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糖尿病性末梢神経障害 diabetic neuropathy

学生の時に勉強する糖尿病による細小血管合併症は「し(神経)・め(眼)・じ(腎臓)」が有名で、その中の神経障害を扱います。さまざまな病型があるため紹介させていただきますが、最も多いのはもちろん多発ニューロパチー(polyneuropathy)です。血糖コントロールが良くても2型糖尿病では多発ニューロパチーを併発しうるという点が重要です。私はNCSなど含めてきちんと精査・除外を行った上で「糖尿病性神経障害:polyneuropathyです」と返事をして、何度も「血糖コントロールが良いのにそんな訳がありません」という返事をいただいたことがありますが、以下の記事を読んでいただくと「えっそうなんだ!」と意外に思う点がいくつかあるかもしれません。

病型

多発ニューロパチー(polyneuropathy):糖尿病性神経障害の原因として最多で50-75%を占める
自律神経障害:自律神経障害一般に関してはこちらのまとめもご覧ください
脳神経障害:特に動眼神経麻痺が有名(動眼神経麻痺はこちら
糖尿病性根神経叢ニューロパチー(diabetic radiculoplexus neuropathy) 別名:diabetic amyotrophy
treatment-induced neuropathies

1型糖尿病と2型糖尿病の違いは何か?

・1型糖尿病:血糖コントロールと直接関連している(きちんと血糖管理をすることでneuropathyの頻度を減らすことが指摘されている)
・2型糖尿病:1型と比較して血糖管理の重要度は低く(厳格な血糖管理はneuropathyの頻度を5-9%しか低下させない)、むしろ脂質異常症、高血圧症、肥満、タバコ使用などがneuropathyのリスク・進展と関連している

臨床像

多発ニューロパチー(polyneuropathy) : distal symmetric polyneuropathy(DSPN)

・糖尿病性神経障害の原因として最多(50-75%)
・病態・臨床像:本質的には“dying back degeneration”による「遠位優位の軸索障害」を呈するため、”length dependent(長さ依存性)”の障害であり、必ず「足先」から生じる
*つまり「上肢・手から生じることはない」(上肢・手から生じる場合はその他の原因例えば頚椎症や手根管症候群などを考慮する)
*”dying back degeneration”に関してはこちらの記事で解説しているのでもしよければご参照ください。

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・最初は髄鞘化されていない”small fiber”の障害を生じ、温痛覚障害神経性疼痛(訴える場合が多い)を呈する。その後徐々に”large fiber”障害を認める。small fiber neuropathyに関してはこちらのまとめをご参照ください。
・経過は非常に緩徐な進行
・運動障害は当初は併発せず、基本的にかなり進行してから認める。
・ニューロパチー合併を認めた段階から必ずフットケアの導入をするべき。
糖尿病と診断される前の段階(prediabetes:耐糖能異常)から神経障害を合併することが知られており(特にsmall fiber neuropathy)、糖尿病の診断がされていないと原因不明の末梢神経障害と片づけられてしまう場合もあり注意。個人的にも良く経験します。

*注意するべき点(診断を考え直すポイント)
1:左右非対称・長さ非依存性の障害
2:急性経過
3:初期からの運動障害合併

*参考 診断基準:「糖尿病性神経障害を考える会」から提唱された簡易診断基準
必須項目
1:糖尿病が存在する
2:糖尿病性多発神経障害以外の末梢神経障害を否定しうる
条件項目:以下3項目中2項目以上を満たす
1:糖尿病性多発神経障害にもとづくと思われる自覚症状 (a)両側性, (b)足趾先および足底の「しびれ」「疼痛」「異常感覚」のうちいずれかを訴える *冷感のみの場合は含まれない
2:両側アキレス腱反射の低下または消失 *膝立位で確認する
3:両側内果の振動覚低下あるいは消失 C128音叉で10秒以下を目安とする

→(管理人)除外診断が前提となっており、結局なかなか難しいところです。またこの診断基準の問題点は結局small fiber neuropathyはこれでは拾いきれないという点です。

*参考:small fiber neuropathyの正確な評価  IENF(intra-epidermal nerve fiber: 表皮内神経線維)
・前述の通り”small fiber neuropathy”は診察・電気生理検査では検出しきれないため、正確な診断のためには皮膚生検によるIENF(intra-epidermal nerve fiber: 表皮内神経線維)の評価が必要となります(下図)。糖尿病によるsmall fiber neuropathyでは表皮内(赤色)の神経線維(緑色)が正常例と比較して減少しているのが分かります。

自律神経障害

心血管系
・最も早期に認める徴候は安静時頻脈(resting tachycardia)である
・迷走神経障害による安静時頻脈や心拍数変動、heart rate responseの低下などを認める
・特に起立性低血圧を呈すると死亡率と相関する(5~10年の死亡率は50%以上)*この点が重要です

消化管:gastroparesis
・症状としては食後の腹満感、嘔気、嘔吐など
・食事の吸収される時間に影響が出てしまい、インスリンの効果が分かりづらくなる
・自律神経障害だけでなく純粋な高血糖により起こる場合もあり、血糖管理で改善する場合もある

排尿
・反射低下→残尿量増加→溢流性尿失禁

発汗
・sensory neuropathyの分布に沿って“stocking-and-glove”の分布となる
末梢の発汗低下が主体(患者は先端の発汗低下ではなく、逆に体幹部の発汗が増加したと訴える場合がある)
*これは体温維持において末梢の発汗低下を代償するため体幹部の発汗が増加する機序が考えられている
・まれだがclassicな症候として”gustatory sweating”を認める場合がある(食事の後に発汗を認める:aberrant reinnervationによると考えられているが病態は完全に解明されていない)
皮膚の乾燥・角化・爪変化は発汗低下(自律神経障害)によるものであり

