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McDonald診断基準2017年

多発性硬化症は疾患特異的なバイオマーカーが存在しないため(そもそもが「原因不明」の脱髄疾患であり自己免疫ということすら証明はされていない)、「他疾患の除外」「空間的多発性と時間的多発性を証明」することが診断に重要です。McDonald診断基準は「これさえ満たせば多発性硬化症」や「他疾患との鑑別を目的」という診断基準ではなく、他疾患の除外を前提としている点と「CIS(clinically isolated syndrome)」の患者さんを特異度を下げることなく感度を上げて拾い上げることで、早期診断、早期の治療介入を可能とすることを目的にしています。この点を理解して利用することが重要です。

空間的多発性 DIS: dissemination in space

以下4領域のうち2領域以上でT2高信号病変を認める

1:脳室周囲
2:皮質または皮質近傍 *皮質病変は2017年から新規に組み込まれた
3:テント下
4:脊髄 *テント下、脊髄病変も組み込まれ脊髄炎発症のMS例も2017年からは診断が可能となった

視神経病変は空間的多発性に組み込まれていない点に注意(今後組み込まれる可能性もあり注意)

多発性硬化症の画像所見に関してはこちらにまとめがあるので、もしよければご参照ください。

時間的多発性 DIT : dissemination in time

Gd造影で造影される病変と造影されない病変が同時に存在する(1回の検査で良い)
・新規のT2高信号病変(もしくはGd造影病変)をフォローアップのMRI検査で認める
*(CISの場合)髄液OCB陽性を時間的多発性として組み込んでよい(2010年との変更点)

*DIS/DITいずれも病変は症候性、無症候性どちらも組み込んでよい

*ポイントは「時間的多発性」を様々な手段(Gd造影と非造影の共存、髄液OCB)で代替して証明することで、1回の検査でも診断が可能となっている点です(前述の通り特異度を偽性にして、感度を上げることで早期治療につなげることが目的)。元々は2回イベントがないといけず、1回目と2回目の間にも期間が必要(2001年は3か月以上、2005年は30日以上、2010年はいつでもOKと期間を短縮)であったが、1回での診断が可能となった経緯があります。
・MRIの造影効果に関しては多発性硬化症では治療しようが、しまいが造影効果は3週間程度で消失するため「造影効果がないものは古い病変、造影効果があるものは新しい病変」と判断することで空間的多発を証明しているということです。
・髄液OCBに関しては他の免疫疾患でも陽性になりますし、まったく特異的なものではないため今回基準に取り入れられたことに関しては議論があるようです(次回のMcDonald基準改定では除外になるかも・・・)。髄液OCBに関してはこちらに解説がありますので、ご参照ください。

診断基準

すでに臨床的な再発があり、DIT、DISが証明されている場合はMcDonald診断基準を適応するまでもなく診断となります。McDonald診断基準が本領発揮するのは下図の赤色部分です。つまり臨床発作回数が1回の場合にDITを証明しきれない場合にMRIでの造影/非造影の共存や髄液OCB陽性をDITの代わりに用いることができます。

診断での注意点

先ほども述べた通り多発性硬化症の診断は他疾患の除外が前提条件になっています。そのため、多発性硬化症を診断する際の注意点/red flagに関してまとめて記載します。

抗AQP4抗体/抗MOG抗体
・保険適応となっているのはELISA法でCBA法と比べて感度が低いことが問題です(いつもELISA法で陰性の場合にCBA法をお願いするかどうかは悩みます・・・)。
・多発性硬化症の疾患修飾薬の多くは抗AQP4抗体陽性の視神経関連脊髄炎では悪化させてしまうため、事前に必ず確認する必要があります。

髄液検査
細胞数>50/μL、蛋白>100 mg/dLは他疾患を示唆するとされています。
髄液OCBは多発性硬化症に特異的なマーカーではなく、髄液中での抗体産生が起こる病態であれば陽性になります。日本人では髄液OCBの頻度が低いとされている点に注意です(測定法を正しくすれば感度70%程度あるとする報告もあります)。

