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初期研修でどう勉強するか?

ここでは「初期研修医」の先生に対象を限定して「どう勉強をするか?」というテーマに関して、自分自身の反省点や経験を踏まえて感じることを書かせていただきます。全く違う意見もあると思いますのであくまで一個人の意見として参考になるところがあれば幸いです。

全てを学ぶことは出来ない

研修医になってまず衝撃を受けることは「学ばなければいけない内容があまりにも多すぎる」という点です。私は初期研修の最初救急救命科からローテートを開始しましたが、初日にこの点で絶望したことをよく覚えています(アイソカルって何?ヘパリンっていくつか種類があるの?ボーラス投与って何?などなど・・・)。はっきりと断言しますが、全てを初期研修という限られた時間内に学びきることは「不可能」です。今まで私は超優秀な超人的初期研修医に何人か出会っていますが、それでも全てを学びきるのは不可能です。繰り返しますおそらくどんな天才でも全てを学びきることは「不可能」です。まずこの全てを学ぶことは無理だという諦めから議論をスタートする必要があります。

ではこの前提条件を踏まえた上でどうすれば実りある研修になるでしょうか?私は汎用性の高い(どの科を専攻しても、またどの時代でも使える)知識にフォーカスして学ぶべきと思います。これを私は「賞味期限のない知識」と称して前にも記事で解説していますが(こちらをご参照ください)、医療が過度に専門的になってきている現状ではこの点を否が応でも意識せざるを得ないと思います。

前提として「各科の専門家は各科の専門的治療をニコニコと教えたがります」。最先端の内容は確かに時代の進歩を感じさせますし、キラキラしておりappealingな要素があることは間違いないです。しかし、それらの先端的知識が果たして本当に長期的な目線で初期研修医の先生にとって教育的かどうか?というのは別の議論です(後期研修医以降は必要ですが)。神経内科をローテートしたけれど麻痺のアプローチ、頭痛のアプローチが全く身についていない、消化器内科をローテートしたけれど腹痛、下血のアプローチや身体所見が全く身についていない、循環器内科をローテートしたけれど心不全の初期対応が全く身についていないという現象が多発する訳です。これは教育する側も強く意識しないといけない点と思います。

つまり初期研修医が胃癌のchemo therapyのregimenを覚えてもほとんど意味はないし、ギランバレー症候群の治療法のエビデンスを知ることも意味がないと思います。それよりも「いつ胃癌を疑うのか?」、「どういった病歴がギランバレー症候群を疑うヒントになるのか?」といった眼を養うことが初期研修では最も重要と思います。そのほかにも間質性肺炎の分類は学んだけれど、市中肺炎の対応やフォローが出来ないというのは因数分解は出来るけれど足し算掛け算が出来ないような違和感を感じます。

ここで重要なのはやはりgeneralな視点で、これらを養う上では救急外来内科混合病棟などが優れた環境になります。すると必然的にバイタルサインの異常へのアプローチ、症候学やcommonな疾患の知識、病歴の取り方、抗菌薬の使い方、輸液、血液ガス、心電図、胸部レントゲンの読影などのテーマの比重が重くなります。先日某研修病院の教育体制を研修医の先生から教えてもらった際にこの点をきちんと網羅した教育がされており素晴らしいことだと感じました。

その症例が面白いかどうか?は患者次第ではなく医師次第である

これは学年が上がるごとに痛感するテーマです。私が今までいろいろな医師と一緒に仕事をしていて感じることは、優れた臨床医は「典型例と非典型例の違い」に敏感であるということです。えっ脳梗塞で背部痛を伴うことって普通なくない???、えっこんなに左右差があるギランバレー症候群って存在するの?など自験例と照らし合わせてそこから違和感を感じ、詰めていく作業をすると誤診を避けたりより深い臨床像の把握につながります。

確かに稀な疾患というのは存在しますが、まずcommonな疾患のcommonなpresentationに習熟し、その中から「あれっ普段経験する典型例と違うな・・・」という違和感を醸成していく・詰めていく過程が臨床能力を向上させるのではないかと個人的には感じています。この過程を経ることで学びはそこから自然と生まれてきます。教科書が提供する知識を受動的にreceiveするだけではここは身につかない点で、多くの症例を経験することが求められます。普段との違いを「まっいっか、こういうこともきっとあるよね!」と繰り返しているだけでは一向に臨床能力が成長することはありません。

この「まっいっか」を防ぐための方法としては「これって普通と違って変じゃない?」とツッコミを入れてくれる指導者が同じ病院にいることが一番望ましいです(欲を言えば「検査」の議論ではなく「病歴」や「身体所見」の段階で)。そのようなツッコミを日々指導者から受けていると自分の中に「自動ツッコミマシーン」が自然と作成され、自分で医療をしながら「えっでもそれって普通と違うんじゃない?」と自分で自分にツッコむことが出来るように徐々になっていきます。このような作業が自然と自立的に出来るようになれば臨床医として独り立ちに一歩近づくことになります。どんなに頭が良い人でもこれらのツッコミを経ずに臨床能力を伸ばすことは出来ないと私は経験上思います。