*上記いずれも薬剤の副作用がかぶっている可能性もあるため必ず使用している薬剤をチェックする

糖尿病性根神経叢ニューロパチー(diabetic radiculoplexus neuropathy)

・機序:微小血管血管炎の機序が推定 *別名:”diabetic amyotrophy”または腰神経叢に多いことから”diabetic lumbosacral radiculoplexus neuropathy (DLRPN)”
・疫学:中年の2型糖尿病、男性>女性に多い *糖尿病患者の<1%に認める
・臨床像:急性~亜急性経過(週~月単位)での左右非対称の疼痛(性状: severe, deep・部位:臀部・背部・大腿)が先行し、筋力低下・筋萎縮を認める*体重減少を伴う場合もある
・経過中に症状は左右対称性になることもある(当初は左右非対称であったとしても)
糖尿病の罹病期間や血糖コントロール状態とは相関関係にない
・検査 髄液:細胞数上昇なし・蛋白上昇 *骨盤MRI検査で骨盤内悪性腫瘍の腰神経叢浸潤を除外必要
*鑑別疾患:骨盤悪性腫瘍の浸潤・血管炎性ニューロパチー・腰椎椎間板ヘルニア
・NCS:DRGは通常椎体外に位置しているため、SNAPは低下することが多い
・経過:単相性の経過で無治療でも徐々に月単位で回復するがcomplete recoveryにはならない
・治療:確立したものなし(*ステロイド使用により疼痛緩和になった報告あるが前向き研究なし) Chan YC, Lo YL, Chan ES. Immunotherapy for diabetic amyotrophy. Cochrane Database Syst Rev. 2017;7(7):CD006521; doi:10.1002/14651858.CD006521.pub4

*この病態は神経内科医はだいたい経験があり認識しています。つまり徹底的に造影MRI検査で神経根を調べたり、髄液を調べたりしても原因となる病態が指摘できないけれど、単相性の経過で疼痛を伴う糖尿病にあるradiculopathyという認識です。特異的なbiomarkerは存在しないためきちんと除外診断を行うことが重要です。なかなか最初は疾患概念を受け入れにくいですが存在することは報告からも自験例からも事実と思います。

参考文献:Pract Neurol 2019;19:164–167. https://blogs.neurology.org/epearls/diabetic-amyotrophy/?utm_source=twitter&utm_medium=organic

Treatment-Induced Neuropathy of Diabetes

・病態:不明 相対的な低血糖状態による細胞のエネルギー不足などが関与? 別名:insulin neuritis
・臨床像:急激な血糖管理後(通常2~6週間後)急性経過+length-dependentな分布疼痛(very severe)・自律神経障害といったsmall fiber中心の障害をきたす
・HbA1cの低下が急激であるほど症状が強くなることが指摘されている(下図参照: CONTINUUM (MINNEAP MINN) 2020;26(5, PERIPHERAL NERVE AND MOTOR NEURON DISORDERS): 1161 – 1183. より引用)
・まだ報告が少ないため具体的にどのようにすれば防ぐことが出来るか?に関しての統一見解はないが、現状は急激な血糖管理に注意するしかないだろう

検査

神経伝導検査:全例で必要な訳ではないですが、重症度の評価や他疾患との鑑別という意味では重要な検査であることに変わりはありません。電気生理的な重症度分類としては「馬場分類」が最も有名で以下の通りです。
*F波潜時異常が最も高い:F波潜時延長がSNAP変化よりも先に出現する(臨床神経生理学 2013;41:143)

糖尿病性神経障害 馬場分類無し 0軽度 1中度 2重度 3廃絶 4
Tibial F latency延長
Tibial MCV/Sural  SCV<42 m/s
Tibial A波
Sural SNAP amp<5μV
Tibial CMAP amp=2-5mV
Tibial CMAP amp<2mV

*参考(Advanced) 内側足底神経のNCSに関して:こちらを参照
・NCSで調べることが出来る最も遠位の感覚神経は内側足底神経(medial planter nerve)です。
・よって糖尿病性神経障害でも本来はこの神経のSNAPが腓腹神経(sural nerve)より先に障害されるはずです。
・逆に言うと内側足底神経のSNAPが保たれているにも関わらず、腓腹神経のSNAPが障害されている場合はlength dependentな障害ではない可能性を考慮する必要があります。

治療(対症療法)

・神経障害に対しての疾患修飾薬(DMTs: disease-mofifying therapies)は存在しない。 “CONTINUUM (MINNEAP MINN) 2020;26(5, PERIPHERAL NERVE AND MOTOR NEURON DISORDERS): 1161 – 1183.”ではバシッとDMTは現状存在しないと記載されています。
・神経障害進行のリスク因子への介入:高血糖、脂質異常症、高血圧、肥満、喫煙への介入(血糖管理だけをすればよい訳ではない点に注意が必要です)
・神経障害性疼痛の対症療法に関してはこちらにまとめがあるのでご参照ください。

*アルドース還元酵素阻害薬:エパルレスタット(商品名:キネダック®)は私の見解ではとても使用に足るエビデンスを有しているとはいえません。海外のガイドラインで推奨しているものは1つも存在せず、私は処方していません。

参考文献
・CONTINUUM (MINNEAP MINN) 2020;26(5, PERIPHERAL NERVE AND MOTOR NEURON DISORDERS): 1161 – 1183.