注目キーワード

妊娠と脳血管障害

妊娠と脳血管障害は神経内科をしているとコンサルテーションとして重要なテーマになります。調べた内容に関してまとめます。本記事で以下に記載する「妊娠関連」という言葉は、「妊娠中+産後6週間以内」という意味で使用していますのであらかじめご了承ください。

妊娠で脳血管障害は増加するのか?

■妊娠と脳卒中の関係に関して N Engl J Med 1996;335:768-74.

・1988-1991年の期間MarylandとWashington DCでの15-44歳の妊娠関連脳卒中患者さん(妊娠中+産後6週間以内を対象)のデータを解析したもので、非常に多くの文献で引用されている古典的なstudyです。
・妊娠関連の脳梗塞17例、脳出血14例 *参考:妊娠「非」関連の脳梗塞175例、脳出血48例
・脳梗塞に関して:妊娠中adjusted relative risk: 0.7(95%CI 0.3-1.6)、産後6週間 adjusted relative risk: 8.7(95%CI 4.6-16.7)
・脳出血に関して: 妊娠中adjusted relative risk: 2.5(95%CI 1.0-6.4)、産後6週間 adjusted relative risk: 28.3(95%CI 13.0-61.4)
・まとめ:妊娠中リスクは増大しないが、産後6週間脳血管障害のリスクが上昇する

■産後の塞栓症増加に関して N Engl J Med 2014;370:1307-15.

・産後6週間は脳梗塞・心筋梗塞・VTE(静脈塞栓症)のいずれもリスクが上昇することが既報から指摘されているが、産後6週以降もリスクが上昇したままであるのかどうか?を検討した文献。
・産後1,687,930例を検討し、1015例(内訳 脳梗塞248例、心筋梗塞47例、静脈血栓塞栓症720例)の塞栓症を認めた。
・産後時期との関係:absolute risk difference~産後6週間:22.1 (19.6 to 24.6)、産後7~12週間:3.0 (1.6 to 4.5)、産後13~18週間: 0.9 (−0.2 to 2.1)
・まとめ:産後12週以降はリスクは上昇しない

■妊娠関連脳卒中の頻度・リスクに関してのsystematic review International Journal of Stroke 2017, Vol. 12(7) 687–697

・脳卒中全体(脳梗塞・脳出血・脳静脈血栓症を全て含む):妊娠関連脳卒中30/100,000妊娠の頻度、約3倍の頻度(18-44歳の非妊娠関連脳卒中と比較して)

■日本での妊娠関連脳血管障害のまとめ Stroke. 2017;48:276-282. *日本での妊娠関連脳血管障害に関して最も大規模にまとめられた報告です(日本脳卒中学会の全国調査)

・妊娠関連脳血管障害:10.2/100,000出産
・脳血管障害の内訳:脳出血(73.5%: 111例)、脳梗塞(24.5%: 37例)、両者混合(2.0%) *日本は海外に比して脳出血の割合が多い
*脳出血の原因
 脳動脈瘤(19.8%)、AVM(17.1%)、妊娠高血圧症候群(11.7%)、HELLP症候群(8.1%)
、海綿状血管腫(7.2%)、RCVS(4.5%)、もやもや病(1.8%) *出血の方が予後不良
*脳梗塞の原因
 1: 動脈性(75.7%: 28例):RCVS(24.3%:9例)、凝固障害(16.2%: 6例)、心原性(5.4%: 2例)、ATBI (5.4%:2例) 、小血管病 (5.4%:2例) 、奇異性塞栓 (2.7%:1例) 、解離 (2.7%:1例) 、もやもや病(2.7%:1例)、不明(10.8%: 4例)
 2: 静脈性(24.3%: 9例) 

脳梗塞の既往がある場合、妊娠は可能か?脳梗塞の再発は多いのか?

