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Bickerstaff脳幹脳炎

脳幹脳炎(brainstem encephalitis)またはrhombencephalitisに対する系統的なアプローチを身に付けることがNeurologistとして必須の知識です。その中でもBickerstaff脳幹脳炎に関してまとめ、途中で脳幹脳炎に対するアプローチについて文献的なことと、個人的な考えをまとめます。

病態・背景

・日本では年間約100例程度と報告されている(脳幹脳炎の43%を占めると報告)非常に稀な疾患です。
抗GQ1b抗体関連のspectrumにある病態で(ただheterogeneousであり一部は合致しない例もある)、末梢神経障害が主体なのがMiller Fisher症候群(こちら)、中枢神経病態が主体になるのがBickerstaff脳幹脳炎(BBE: bickerstaff brainstem encephalitis)です(BBEはMiller Fisher症候群の中に包括されるとされる考え方もある)。ギラン・バレー症候群についてはこちらをご参照ください。

・歴史的背景ですが、1951年にBickerstaffが先行感染後の外眼筋麻痺+失調+意識障害を呈しその後自然軽快していった症例を報告”mesencephalitis and rhombencephalitis”しました(BMJ 1951;2:77-81.).(その後1957年に8例の詳細な検討まとめ:外眼筋麻痺7/8, 運動失調 8/8, 腱反射消失 4/8, 意識障害 7/8, 半身感覚障害 2/8, 顔面神経麻痺・球麻痺 8/8 BMJ 1957;1:1384-7.))。1956年にMiller Fisherが外眼筋麻痺+失調+腱反射消失後に自然軽快した症例を報告しました。その後1992年にGQ-1b抗体がFisher症候群に関与していることが報告され、BBEでも同じ抗体が検出されることが判明した経緯があります。

疫学

・男女比=1:3, 発症年齢(35歳中央値) *30歳代がピーク
先行感染78%(上気道感染 61%>下痢 27% *発熱 49%)

臨床像

3徴:①外眼筋麻痺 100%(外転神経障害主体 58%)・②失調 92%, ③意識障害 92%
*意識障害の程度:JCS 1-3: 21%, JCS 10-30: 46%, JCS 100-300: 24%
*脳幹網様体にBBBが弱い最後野などから抗体が到達して障害を来す機序が仮説として挙げられています

初発症状複視 27%(最多) > 四肢遠位の異常感覚 19%(その他の脳幹脳炎より有意に多い OR=5.6)>意識障害 16% > めまい 11%> 歩行不安定 8.1%, 痙攣 5.4%, 構音嚥下障害 5.4%

経過中の神経症状(3徴以外):咽頭麻痺 62%(OR=3.0), 腱反射減弱~消失 67%(OR=3.6), 四肢遠位の異常感覚 33%(OR=6.5) ORは脳幹脳炎の他原因の場合
*その他:瞳孔障害 27%, 顔面麻痺 41%, 四肢筋力低下 54%
*外眼筋は外転神経が障害されやすい(55%)

腱反射:減弱~消失 67%, 正常 10%, 亢進 13%, 病的反射(Babinski/Chaddock) 43%

経過のピーク1週間以内 62% *人工呼吸管理が必要 20%
*1~2週間 25%, 2~3週間 5.4%, 3~4週間 5.4%, >4週間 0%

*先行感染+遠位の異常感覚は抗GQ1b抗体症候群と関連があるかもしれない

*参考:BBEの抗GQ1b抗体陽性例(73例)と陰性例(10例)の臨床像の違い Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm 2020;7:e889.
・両群で有意差ある項目:先行感染 89% vs 50%, 上気道感染 70% vs 20%, 感覚障害 56% vs 10%, 異常感覚 44% vs 0%, 髄液細胞数(中央値) 12.5 vs 75.9, 髄液蛋白上昇 28% vs 89%, 蛋白(中央値) 63.5 vs 159 mg/dL, 頭部MRI異常所見 8% vs 50%, 意識障害の改善までの期間 10日 vs 23日
*意識障害改善までの期間が短い点は器質的障害よりも機能的障害を意味しているかもしれない。
・有意差ない項目:失調 93% vs 100%, 筋力低下 62% vs 60%, 腱反射消失 40% vs 30%(減弱 19% vs 20%, 正常 18% vs 20%, 亢進 23% vs 30%), 病的反射+ 48% vs 20%, 人工呼吸管理 21% vs 20%, Functional Grade nadir(中央値) 4, nadirに達するまでの期間 4日 vs 6日
・抗体陽性例はhomogeneous均一な臨床像を呈するかもしれない。つまり抗GQ1b抗体が臨床像を形作っている可能性がある。

*BBE62例報告 Brain (2003), 126, 2279±2290
・年齢39歳(3-91歳)
・先行感染:上気道炎 73%, 下痢11%, その他 15%
・初発症状:複視 52%, 歩行障害 35%, 異常感覚 19%, 意識障害 14%, 構音障害 11%, 四肢筋力低下 11%, 眼瞼下垂 5%, 羞明 3%
・経過中の神経兆候:眼瞼下垂 29%, 外眼筋障害 100%, 瞳孔障害 34%, 眼振 27%, 顔面麻痺 45%, 球麻痺 34%, 四肢筋力低下 60%, 腱反射(亢進34%, 正常 8%, 減弱~消失 58%)、Babinski徴候+ 40%, 深部感覚障害 16%, 表在感覚障害 31%
・検査:MRI異常 30%, EEG異常 73%, NCS軸索障害 38%, 脱髄 6%, 髄液細胞数 中央値3→2→1, 細胞数上昇 36%→43%→21%(1週間おき), 蛋白上昇 38%→79%→64%, 蛋白中央値 42→89→89 mg/dL, 蛋白細胞解離 19%→ 43%→ 57%
・抗体:GQ1b 66%

