腕神経叢 brachial plexopathy

腕神経叢の障害を疑う症例は神経内科をやっていても年に数回あるかどうかなのでなかなか解剖を覚えられません。その都度勉強するのですがするする忘れてしまいます。ここで勉強した内容をまとめます(今度こそ覚えられますように・・・)。

解剖

・腕神経叢はC5-Th1の神経根から構成され、近位から順に「神経根(root)」→「神経幹(trunk)」→「神経束(cord)」と名称がついています。下図にそれぞれの対応関係をまとめます。
神経幹(trunk):斜角筋間隙(前斜角筋と中斜角筋の間)を通った神経根により形成され、以下の様な対応関係にあります。
 上神経幹(upper):C5,6神経根
 中神経幹(middle):C7神経根
 下神経幹(lower):C8,T1神経根
神経束(cord):肋鎖間隙(鎖骨と第1肋骨の間)を通り腋窩に位置し、腋窩動脈との位置関係によって名前が決まります。上腕前面(屈側)に位置するものが外側・内側神経束で、上腕後面(伸側)に位置するものが後神経束という位置関係になっています。

各神経についての詳細は、橈骨神経こちら正中神経こちら尺骨神経こちら筋皮神経こちら腋窩神経こちらをそれぞれご参照ください。
*以下は神経根・神経幹・神経束から直接分枝する末梢神経です。
長胸神経:前鋸筋 C5-7から支配を受け、障害部位同定には有用ではありません。
肩甲上神経:上神経幹から分枝し、棘上・棘下筋を支配します。
鎖骨下筋神経:C5-6から支配を受けますが鎖骨下筋は臨床的に評価困難なためここには掲載していません。
肩甲背神経:C5神経根から支配を直接受け、菱形筋・肩甲挙筋を支配し、肩をすくめる動作に関係しますが、僧帽筋も同動作には関与しているため評価が難しいです。
胸筋神経:外側胸筋神経(外側神経束由来)と内側胸筋神経(内側神経束由来)が大胸筋・小胸筋を支配します。
胸背神経:後神経束から分枝し、広背筋を支配します。
内側前腕皮神経、内側上腕皮神経:内側神経束から分枝する感覚成分のみをもつ皮神経です。
*腋窩の感覚は通常Th2の皮神経が支配するため、腕神経叢障害では腋窩部分の感覚は保たれる場合が多いです。

対応関係をまとめたものは下図になります(脊椎脊髄 31 ⑸:467-478,2018「腕神経叢の臨床解剖」より引用させていただきました)。

■Horner症候群
・腕神経叢障害で必ず評価する必要があるのがHorner症候群です。
・脊髄神経の前枝の最近位から分枝する白交通枝は頭部への交感神経節前線維を含んでおり、これはTh1に存在します。
・このため腕神経叢障害にHorner症候群を合併しているとTh1の最近位まで障害されいることを意味し、病巣の特定に有用です(特に腫瘍性の腕神経叢障害で重要)。

■増悪・寛解因子
・頸椎症は腹圧の上がる状況(咳嗽、いきみなど)や頚椎の後屈(うがい・缶で飲む・目薬点眼・美容院の洗髪・歯科治療など)で症状が増悪することが一般的に多いです。
・腕神経叢障害ではこれらの腹圧や頚椎の位置で症状が増悪することはなく、上肢の位置や運動で増悪する場合があります。
・また身体所見では鎖骨上領域のTinel’s signや、同部位に腫瘤が触れないか?などを確認することが重要です。

