の再発なし 21%死亡(全て致死的な臓器虚血)

分類 胸部や下部腹部Type2 , 4はステントグラフト術による血管内治療が安全かつ効果的な第1選択になりうる

分類発生部位塞栓部位・症状治療法・特徴
Type I上行大動脈・大動脈弓部(左鎖骨下動脈の起始部まで)脳梗塞(脳卒中)、上肢の虚血、内臓や下肢の虚血小さな無茎性(壁に張り付いた)血栓であれば、抗凝固療法と厳密な経過観察で管理可能です。塞栓リスクの高い巨大な有茎性(浮遊する)血栓の場合は、人工心肺を用いた外科的血栓除去術や、ハイブリッドステントグラフト治療が考慮されます。
Type II下行胸部大動脈(左鎖骨下動脈より遠位〜腹腔動脈まで)下肢の重症虚血、腸管虚血など最も発生頻度が高い部位です。抗凝固療法のみでは再発リスクが高いため、第一選択としてステントグラフトやベアメタルステントを用いた血管内治療により、血栓を血管壁に押し付けて排除(被覆)する方法が安全かつ効果的として推奨されています。
Type III内臓動脈領域の腹部大動脈(腹腔動脈〜最下腎動脈まで)重篤な腸管虚血(間膜虚血)、急性腎不全、対麻痺など複数の臓器虚血を引き起こし、発見が遅れると敗血症などで致死率が極めて高くなる厄介なタイプです。ステントは内臓への血流を遮断してしまうため使用できず、「トラップドア(跳ね上げ戸)型」切開を用いた緊急の開腹大動脈血栓除去術が必須となります。
Type IV腎動脈下〜大動脈分岐部下肢の急性虚血(足の痛みや麻痺など)カテーテルを用いた低侵襲な血栓塞栓摘出術(フォガティカテーテル等)ステントグラフトやステントによる被覆を併用することが推奨されます。

若年女性に原因不明の動脈塞栓症を認めた場合は大動脈壁在血栓の可能性を考慮すべき

鉄欠乏性貧血が背景にある症例報告

“Arterial Embolism Caused by Large Mobile Aortic Thrombus in the Absence of Atherosclerosis, Associated with Iron Deficiency Anemia” Echocardiography. 2012 March ; 29(3): 369–372.

notebool LMの記載をそのまま

  • 症例1:42歳女性
    • 背景と症状: 重度の月経過多(生理過多)の既往があり、突然の右下肢の激しい痛みと麻痺を訴えて受診しました。半年前にも右膝窩動脈の塞栓症を起こしていましたが、当時のエコー検査は正常であり、一般的な凝固異常の検査もすべて陰性でした。心血管疾患の危険因子や喫煙歴もありませんでした。
    • 検査所見: 血液検査でヘモグロビン値7.7 g/dLの**重度な小球性低色素性貧血(鉄欠乏性貧血)**と、血小板の軽度増加(46.5万)が認められました。血管造影で右腸骨動脈など複数の下肢動脈の閉塞が確認されました。経食道心エコー(TEE)では、動脈硬化のない下行胸部大動脈に1 × 3 cmの巨大な可動性血栓が発見されました。
    • 治療と経過: 未分画ヘパリンによる抗凝固療法と、鉄剤の静脈内投与を開始しました。鉄剤によりヘモグロビンが10 g/dLまで回復し、ワルファリンの内服に切り替えたところ、4週間後のTEEで大動脈の血栓は完全に消失していました。
  • 症例2:49歳女性
    • 背景と症状: 月経過多の既往があり、突然の左半身麻痺(脳卒中)で倒れ救急受診しました。喫煙歴はありません。
    • 検査所見: 脳MRIで多発性の小さな脳梗塞が確認されました。ヘモグロビン値8.4 g/dLの鉄欠乏性貧血と、血小板増加(56.7万)がありました。一般的な凝固異常の検査はすべて陰性でした。TEE検査により、動脈硬化のない大動脈弓中部に1.0 × 0.6 cmの可動性血栓が発見されました。
    • 治療と経過: ヘパリンによる抗凝固療法を開始し、神経症状は急速に改善しました。10日後には歩行可能となり、ワルファリンと経口鉄剤の処方を受けてリハビリテーションへ移行しました。

【考察:鉄欠乏性貧血と血栓形成のメカニズム】

通常、巨大な大動脈血栓を伴う塞栓症は、重度の動脈硬化を持つ高齢者に見られますが、動脈硬化のない大動脈における血栓は比較的若年層(平均45歳など)に見られます。著者は、重度の鉄欠乏性貧血(IDA)が血液凝固亢進状態(血栓ができやすい状態)を誘発し、血栓形成の引き金になったと指摘し、以下の3つのメカニズムを提唱しています。

  1. 血小板の増加と付着能の亢進: 鉄欠乏に対する反応として血小板が増加し、血栓ができやすくなります(今回の2症例でも血小板の増加が見られました)。
  2. 線溶系(血栓を溶かす働き)の低下: 貧血状態ではプラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1(PAI-1)が増加し、血栓を分解する機能が低下します。
  3. 血流の過動力学的な状態(シェアストレス): 貧血を補うために心拍出量が増加して血流が激しくなり、血管内皮に物理的な負荷(亀裂など)を与え、そこが血栓の形成起点となる可能性があります。

