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手口症候群 “Cheiro-Oral Syndrome”

手口症候群(cheiro-oral syndrome)は特異な神経症候を呈することで比較的有名で、神経の専門ではない先生もご存じの方が多いかもしれません(”cheiro”はギリシャ語で「手」を意味するようで、「カイロ(cheiro)プラクティック」の語源はここから来ているそうです)。文献できちんと調べてまとめられていなかったため、ここで調べた内容をまとめます。手口症候群といえば「視床」と思われがちですが、1914年Sittingらが初めて報告した3例報告はいずれも剖検で大脳皮質(中心後回)の病変が指摘されており驚きです(Prager Med Wochenschr 1914;45:548-50.)。

基礎知識と体部位局在

体部位局在の解剖知識が”Cheiro-oral syndrome”の理解で最も重要です。手口症候群で最も有名な責任病巣の「視床」は感覚神経の中枢へのセンターの役割を担っており、細胞体がぎゅっと集まった構造になっています。ここでは「赤ちゃんが母体の中でぎゅっとうずくまった様な形」の体部位局在を呈しています(下図参照)。この図の通り手と口の部分が近接しているため、同部位の障害により手と口が同時に障害されるという訳です。一見、手と口は解剖部位が離れている様に思うかもしれませんが、このように視床では近接する特徴があります。視床梗塞に関してはこちらのまとめをご参照ください。

このように手口症候群では「視床」が責任病巣として有名ですが、それ以外部位いずれでも(延髄~大脳皮質までの感覚経路)報告があります。「橋」を例に挙げると「橋」の解剖は以下の様になっています。見ていただくと分かる通り、内側毛帯が内側部で近接しており、ここは顔と上肢が近接しているため同部位が障害されると両側性の障害を呈します。

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私は手口症候群の患者さん(視床の脳梗塞)を自分の記録をたどると、最も多い患者さんの表現は「口に歯科治療のときの麻酔をかけられたような感覚がする」というものです(その次に多いのが「唇が厚ぼったい」という表現です)。それ以来、患者さんがこの表現をされると「あっもしかして手口症候群・・・・?」とつい思ってしまいます。また手の感覚障害は通常遠位に限局することが多いです(指先だけという場合もあり)。皆様のご経験される手口症候群の患者さんはどのような表現をされていらっしゃるでしょうか?

余談ですが、個人的に研修医の先生に教えている内容は「特殊な感覚障害の分布」を呈しているときは「視床」「脳幹」に注意です。ついつい変な分布だと「psychogenicなものかな・・?」と思ってしまう場合がありますが、あたかも脊髄障害のような分布、顔面を両側障害する場合、顔と体幹が左右逆になる感覚障害(これはWallenberg症候群で有名ですが)など様々なバリエーションを呈します。両者は解剖構造が狭い面積にぎゅっとまとまっているため、小さな病巣で予想外の病変の広がりをみせる場合があります。

*感覚障害のみを呈する脳卒中“pure sensory stroke”に関してはこちらのまとめをご参照ください。

手口症候群”Cheiro-Oral Syndrome”の臨床像

■手口症候群のタイプ分類 Yonsei Med J 50(6): 777-783, 2009

76例の手口症候群を検討し、解剖部位としては橋27.6%、視床21.1%、大脳皮質15.8%、延髄5.3%、放線冠1.3%、中脳0%、不明27.6%と報告されています(橋の方が視床よりも多いですね!)。ここでは手口症候群を4つのタイプに分類しています(この4分類をその後も印象ししている文献が多いです)。

Type Ⅰ:対側の顔面・上肢の障害(典型例) 71.1%
Type Ⅱ:両側性(顔面、上肢ともに)の障害 14.5%
Type Ⅲ:両側顔面+片側上肢 or 片側顔面+両側上肢の障害(TypeⅡの不完全型) 7.9%
Type Ⅳ:顔面と上肢の症状が左右逆 6.5%

タイプと解剖部位の対応関係は下図の通りで、最も一般的な手口症候群である病変と対側に症状を呈するTypeⅠは皮質、視床が多く、両側性のTypeⅡ,Ⅲは橋に多く(これは上図橋の解剖をみていただくとわかりますが、内側毛帯の顔面領域が左右正中でほぼ接して存在しています)、左右逆の病変を呈するTypeⅣは延髄に多いことが指摘されています。

病変部位とetiologyの対応関係は以下の通りです。

こうみると様々な解剖部位で手口症候群を呈し、また病変分布だけで完全に病巣を予測することは難しいですが参考になることがわかります。

■Cheiro-Oral Syndrome174例のliterature review Neurology Asia 2012; 17(1) : 21 – 29
*おそらくCheiro-Oral syndromeに関して最も多くの症例をまとめたliterature reviewです。

男性:63.8%、年齢:平均58.2歳
解剖部位:視床25.9%>橋24.7%>大脳皮質18.4%>内包4.0%>頚髄3.5%>放線冠2.9%>延髄2.9%>中脳1.7%>複数部位0.6%
*脳梗塞での部位:視床>橋>大脳皮質、脳出血での部位:橋>視床>大脳皮質、腫瘍での部位:大脳皮質
原因:脳梗塞52.9%>脳出血21.8%>その他:バイパス術合併症、頚髄病変、腫瘍、血管奇形、膿瘍、動脈瘤、dermoid cyst、痙攣、手術、MCA狭窄、薬剤、原因不明
タイプ:TypeⅠ 81%、その他19%(TypeⅡ 8.6%、TypeⅢ 7.5%、TypeⅣ 2.9%)
増悪:16.5%

Typeと原因疾患の対応関係

部位と原因疾患の対応関係:大脳皮質は原因が豊富 視床・脳幹は基本血管障害

Typeと解剖部位の対応関係

参考文献
・American Journal of Emergency Medicine 39 (2021) 151–153 救急領域の文献として”Cheiro-Oral syndrome”を扱ったreviewです。2021年と新しい。