原因・障害部位

外傷:分娩時損傷(頻度:Erb’s palsy:上部>Klumpke’s palsy:下部)、高エネルギー外傷(鎖骨上領域の神経根や神経幹、特に上・中神経幹が多い)、リュックサック麻痺(”rucksack palsy”軍隊など、上神経幹)
胸郭出口症候群(TOS: thoracic outlet syndrome) *頚肋や第7頚椎横突起から第1肋骨の線維性索状物によってC8,T1由来の下神経幹が物理的に圧迫され障害される。
神経痛性筋萎縮症(NA: neuralgic amyotrophy) こちらをご参照ください
放射性腕神経叢障害:特に乳がんに対する放射線治療後
 *無痛性・上神経幹が障害されやすい 放射線治療後中央値7ヶ月(1ヶ月~18年)、総放射量 6000cGy以上で、1000cGyごとにリスクが上昇する
 *緩徐進行性の疼痛よりも異常感覚・感覚低下を呈する
腫瘍:原発性(乳がん、肺がん Pancoast、悪性リンパ腫)、転移性、傍腫瘍性神経症候群
 *浸潤するものは有痛性(強い疼痛)・下神経幹が障害されやすい
 *Th1の最近位を障害することでHorner症候群を呈する場合がある
・感染症:帯状疱疹、EBV、ParvoB19、CMV、Mumps、HIV、HSV、デング熱、フラビウイルス、レプトスピラ、結核、エルシニア、サルモネラ、Coccidioides immitis、Borrelia burgdorferi
・虚血:血管炎(結節性多発動脈炎、ベーチェット病、巨細胞性動脈炎、顕微鏡的多発血管炎、Henoch-Schonlein紫斑病)、糖尿病性
・医原性:術後
*上記Curr Treat Options Neurol (2019) 21: 24より引用

■Johns Hopkins 203例の腕神経叢に関する検討  J Clin Neuromusc Dis 2007;9:243–247

*おそらく既報の中で最も報告が多いものです。
部位
左右:片側(n=181)、両側(n=22;内訳 腕神経炎n=19, 放射線障害 n=3)
部位:鎖骨上93%、鎖骨下7%
神経幹の部位:上神経幹単独27%>全ての神経幹25%>下神経幹11%>上+中神経幹11%>中+下神経幹7% *中神経幹単独の障害例はなし
上神経幹64%>中神経幹43%>下神経幹44%

原因
brachial neuritis 22%(n=45)
分娩時の障害 22%(n=45)
外傷 20%(n=40): 全て(n=17)>上神経幹(n=7)>上+中神経幹(n=4)>下神経幹(n=2)>中+下神経幹(n=1)
・手術後 8%(n=16)
・放射線療法 5%(n=11):全ての神経幹(n=8)>上神経幹(n=1)、上+中神経幹(n=1)、中+下神経幹(n=1) *疼痛は3例のみで認めた
・腫瘍 3.5%(n=7):下神経幹(n=2)、下+中神経幹(n=2)、全ての神経幹(n=2)、上神経幹(n=1) *疼痛は1例のみで認めた
・cervical rib 1.5%(n=3)

原因によりどの神経幹が障害されているか?

検査

■電気生理検査
1:神経伝導検査
腕神経叢は解剖学的に後根神経節より遠位に位置するため、腕神経叢の障害では障害部位から分枝する感覚神経のSNAPが異常となります(健側との比較が必要)。頸髄領域の神経根障害ではSNAPに異常は出ないため、神経根障害と腕神経叢障害の鑑別点となります(神経根は後根神経節より近位に位置するため)。

2:針筋電図検査
・paraspinal muscleの評価(神経根障害との鑑別に重要)
*しかし神経根障害があったとしても傍脊柱起立筋での脱神経所見の感度は50%前後と低く、傍脊柱筋の脱神経がないからといって神経根障害の除外は出来ません。
・障害される筋、神経の分布評価のために必要

*普段検査を行わない皮神経
内側前腕皮神経(medial antebrachial cutaneous nerve: MACN):内側神経束由来(C8/T1)
・刺激部位:上腕骨内果の2-4cm外側
・記録電極:刺激部位と尺骨茎状突起の直線上、9-12cm遠位
*厳密な基準がないため、左右で比較する必要がある。
*尺骨神経にcurrent spreadしやすいため、あまり刺激電極を強くしない必要がある。spreadしやすい場合は近位で刺激する。
*下神経幹の障害、特に胸郭出口症候群の診断でMACNのSNAPが異常となる。一方で、肘部管症候群ではMACNのSNAPは保たれる。

■MRI検査
・STIRと脂肪抑制の造影MRI検査が腕神経叢の描出に有用で、必ず実施するべきです。

参考文献
・脊椎脊髄 31 ⑸:467-478,2018「腕神経叢の臨床解剖」:腕神経叢の解剖に関して臨床で役立つ内容が非常に詳しく書かれており勉強になります。
・Clinical Neurophysiology Practice 5 (2020) 173–193 腕神経叢と腰仙髄神経叢のreviewをMayo clinicのRubin先生が単著でまとめられたreview articleで大変勉強になります。

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