■脳梗塞の再発と妊娠の関係に関して NEUROLOGY 2000;55:269–274

・患者背景:脳梗塞既往がある25-40歳女性の患者さん441例(内訳:脳梗塞373例、脳静脈血栓症68例)の脳梗塞再発と妊娠のデータを分析した研究 ”French Study Group on Stroke in Pregnancy”
・結果:脳梗塞再発は1年間のフォローで1%、5年間のフォローで2.3%(13例) 
・再発した13例(5年間フォロー)の内訳:妊娠と関係なし11例(再発リスク 1.8%)、妊娠と関係あり2例(再発リスク 0.5%)(妊娠中の期間 pregnancy 1例*本態性血小板増多症の症例、妊娠後の期間 postpartum period 1例*APSの症例) *13例はいずれも脳梗塞で、脳静脈血栓症は1例もなし
・脳梗塞再発のリスク因子:妊娠後の期間(postpartum period)が相関関係あり(RR=9.68 95% CI 1.2-78.9) *妊娠中はリスク因子に該当なし
・妊娠の結果:脳梗塞既往無い場合(一般人)と比較して同様(特に脳梗塞既往があることによって悪影響が出る訳ではない)
・結論:脳梗塞の既往が次の妊娠の禁忌に該当する訳ではない
(管理人のひとこと)ここでの妊娠中再発例はいずれも本態性血小板増多症とAPSとかなり特殊な背景を持った症例であり、この結果をもとに一般的な議論に展開するのは患者背景から厳しい印象もあります。

*参考:「器質的脳血管病変の合併は、必ずしも妊娠の禁忌とはいえない。しかし、妊娠中の脳卒中発症リスクが上がる可能性があり、産科、小児科と連携した管理が妥当である(推奨度B エビデンスレベル低)」(脳卒中治療ガイドライン2021より引用)

脳梗塞急性期治療に関して

■再灌流療法(rt-PA・血栓回収療法)に関して Am J Obstet Gynecol 2016;214:723.e1-11.

・妊娠関連脳梗塞338例と非妊娠関連脳梗塞24303例の検討
・妊娠関連脳梗塞では40例で再灌流療法(rtPAまたは血栓回収療法)を実施(非妊娠関連脳梗塞は2545例で実施)
*過去の報告はほとんどがcase reportなどの小規模であるため、発表時点で妊娠関連脳梗塞に対する再灌流療法の最も大規模な報告である点が本研究の強み
・rt-PA単独療法は内15例のみ(4.4%: 15/338例)であり非妊娠関連脳梗塞患者7.9%(1913/24303例)よりも有意に少ない結果(実施しなかった理由は妊娠自体での躊躇と帝王切開後の脳梗塞であることが多い)
・妊娠関連脳梗塞と非関連脳梗塞で再灌流療法による「短期的な」合併症、主要なoutcomeには有意差なし(症候性脳出血が妊娠関連脳梗塞では7.5%(3/40例)に認めた)

■参考:妊娠関連脳梗塞でのrt-PAに関して

・rt-PAは分子量が大きく(約59,000Da)胎盤移行性はないとされており、禁忌には該当しないが報告は少ない現状です。
・日本の添付文章(「アルテプラーゼ」2020年9月改定版1第 D21 参照)では、「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には臨床上のの有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」と記載があります。
・現状具体的なrecommendationが存在する訳ではありませんが、上記の大規模な報告も含めてcase reportレベルではpublication biasもあるかもしれませんが、安全に実施されたという報告も多いため現状は投与禁忌には該当せず臨床的改善の余地をきちんと考慮しての判断が重要と考えます。

*AHA/ASA 2019ガイドラインの記載:“IV alteplase administration may be considered in pregnancy when the anticipated benefits of treating moderate or severe stroke outweigh the anticipated increased risks of uterine bleeding.† (COR IIb; LOE C-LD)§” Stroke. 2019;50:e344–e418. DOI: 10.1161/STR.0000000000000211. より引用

* 脳卒中治療ガイドライン2021では妊娠でのrt-PAに関しての推奨や非推奨の記載なし。

脳梗塞の2次予防に関して

・再発予防の考え方は非妊娠の場合と同様ですが、抗血栓薬の選択で胎児と母体への安全性を考慮する必要があります。
抗血小板薬低用量アスピリンに関してデータがあり、妊娠第1期の安全性は確立していない(腹壁破裂・催奇形性の可能性に関して指摘あり: Am J Obstet Gynecol. 2002; 187:1623-30.)ですが、妊娠第2,3期は禁忌に該当しないとされています。妊娠第1期はアスピリンを使用せず(その他ヘパリンなどで代用し)、妊娠第2期からはアスピリンを使用することを考慮(Grade2 Level B)と報告もされています( Stroke. 2017;48:501-506 )。
*別の文献(”Canadian stroke best practice consensus statement: Secondary stroke prevention during pregnancy” International Journal of Stroke 2018, Vol. 13(4) 406–419)では低用量アスピリンを全期間(妊娠第1期も含む)使用することを推奨とされています。文献ごとに妊娠第1期の低用量アスピリン推奨度は異なるようです。
その他の抗血小板薬(クロピドグレルなど)に関してはデータがなく現時点では使用は推奨されません。