過去の文献でも、月経過多や子宮筋腫に起因する重度の鉄欠乏性貧血を持つ女性(20〜50代)に、巨大な大動脈・頸動脈血栓や脳卒中が発症したケースが複数報告されています。

【結論と治療戦略】

動脈硬化による血栓では抗凝固療法だけでは再発を防ぎきれないことが多いですが、鉄欠乏性貧血に伴う非動脈硬化性の大動脈可動性血栓の場合は、ヘパリンからワルファリンへの「抗凝固療法」と「鉄剤による貧血の改善」を組み合わせる内科的治療が極めて有効であり、過去の報告も含めて一貫して血栓の消失と再発防止に成功しています。著者は、鉄欠乏性貧血の患者に塞栓症が発生した場合は、TEEによる胸部大動脈の入念な検査を行うべきであると結論づけています。

“A case of massive aortic mural thrombus in the absence of atherosclerotic or aneurysmal disease” IJC Heart & Vasculature 12 (2016) 82–84

【概要と患者の特徴】

  • 患者: 45歳の女性。
  • 既往歴とリスク因子: 2型糖尿病、高血圧、および月経過多に伴う鉄欠乏性貧血がありました。7年前に禁煙した元喫煙者ですが、深部静脈血栓症の既往はありませんでした。
  • 直近の投薬: 受診の3週間前から、月経過多の治療薬として**ノルエチステロン(黄体ホルモン製剤)**の服用を開始していました。

【症状と検査・診断】

  • 発症状況: 10日前から続く症状の悪化で救急搬送されました。受診時は呼吸数44回/分、酸素飽和度85%の重度な呼吸不全状態であり、血圧210/110の著明な高血圧と頻脈を伴い、脚の痛みも訴えていました。
  • 画像診断: 肺塞栓症を疑って造影CT(CTPA)を行ったところ、両側多発性の肺塞栓症が確認されるとともに、遠位大動脈弓部から下行胸部大動脈にかけて2.2 × 2.1 × 5.6 cmの巨大な大動脈壁在血栓が偶然発見されました。
  • さらなる検査: エコー検査で右膝窩動脈など下肢の動脈を塞ぐ血栓(末梢動脈塞栓症)も確認されました。血液凝固異常のスクリーニング検査は陰性であり、MRIやPET検査でも、大動脈の血管異常(動脈硬化や解離)や悪性腫瘍がないことが確認されました。

【治療と経過】 全身に致命的な塞栓症を引き起こすリスクが非常に高いと判断され、ヘパリン投与ののち、**人工心肺を用いた積極的な外科的切除(下行大動脈置換術)**が実施されました。 手術により、85 × 30 × 25 mmという極めて巨大な血栓が摘出されました。術後の経過は良好で、患者は長期的なワルファリン(抗凝固薬)の内服治療を受ける方針で無事に退院しました。

【考察:血栓形成の要因と特徴】 通常、動脈硬化のない大動脈血栓は若年女性や喫煙者に多く、悪性腫瘍や血液疾患などを除外する必要があります。本症例では一般的な凝固異常は陰性でしたが、以下の3つが複合的に関与した可能性が考察されています。

  1. 微小な動脈硬化: 画像では確認できないレベルの軽微な動脈硬化が存在し、そこが血栓形成の足場となった可能性。
  2. 鉄欠乏性貧血: (前回のBukharovichらの文献を引用し)月経過多による鉄欠乏性貧血が血液凝固亢進状態を引き起こした可能性。ただし、本症例の血栓は過去の報告よりもはるかに巨大でした。
  3. ノルエチステロンの服用: この薬が動脈血栓を引き起こしたという過去の報告はありませんが、月経過多の女性における「静脈」血栓塞栓症のリスクを増加させることが知られています。服用開始時期と症状出現のタイミングが一致しているため、これが引き金になった可能性が高いと推測されています。

また、本症例の血栓は通常の「血流に沿って成長する」パターンとは異なり、近位部が血流の方向に対して逆行して伸びていたという極めて特異な形状をしていました。

【結論と治療戦略】 大動脈血栓の治療方針については「抗凝固療法(薬物)」か「外科手術」かで議論が分かれています。しかし著者は、(前回の)Fayadらによるメタアナリシスで「抗凝固療法のみで治療した患者の最大25%が再発や手術への移行を余儀なくされた」という結果を引用し、再発リスクの高い患者には積極的な第一選択としての外科的手術が推奨されると述べています。 本症例においても、血行動態が不安定で、遠位動脈への塞栓を伴う巨大血栓であったため、手術と術後の長期抗凝固療法というアグレッシブな治療プランが最適な結果をもたらしたと結論づけています。

治療

抗凝固療法(適切な投与期間不明)、外科治療、血管内治療

管理人メモ

みつかったのは塞栓症精査か?偶発的か? 生じる部位に特徴はあるか?
診断ツールはTEEか?造影CTか?
腫瘍との鑑別が問題になる PETは必要?