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心不全 heart failure

病態

・心不全は「前負荷」・「後負荷」・「心収縮力」いずれか病態が原因で、結果として左心不全の場合は「肺水腫」を生じる。

・所見と病態の対応関係を意識しながら所見を取りに行くことが重要。
1. 前負荷:静脈還流(容量負荷)の問題→頸静脈怒張、浮腫、体重増加 *頚静脈の評価方法に関してはこちらをご参照ください。
2. 後負荷:血圧(圧負荷)の問題→血圧の上昇
3. 心収縮力:心臓自体の問題→末梢冷感や血圧の低下、傾眠傾向
4.肺水腫:呼吸困難上昇、酸素化低下、呼吸音crackles/wheezes聴取、起坐呼吸、発作性夜間呼吸困難、泡沫状の喀痰増加など
*肺水腫が臨床像としては最も目立つが、肺水腫はあくまでも左心不全の結果であるため、その原因病態が何か?(前負荷・後負荷・心収縮力)を把握する必要がある。つまり肺水腫は心不全の診断には有用だが、心不全の原因は教えてくれない。

急性心不全へのアプローチ

1:ABCの確認
・低灌流/ショック→補助循環(IABPなど)が必要か?
・低酸素→酸素投与・NPPV・気管挿管

2:身体所見 →目的:身体所見から総合的に心不全の病態(前負荷・後負荷・心収縮力)を把握する
・触診/視診:四肢の冷感、冷や汗、頚静脈怒張、浮腫、起坐呼吸、泡沫状の喀痰増加
・聴診:呼吸音(crackles/wheezes)、心音(Ⅲ音・特に大動脈弁狭窄症がないか?)
*心不全でwheezesを聴取する機会は非常に多い(喘息だけではない)
*Ⅲ音は左室の拡張末期圧上昇を意味する
*四肢の冷感、冷や汗は交感神経活性化を表しており心不全で特徴的
3:検査 →目的:心不全の器質的原因/増悪因子を探す
・採血検査:血算、生化学(特に腎機能と電解質)、BNP、心筋逸脱酵素(トロポニン)、甲状腺機能(TSH, FT4)、ビタミンB1
・血液ガス検査
・12誘導心電図 *急性冠症候群の除外が必要
・胸部レントゲン検査
・心エコー検査 *心収縮力、弁膜症といった心不全の原因、またTRPG, IVCなどから病態把握に重要

心不全の原因
急性心不全の原因 “MR.CHAMPH”
M: Myocarditis 心筋炎
R: Right-sided HF 右心不全
C: acute Coronary syndrome 急性冠症候群
H: Hypertensive Emergency 高血圧緊急症
A: Arrhythmia 不整脈
M: acute Mechanical cause 器械的疾患(弁膜症など)
P: Pulmonary embolism 肺塞栓症
H: High output HF 高白出性心不全(甲状腺機能亢進症/貧血など)

心不全の増悪因子
増悪因子(trigger) “FAILURE”
F: Forgot medication(内服薬飲み忘れ、薬剤性:NSAIDs、非ジヒドロピリジン系カルシウム受容体拮抗薬、β-blocker)
A: Arrythmia, Afterload, Anemia(不整脈、血圧上昇、貧血)
I: Ischemia, Infection(虚血、感染症)
L: Lifestyle(生活習慣:塩分・水分摂取)
U: Upregulation(甲状腺機能亢進症、妊娠)
R: Regurgitation(弁膜症)
E: Embolism(肺塞栓症)

急性期治療

ポイント
1:ABCの確保(呼吸/循環管理)
2:病態(前負荷・後負荷・心収縮力)に応じた治療(下図参照)
*CS(clinical scenario)を参考にすると初期治療が計画しやすい。
*時間経過で増悪するため、出来るだけ早期から病態に合わせた治療介入することが何よりも重要。

1:ABCの確保(呼吸/循環管理)
呼吸管理:酸素療法・NPPV・人工呼吸管理

2:病態(前負荷・後負荷・心収縮力)に応じた治療
後負荷の軽減→血管拡張薬:硝酸薬
・作用機序:静脈、動脈、冠動脈いずれの血管の拡張作用も有するため前負荷軽減の作用もある。
・必ず大動脈弁狭窄症(禁忌)を除外する(大動脈弁狭窄症に対して硝酸薬で前負荷減少するとショックになる可能性があり注意)
・数日で耐性が形成されてしまう点(長期持続投与することは出来ない)と副作用の頭痛に注意。
一般名:ニトログリセリン 商品名:ミオコール 製剤:点滴静注50mg/100mL, 25mg/50mL
(処方例)ミオコール 開始2ml/hr 最大10ml/hr
*硝酸薬投与前のチェック項目
・収縮期血圧90mmHg未満:低血圧は投与避ける
・心電図:Ⅱ、Ⅲ、aVFのST上昇:右室梗塞禁忌
・既往歴:勃起不全、肺高血圧症:PDE阻害薬との併用禁忌
・第二肋間収縮期雑音:HOCM、大動脈弁狭窄症は禁忌

