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呼吸生理 総論

  • 2020年4月30日
  • 2020年4月30日
  • 呼吸

0:呼吸の統合的な理解

呼吸生理を理解するのは難しい・・・と思っている方が多いと思います。確かに呼吸生理はV/Qミスマッチ、シャント、肺胞コンプライアンスなど勉強しないといけない項目が沢山あります。しかし多くの場合、呼吸生理を理解できていない原因は「それぞれの項目が呼吸生理全体のどこに位置しているかをつかめていない」ためだと個人的には思います。

例えば心不全でV/Qミスマッチが起こると勉強してその知識はあったとしても、それだけで心不全の呼吸生理の全体像を理解したことにはなりません。心不全では肺胞コンプライアンス低下もあるし、間質性浮腫で気道抵抗も上昇するかもしれません。血液ガスでPaCO2は最初は低酸素血症の代償として低下するかもしれませんが、長期に及ぶと呼吸筋疲労から換気が低下し上昇してくるかもしれません。

このように心不全ひとつとっても呼吸で考えないといけない要素は沢山あります。呼吸生理は総合すると複雑な「森」のようなもので、地図を持たずに突入してしまうとすぐに全体像を見失い、今どの場所にいるのか分からない迷子になってしまいます。ひとつひとつのV/Qミスマッチや拡散障害にその場その場でリアクションが出来たとしても、全体像は掴むことは出来ません。

そのためV/Qミスマッチにしても肺胞コンプライアンスにしても、「今どこの話をしているのか?」という呼吸生理全体の地図を予め準備しておく必要があります。V/Qミスマッチは肺胞レベルと血液レベルの境界部分AaDO2の話、肺胞コンプライアンスは駆動系の呼吸仕事の話、といった具合に地図を見ながらどの場所の問題かを確認していきます。

この「呼吸生理の森」の地図は下図になります。

呼吸は上図の通り3つの段階的構造になっています(それぞれ色で区別しています)。
駆動系(呼吸中枢・神経・呼吸筋) 緑色で表現
肺胞 青色で表現
血液 赤色で表現
この全体像(3層構造)を意識しながら、今この患者さんの問題はどこで起こっているのか?を考えると患者さんの病態が理解しやすくなると思います。以下ではこの地図の中身をを順々に解説していきます。

1:駆動系(呼吸中枢・神経・呼吸筋)

駆動は英語でのDriveに対応し、呼吸を生み出すエンジンのようなものです。ここは呼吸中枢・神経・呼吸筋が担っています(つまり肺の問題ではありません)。これらが共同して働くことで大気と肺胞内の圧較差を生み出し、換気を引き起こします。

■呼吸中枢・神経

呼吸中枢が血液中のPaO2, PaCO2を感知し(PaO2:頸動脈小体・PaCO2:延髄)、神経を経由して呼吸筋に働きかけることで換気を調整します。このように呼吸は血中濃度に合わせて換気を変える“feedback”のシステムを備えています。

■呼吸筋

呼吸筋は横隔膜が安静時呼吸のおよそ70%を担っており、それ以外には肋間筋、呼吸補助筋などが関与しています。

■呼吸仕事

換気をするためには神経から筋肉へ刺激がいくだけでは不十分で、筋力が抵抗に打ち勝たないといけません。例えば大腿四頭筋が収縮するときは、下腿の重さという「抵抗」に打ち勝つことで下腿を伸展することが出来ます。この抵抗が「呼吸仕事」に該当します。呼吸仕事は「気道抵抗」「肺胞コンプライアンス」の2つに分類されます。これはよく「ストローで風船を膨らませる」ことに例えられます。気道がストローと、肺胞が風船と対応関係にあります。以下でそれぞれを解説します。

気道抵抗

「気道抵抗」は、気道を空気が通過する際に生じる抵抗を表します。ストローに息を吹き込む例で考えると、ストローが細いほど抵抗が大きく、太いほど抵抗が小さくなります。これは気道が狭い状態では空気が通過する際の抵抗が大きく、気道が拡張している状態では空気の通過する抵抗が小さいことと対応します。例えば、気管支喘息では気管支平滑筋が収縮することで、気道が狭くなってしまい気道抵抗が上昇します。

肺胞コンプライアンス

「肺胞コンプライアンス」は、肺胞の膨らませやすさを表します。風船の例で考えると、風船が硬いと風船は広がりにくく、風船がやわらかいと風船は広がりやすくなります。このやわらかさが「コンプライアンス」と対応しています。コンプライアンスが高いと肺胞は膨らみやすく、コンプライアンスが低いと肺胞は膨らみにくい(肺が硬い)です。例えば、肺炎で肺胞内のサーファクタントが減少すると、表面張力が低下して肺は硬く・縮みやくなってしまいます。これがコンプライアンスが低下した状態です。