画像検査のred flags
・脳室周囲病変がほとんどない:非特異的、血管病変、片頭痛、NMOSD、ADEM
・ovoid lesionがない: 非特異的、血管病変、片頭痛、NMOSD
・皮質下白質病変は多数あるが、isolated U-fiber lesionがない: 非特異的、血管病変、片頭痛、NMOSD、ADEM
・後頭蓋窩、脳梁、脊髄病変がない: 非特異的、血管病変、片頭痛、ADEM
・3mmより小さい病変のみ: 非特異的、血管病変、片頭痛
・左右対称性の病変:非特異的、遺伝性疾患、代謝性疾患
・画像に掲示変化が見られない:非特異的
・経過観察のMRIを含め、一度も造影病変が見られない:非特異的、片頭痛、遺伝性疾患
・6か月以上持続する造影病変:血管奇形、サルコイドーシス、感染、腫瘍
・T1-black holeがない:非特異的、血管病変、片頭痛、ADEM
・過度に大きな脳梁病変:NMOSD、腫瘍、悪性リンパ腫、スザック症候群
・著明なmass effectを伴う病変:腫瘍、感染、肉芽腫性疾患
・上下に浮腫や伸展を伴う大きな脳幹部病変:神経ベーチェット病、腫瘍
・頭尾方向に3椎体以上の長さにわたって広がる脊髄病変:NMOSD, MOG, サルコイドーシス、ベーチェット病、血管奇形、動静脈婁、腫瘍
Clin exp neuroimmunol 2019;19:32より

*多発性硬化症の画像所見に関してはこちらにまとめがあるのでご参照ください

鑑別診断

ラクナ梗塞:高血圧性脳血管障害、CADASIL、スザック症候群
皮質梗塞:脳塞栓症、TTP、血管炎
脳静脈洞血栓症:ベーチェット病、血管炎、抗リン脂質抗体症候群
出血(微小出血):CAA、もやもや病、CADASIL、血管炎
髄膜の造影効果:慢性髄膜炎、サルコイドーシス、血管内リンパ腫、血管炎
持続性造影効果・病変拡大:リンパ腫、グリオーマ、血管腫、サルコイドーシス
全病変均一な造影効果:血管炎、リンパ腫、サルコイドーシス
側頭葉前部・前頭葉下部病変:CADASIL
脳幹の巨大浸潤性病変:ベーチェット病、橋グリオーマ
皮質~皮質下境界病変:脳塞栓症、血管炎、PML
歯状核のT2高信号:脳腱黄色腫症
歯状核のT1高信号:ファブリー病、肝性脳症、マンガン中毒
石灰化:嚢虫症、トキソプラズマ、ミトコンドリア脳筋症
網膜病変:ミトコンドリア、スザック症候群
心病変:多発性脳梗塞、感染性心内膜炎
肺病変:サルコイドーシス
腎病変:血管炎、SLE、ファブリー病
骨病変:組織球症
筋病変:ミトコンドリア、シェーグレン症候群
粘膜潰瘍:ベーチェット病
網状皮疹:抗リン脂質抗体症候群、SLE
血球異常:TTP、ビタミンB12欠乏、ウィルソン病、銅欠乏症
乳酸上昇:ミトコンドリア
尿崩症:サルコイドーシス、組織球症、NMOSD
多発脳神経麻痺、神経根症:サルコイドーシス、結核性髄膜炎、ライム病
末梢神経障害:ビタミンB12欠乏、ALD、MLD、ライム病
錐体外路徴候:MSA、ウィルソン病
視床下部病変:サルコイドーシス、組織球症、NMOSD
ミオリスミア:ウィップル病

Mult Scler. 2008 Nov;14(9):1157-74. より引用

*ADEM, NMOSD, Sarcoidosis, CNS vasculitis, CADASIL, SLE, Sjogren syndrome, APS, Neuro-Behcet, CLIPPERS, Fabryなどが特に重要な鑑別になってくると思います。

■多発性硬化症と誤診されていた110例のまとめ報告 Neurology 2016;87:1393

誤診例1-5位まとめ
片頭痛 22%
線維筋痛症 15%
非特異的/局在性に乏しい神経所見+MRI所見 12%
転換性障害 11%
NMOSD 6%

誤診の理由
・脱髄として非典型的な臨床像を組み込んでしまった(通常多発性硬化症での脱髄症状は24時間以上持続するけれど、TIAは1時間以内のことが多い)
・他覚的所見に乏しい病歴上の神経所見を組み込んでしまった
・MRIに過度に頼ってしまい、非特異的な症状を組み込んでしまった などが挙げられています。

ここでの誤診例から学ぶ点は、片頭痛、線維筋痛症、転換性障害などどれもやはり特異的なバイオマーカーが存在しない疾患であり、画像所見に頼りすぎてしまい臨床所見をないがしろにすると容易に多発性硬化症の診断になってしまうという点です。

参考文献
・Lancet neurol 2018;17:162 McDonald診断基準2017の本文
・Brain and Nerve 2020;72:485 中島一郎先生の記事