「鉄は熱いうちに打て」 鉄を打つ道具は何でもよい

1日臨床をするだけでも臨床上疑問に思うことが沢山あると思います。正直これらを全てその日中に解決するのは不可能なので、まずはざざっと大枠をつかむことが重要です。

1番良くないのは疑問を完全に放置してしまい「それがそもそも当初疑問であったことを忘れてしまうこと」です。「鉄は熱いうちに打て」という言葉は臨床でもそのまま適応され、疑問を放置しすぎると調べる意欲が急激にそがれてしまう(悪い言い方をすると「どうでもよくなってしまう」)ため可能であれば早い段階で調べられると良い(学習効果が高い)と思います。この際に重要なのは「早く調べること」で、格式高い教科書や論文などを無理に調べる必要はない点を強調したいと思います(鉄を熱いうちに打つこと自体が重要で、打つ道具にこだわる必要はない)。最近はわかりやすい研修医向けの医学書やホームページなどもあるのでそれらでささっと調べるだけでも十分と思います。私は初期研修医のころ無理に原著論文などを頑張って読もうとして結果疑問が全然解消できないまま日々が過ぎていく悪い流れがあった反省があります。

それでもどうしても調べ切れず放置してしまう疑問は必ずでてきますが個人的にはメモなどで疑問をストックしておき後で見返せるようにしておくべきと思います(私は紙にメモすると確実に紛失するので、”Google keep”というメモシステムを利用して臨床上の疑問を出来るだけストックし時間が空いたときにぽつぽつと調べるように心がけています)。

分からないことを放置していると自然と無意識に「分からなくても大丈夫な知識」に脳内変換されてしまうため注意が必要です。

記録は力になる

臨床の経験を力にするためには自験例を大切にして・記録に残すべきと思います。記録に残すうえで個人的に重要にしているのは写真(clinical picture)を撮らせていただくということです。文章での記録だけだと時間が経過するとどうしてもその時の状況や雰囲気をうまく記憶として再生できない場合がありますが、写真を見ると「あっこんな場面だったな」とありありと思いだすことが出来ます(もちろん患者さんに写真を撮る許可をもらう必要がありますが)。
*余談ですが下図のカメラは私が初期研修医1年前の初任給で購入した”Olympus Tough TG-5″(現在はもっと新しいversionが販売されています)で今でもバッグに入れて常に持ち歩いています。

また私は可能な限り自験例(特に失敗例や面白い症例)をパワポやワードなどでまとめるようにしています。脳炎なども経験するとその時にMRI画像の経過などを全て基本的にパワーポイントにまとめています。それは今後似たような症例に出会った場合に過去の自験例はどうであったか?という知識を元に議論を進めたいという思いがあるからです。

最低限自分の経験した症例のID・年齢・性別・主訴・疾患をエクセルにまとめておくなどの作業をしておくと後から色々と助かることがあると思うので最初は手間に感じるかもしれませんがぜひおすすめです。

何らかの方法でアウトプットする

学んだことを記録に残す上では最近は様々な優れたツールがあります(EvernoteやGoodnoteなど Evernoteに関してはむかーしにまとめた内容があるのでこちらをご参照ください)。私はとりあえず調べた内容をevernoteにまとめるという作業を繰り返していましたが、この学習方法に卒後5年目くらいで限界を感じました。学んだはずの知識をうまく実臨床で運用できていないというもどかしさを感じ堂々巡りを繰り返しているような感覚がありました。どうしても「分かった気になること」と「臨床で自分が実際にその知識を運用すること」には大きな隔たりがあります。

そこで私の場合このもどかしさの解消で上手くいった方法はこのホームページ・ブログに書く/アウトプットするという作業でした。知識を教える、共有するといったアウトプットを通じて最も運用可能な知識が身に付くと個人的には強く感じます。論文や学会での発表は基本的に「新規性」が求められます(既知のことを繰り返しても意味がない)。このため「初期研修医」にとっては勉強になる内容であったとしても、論文や学会発表には適さない内容というのは多くあります。このためまずは敷居を低く同僚と学んだ内容をシェアするというプロセスが重要と思います。

私の初期研修時代同僚K先生は本当に昔の症例をよく覚えています。多分これはよく同期の間で最近あった症例の経験をだらだらと話していた経験が大きいと思います。この意味で一緒に学ぶ仲間というのはアウトプットにおいてとても貴重な存在です。

また私はもっと早くからこのホームページ・ブログを開設しておけばよかったとやや後悔しています・・・。それは圧倒的にこのホームページ・ブログ開設後の方が学びの効率が良いからです。なので近年は誰でも簡単にブログを開設したり、Youtubeに投稿したり、SNSに発信したりすることが出来る時代なのでぜひ積極的に発信していただけるときっと良い学びにつながるのではないかと思います。

初期研修は学生時代とのギャップが大きく疲れるし学びがなかなかスムーズにいかずもどかしく感じることも多いと思いますが、もしこの記事が少しでも参考になりましたら幸いです。あくまで個人的な経験と反省に基づく見解なので皆様のまわりの先生にぜひ「初期研修でこうすればよかった点」を聞いてみるると勉強になると思います。コメントなども遠慮なくお願い申し上げます。最後にウィンストン・チャーチルの言葉を引用して終わります。

“Kites rise highest against the wind – not with it.” Winston Churchill