前負荷の軽減→利尿薬
ループ利尿薬(フロセミド第1選択)静注もしくは持続静注
 *詳細は利尿薬に関しての別項を参照。
(処方例)フロセミド(ラシックス) 20-40mg静注
→効果が乏しい場合は投与量を倍にしての投与を繰り返す(例20mg静注→40mg静注→80mg静注など)
・腎機能障害、既に利尿薬内服している患者では最初から多い量40-100mg静注にて対応
・低心機能患者において心拍出量が前負荷に依存している場合があり、利尿薬により血圧が下がる場合もあるため注意が必要
・目標:尿量100-150mL/hr (日ごとの管理ではうっ血が解消するまで-1~2Lのマイナスバランスを目標)
・電解質異常をきたす場合が多いため(特に低K血症・低Mg血症が多く、これらはQT延長・不整脈誘発のリスクとなるため注意)電解質フォローが必要。
・アルダクトンの静注薬であるカンレノ酸(商品名:ソルダクトン)を併用しても良い(高K血症がない場合)。
(処方例)カンレノ酸(ソルダクトン)100-200mg + ブドウ糖10-20mL静注投与

心収縮力の改善→カテコラミン
ドブタミン:β1刺激による心収縮力増強
一般名:ドブタミン 商品名:ドブポン(150mg/50mL)、ドブトレックス
(処方例:体重50kgの場合)ドブポン 2mL/hrから開始
・予後を改善する薬剤ではなく、急場をしのぐための薬剤であるため開始基準と中止基準を明確にするべき(筆者は使用する場合は必ず循環器内科医と事前に相談している)。
・β2作用により末梢血管抵抗減少により血圧はやや下がる場合もある。
・β1作用により心筋の酸素需要が増し虚血を誘発する可能性がある点、不整脈を誘発するリスクがある点などに注意。

PDEⅢ阻害薬:cAMPを介した心筋収縮力増強作用+末梢血管拡張
一般名:ミルリノン 
商品名:ミルリーラ 製剤:10mg/10mLもしくはミルリーラK注射液(希釈製剤)22.5mg/150mL
・血管拡張作用により血圧が大きく低下する場合があり注意
・腎機能障害では用量調節が必要
(組成)ミルリノン製剤の場合は原液5A(=50mg/50mL)で使用(体重50kgの場合 1mL/hr=0.33γ)、ミルリーラK注射液の場合はそのまま使用(体重50kgの場合1mL/hr=0.05γ)
(処方例)
ミルリノン(ミルリーラの場合) 1mL/hrから開始
ミルリノン(ミルリーラK注射液の場合) 3-5mL/hrから開始

*心原性ショックに対してドブタミンとミルリノンのどちらがより優れているか?を検証したRCTが2021年NEJMより発表され、primary outcomeに関して両者は有意差を認めない結果でした(N Engl J Med 2021;385:516-25.)。こちらにまとめがあるのでご参照ください。

hANP:血管拡張作用+利尿効果・RAAS阻害作用(日本独自の薬剤)
一般名:カルペリチド 商品名:ハンプ 製剤:1000μg/V
(組成例)ハンプ1V + 注射用水5ml + 5%ブドウ糖液45ml→1mL/hr = 0.0067γ(体重50kgの場合)
(開始例:体重50kgの場合)0.0125γ≒2mL/hrから開始
*側管から投与が出来ず、独自のルートが必要になる

*クリニカルシナリオ(CS: Clinical Scenario)に関して
・心不全の超急性期治療を主に収縮血圧に応じて分類し、非循環器専門医でも扱いやすくした画期的な分類。

CS1(収縮期血圧>140mmHg):末梢血管抵抗が急激に高まり(後負荷上昇)、血管不全により体液分布異常が生じることが主病態であり、体液貯留はほとんどないことが特徴。背景に拡張不全がある高血圧患者が夜間~明け方にかけて急激な肺水腫による呼吸困難をきたして受診することが典型的(救急で最も遭遇する機会が多い)。治療は体液分布異常を解消するために硝酸薬が治療の主体となり、NPPVも使用する。体液貯留は目立たないため純粋なCS1では利尿薬は必要ない(多少体液貯留の要素が合併する場合もあるので、利尿薬が必要となる場合もある)。
CS2(収縮血圧期血圧=100-140mmHg):慢性経過の体液貯留を背景とした心不全。治療は硝酸薬、NPPVのに加えて利尿薬による体液量管理が必要となる場合が多い。
CS3(収縮期血圧<100mmHg):心機能低下を背景とした低心拍出量による組織低灌流が主体の病態。治療はCS1,2と比べると難しく、強心薬や昇圧薬が必要となる場合もある。
CS4(急性冠症候群)、CS5(右心不全):特殊な病型でそれぞれ原因の治療を行う。
参考文献:Crit Care Med, 36: S129-S139, 2008