抗凝固薬ワーファリンが催奇形性があることは有名妊娠第1期(特に6-12週の期間)で注意が必要で基本的には使用しません。未分画ヘパリン、低分子ヘパリンは胎盤移行性がないためどの時期でも使用することが可能です(抗血栓役の中では最も使用しやすい)。DOACに関してはまだデータがなく(特に大規模臨床試験では妊娠患者さんは除外されている)、現時点では使用は推奨されません。 上記のまとめは以下の通りです(Stroke. 2017;48:501-506)。

脳静脈血栓症(CVT: cerebral venous thrombosis)に関して

脳静脈血栓症全般に関してのまとめはこちらをご参照ください。女性のCVT全体の約20%は妊娠関連とされています。

RCVSに関して

RCVS全般に関してのまとめはこちらをご参照ください。

PRESに関して

PRES全般に関してのまとめはこちらをご参照ください。

画像検査に関して

■頭部単純CT検査:胎児への影響は通常はない(胎児の被曝量は0.001-0.01 mGyとされており、胎児奇形のリスクとなる50 mGyよりもはるかに低い値)

■頭部単純MRI検査:胎児への影響はなし(催奇形性上昇の既報は存在しない)
*かつての古い報告では妊娠第1期は単純MRI検査も避けた方が望ましいとされていましたが、アメリカ産婦人科学会のガイドラインでは全期を通じて実施は問題ないとしています( Obstetrics & Gynecology. 2017;130(4):e210 – 6. )
*Gd造影剤(FDA class C)は基本禁忌(脳血管障害でGd造影MRI検査が必要となる状況は基本的にまずないですが)

*参考:「妊娠中・分娩時・産褥期に脳卒中を疑う症状を有する場合は、頭部CTやMRIなどによる画像診断を行うことは妥当である(推奨度B エビデンスレベル低)」(脳卒中治療ガイドライン2021より引用)

*アメリカ産婦人学会から妊娠・産後の画像検査の安全性に関してのrecommendation:Obstetrics & Gynecology. 2017;130(4):e210 – 6.参照
・”Ultrasonography and MRI are not associated with risk and are th imaging techniques of choice for the pregnant patient, but they should be used prudently and only when use is expected to answer a relevant clinical question or otherwise provide medical benefit to the patient.”
・”With few exceptions, radiation exposure through radiography, CT scan, or nuclear medicine imaging techniques is at a dose much lower than the exposure associated with fetal harm. If these techniques are necessary in addition to ultrasonography or MRI or are more readily available for the diagnosis in question, they should not be withheld from a pregnant patient.”
・”The use of gadolinium contrast with MRI should be limited; it may be used as a contrast agent in a oregnant woman only if it sifnificantly improves diagnostic performance and is expected to improve fetal or maternal outcome.”
・”Breastfeeding should not be interrupted after gadlinium administration”

ホルモン補充療法(HRT: hormone replacement therapy)に関して

・脳梗塞の既往がある場合推奨しない(Grade1 Level A) Stroke. 2017;48:501-506

今後up dateしていければと思います。

参考文献
・Curr Treat Options Cardio Med (2019) 21: 72 妊娠関連脳血管障害に関して最もよくまとめられたreviewと思います。
・Current Atherosclerosis Reports (2019) 21: 33
・Stroke. 2017;48:501-506  妊娠関連脳梗塞の二次予防などに関してもっともまとめられた”Consensus Document”です。本記事も多く引用させていただきました。
・ 脳卒中治療ガイドライン2021「Ⅵその他の脳血管障害 5妊娠・分娩に伴う脳血管障害」