検査

抗GQ1b抗体:75%陽性

髄液検査:細胞数上昇(≧6/μL) 44%, 蛋白上昇(≧45mg/dL) 38%, 蛋白細胞解離 14%(GBSよりも少ない*髄液採取のタイミングの可能性は否定しきれない)
*細胞数6-10: 3.4%< 11-50: 21%, 51-100: 10%, >100: 10%

MRI:異常所見(脳幹・視床・小脳などのT2異常信号) 23%(他の脳幹脳炎 58% OR=0.31)

神経伝導検査:異常所見 38%

診断

診断基準

definite BBE: ①+②+④
probable BBE:①+④ or ②+③+④

①:急性進行性(≦4週間)の外眼筋麻痺・失調・意識障害→発症後12週間以内の自然軽快
②:抗GQ1b抗体陽性
③:①を完全には満たさない場合(以下のうち1つ以上該当):重度の筋力低下や意識障害により失調の評価が出来ない場合、症状の改善が確認できない場合、外眼筋麻痺の左右差が顕著な場合、錐体路徴候(意識障害の代わりに)
④:その他の疾患を除外:Wernicke脳症・脳血管障害・多発性硬化症・NMOSD・神経ベーチェット病・神経Sweet病・下垂体卒中・ウイルス性脳幹脳炎・MG・脳幹腫瘍・血管炎・ボツリヌス中毒・橋本脳症

脳幹脳炎/rhombencephalitisの鑑別

・細菌:リステリア(最重要)
・ウイルス:帯状疱疹、日本脳炎、HHV6、Enterovirus 71、HSV 1,2, EBV, CMV
・抗酸菌/真菌/その他:結核こちら)・アスペルギルス・Lyme病(Neuroborreliosis)
・自己免疫:Bickerstaff脳幹脳炎脱髄(MS, NMOSD, MOGAD, ADEM)神経ベーチェット病PERMこちら), 傍腫瘍神経症候群(抗体: Hu, Ri, Ma2)、神経サルコイドーシス、CLIPPERS、PCNSV
*上記太字は個人的に重要だと思う病態

*脳幹脳炎の診断では+αが重要であるが、「+末梢神経障害」はBBEにかなり特異的であり管理人は重要視している(もちろんサルコイドーシスや傍腫瘍神経症候群でもありうるが)。「四肢の異常感覚」は通常の脳幹脳炎では認めないためBBEを疑う上で重要。

*脳幹脳炎で画像所見も髄液所見も神経所見に比して乏しいという点はBBEに特徴的だと管理人は考えている(感染症や脱髄病変は通常画像所見で異常がでるし、髄液所見にも炎症性変化を認める場合が多い)

*治療に関して、個人的には脳幹脳炎を疑う場合は診断がつくまではアスピリン+アシクロビルを開始している。最低限アンピシリンのempirical treatment開始は必須だろう。

*脳炎ではないが脳幹部の障害として注意するべき病態
・血管障害
・腫瘍:癌性髄膜炎, glioma
・代謝:Wernicke脳症、ODS
・中毒:ヘロイン、コカイン、CO中毒など

*参考:脳幹脳炎(ここではrhombencephalitis)の単施設97例検討(スペインバルセロナ:1990年~2008年) Medicine 2011;90: 256-261.
・原因(計97例):不明31例、MS28例、ベーチェット病10例、リステリア9例、傍腫瘍神経症候群6例(Yo 3例, Tr 3例)、EBV4例、結核2例、肺炎球菌感染2例、SLE1例、lymphoma1例、ブルセラ症1例、JCV1例、再発性多発軟骨炎1例
*ここではBBEについての言及なし(抗GQ1b抗体を測定していなかったことがlimitationに記載あり)
・患者背景:女性50%, 年齢中央値 37歳(14-79歳)
・髄液所見:細胞数 多形核球優位:①リステリア・②神経ベーチェット病
・画像所見(MRI):MS・リステリア・神経ベーチェット病は全例異常所見あり *傍腫瘍神経症候群では画像所見正常

治療・予後

・治療に関しての前向き研究は存在しない(症例数が少ない)
*日本からの37例報告で選択されていた治療:IVIg 92%, ステロイド 49%, アシクロビル 24% *IVIg単独 41%, IVIg+ステロイド 27% (注意:これが優れている治療であるという意味ではない)

・自然軽快することから免疫治療は必ずしも必要ないとされますが、ギラン・バレー症候群を合併する場合などは免疫治療による介入が必要であり、リスクによっては介入が必要と考えます。

・予後:発症後12週間以内に88%の症例が良好(自力歩行可能)
*91%の症例は1年後も自力歩行が可能

参考文献

・J Neurol Neurosurg Psychiatry 2013;84:576–583. BBEとFisher症候群に関するreview article
・J Neurol Neurosurg Psychiatry 2012; 83 :1210 – 1215. 日本からの37例(definite 19, probable 18)まとめ報告(上記具体的な%は全てこの論文によるものです)
・BRAIN and NERVE 67(11):1371-1376,2015 桑原先生によるFSとBBEのreview
・Pract Neurol 2021;21:108–118. rhomboencephalitis(=脳幹+小脳)のreview