全身管理の注意点
・電解質管理 K>4mEq/L, Mg>2mEq/Lを目指す(特に利尿薬開始後は電解質が乱れやすいため連日フォローが必要)
*BNPは治療の評価に使用することは出来ない
・水分制限、塩分制限と長期予後は不明
・心機能に悪影響を与える薬剤は中止する


急性心不全後/慢性心不全の管理

ポイント
・急性心不全は「急場をしのぐ」ための治療であるが、慢性心不全の治療は「心臓を休ませ長期予後を良くする」点に主眼を置いている(急性心不全は短距離走であるのに対して、慢性心不全は長距離走でありペース配分が重要なイメージ)。
・ここで重要となるのが交感神経とレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系を抑制することである。
・薬物治療:ACE阻害薬・β遮断薬を必ず導入する。

ACE阻害薬/ARB こちらを参照
・低血圧がない状況で低用量から導入し、出来るだけ(可能であれば最大量まで)漸増。
・ACE阻害薬、ARBどちらを用いても問題ない。ACE阻害薬の副作用の空咳は可逆性のため、ACE阻害薬を開始して空咳が出現して困る場合はARBに切り替える方法でも良い。*詳細はACE阻害薬/ARBに関しての別項を参照。
(処方例)
エナラプリル(レニベース)開始:2.5mg 1日1回投与 維持:5-10mg 1日1回投与

β遮断薬
・心不全の急性期を脱した状態(=うっ血、低灌流所見がない状態)を確認してから導入し、数日~2週間ごとに徐脈、低血圧に注意しながら漸増。
・心不全ではビソプロロールもしくはカルベジロールを使用。
(処方例)
カルベジロール(アーチスト) 開始:1.25-2.5mg 2錠分2 維持:2.5-10mg 2錠分2
ビソプロロール(メインテート) 開始0.3125-0.625mg 1錠分1 維持:1.25-5mg 1錠分1

ミネラルコルチコイド拮抗薬
・ACE阻害薬/ARB、β遮断薬に次ぐ第3選択肢の薬剤。ACE阻害薬/ARB+β遮断薬導入後、EF<35%の心不全症例が適応になる。
・高K血症に注意しながら管理。
(処方例)
スピロノラクトン(アルダクトン) 開始:12.5-25mg 1日1回 維持:25-50mg 1日1回
エプレレノン(セララ)開始:25mg 1日1回 維持:50mg 1日1回

その他の新規薬剤に関しては専門家と相談
・SGLT2阻害薬
・ARNI(angiotensin receptor neprilysin inhibitor)
・イバブラジン(商品名:コララン)

利尿薬:うっ血症状緩和のために使用(長期予後改善効果なし)
1:ループ利尿薬
フロセミド(商品名:ラシックス) 10-80mg 1日1回
トラセミド(商品名:ルプラック) 2-8mg 1日1回
アゾセミド(商品名:ダイアート) 15-60mg 1日1回
*大まかな換算:フロセミド20mg=トラセミド4mg=アゾセミド30mg

2:バソプレシン受容体阻害薬
トルバプタン(商品名:サムスカ) 3.75-15mg 1日1回

3:サイアザイド系利尿薬
トリクロルメチアジド(商品名:フルイトラン) 0.5-2mg 1日1回

*参考:心機能に悪影響を与える薬剤
・非ジヒドロピリジン系カルシウム受容体拮抗薬(ベラパミル、ジルチアゼム):陰性変力作用があり心不全患者では使用を控える
NSAIDs:体液貯留作用・利尿薬抵抗性の原因*特に高齢者の圧迫骨折や変形性関節症などで漫然と長期使用されている場合が多く注意
・ステロイド:体液貯留作用
・抗不整脈薬(Ⅰa,Ⅰc群):陰性変力作用
・チアゾリジン系(経口糖尿病治療薬):体液貯留作用
・漢方薬:甘草の体液貯留作用
・アントラサイクリン系(化学療法):心筋症の誘発

その他の介入点:ここは循環器専門医と相談して決定する
・虚血性心疾患:PCI(経皮的冠動脈インターベンション), CABG(冠動脈バイパス)
・弁膜症:弁置換術、TAVI(経カテーテル的大動脈弁留置術)
・心房細動:カテーテル・アブレーション
・左脚ブロック+EF≦35%:心臓再同期療法(CRT: cardiac resynchronization therapy)
・睡眠時無呼吸症候群:CPAP

参考文献
・日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン「急性・慢性心不全診療ガイドライン」
・「特集 初回の心不全入院で考えるべきこと、やるべきこと」著:佐藤宏行先生