呼吸筋がこの気道抵抗と肺胞コンプライアンスによる抵抗(呼吸仕事)に打ち勝つことで、換気が行われます。

■駆動系の障害

いままでの呼吸中枢・神経・呼吸筋のいずれかが障害された場合を考えてみます。駆動系の障害では換気量減少により高二酸化炭素血症と、平均気道内圧が下がることでの低酸素血症をきたします。肺胞には全く問題ないため、AaDO2は開大せず、正常範囲内です。以下にその原因を列挙します。

2:肺胞

これまで呼吸中枢から指令が出て、神経を伝わり、呼吸筋が呼吸仕事の抵抗に打ち勝って換気が行われる機序をみてきました。「換気」により生まれる要素は2つあり、「量 (volume)」と「圧 (pressure)」です。そして、「量 (volume)」は換気と、「圧 (pressure)」は酸素化と対応しています。

それに加えて肺胞レベルで決まる要素はPACO2とPAO2です。

■PACO2(肺胞気二酸化炭素分圧)

二酸化炭素(CO2)は肺胞と血液中を自由に拡散することが出来るため肺胞での分圧(PACO2)と血液中の分圧(PaCO2)は等しくなります。換気量が多くなれば、CO2が多く大気中に除去されるためPACO2は低下し(= PaCO2低下)、換気量が少なくなればPaCO2は上昇します(= PaCO2上昇)。

ここで注意が必要なのは、肺胞以外の空気は換気に関与しない(これを死腔: dead spaceと表現します)ということです。有効肺胞換気量だけが二酸化炭素の排出と関係します。 普段私たちが測定している1回換気量はこの有効肺胞換気量と死腔換気量を足し合わせたものなので注意が必要です。

■PAO2(肺胞気酸素分圧)

肺胞中の酸素分圧をPAO2と表現します(PaO2ではないことに注意:一般的に大文字A=Alveolar, 小文字a=arterialを表現します)。これは下式で表されます。

ここで重要なことはPAO2はFIO2(酸素濃度)だけで決まる訳ではなく、PACO2が増加するとPAO2は低下するという点です(数字を覚えることが重要な訳ではなりません)。肺胞という限られたスペース内で酸素と二酸化炭素が「椅子取りゲーム」をしている様子をイメージしていただくと分かりやすいと思います。下の例はいずれもFIO2=0.21と酸素濃度が同じですが、PACO2が違うとPAO2が変化することを表しています。

3:血液

ここでのテーマは「今までの過程で肺胞に到達した酸素をどうやって血液中に取り込むか?」という点です(二酸化炭素は肺胞と血液中を自由に拡散することで分圧が等しくなるのでここではあまり重要ではありません)。酸素(O2)は肺胞から血液に到達するのに制限があります。このため肺胞分圧(PAO2)と血液中分圧(PaO2)は差が生じ、この差をAaDO2(肺胞気動脈血酸素分圧較差: Alveolar-arterial difference of O2)と表現します。これは肺胞レベルと血液レベルの差を表しています(下図)

ではどのような状況でAaDO2が開大する(肺胞と血液のレベルに差が生じる)のでしょうか?この原因としては拡散障害、V/Qミスマッチ、シャントの3つの機序が挙げられます。

■拡散障害

酸素はまず肺胞に届き、肺胞から肺胞上皮細胞を超え、間質を超え、血管内皮細胞を超えやっとのことで血液中に入ることが出来きます。肺胞から血液までのいずれかの構造物に異常があると、障害となり酸素が拡散・通過しづらくなります。これが「拡散障害」です。原因としては、構造物ごとに
・肺胞上皮細胞:肺気腫
・間質:肺線維症、心不全での間質性浮腫
などが挙げられます。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は image-97-1024x576.png です

■V/Qミスマッチ

V/Q mismatchは「血流量と肺胞換気量のバランスが崩れた状態」のことを表現します。Vは肺胞換気量を表現し、Qはそこ肺胞での血流量を表現しています。通常V/Q ratio (ventilation-perfusion ratio)は”1″で、血液と肺胞換気量のバランスが取れていますが、これが崩れると酸素化が十分に行われていない血液が流れることになり低酸素血症になります。

“Low V/Q” (V/Q < 1)は血流に対して肺胞換気量が相対的に少ない状態です。例えば肺炎で肺胞内に滲出液がたまると肺胞換気量は減少してしまい、そこを流れる血液は十分な酸素を受け取ることが出来ません。すると酸素化不良の血流が混じってしまうことで低酸素血症をきたします。肺疾患のほとんどがこのV/Q mismatchにより低酸素血症をきたします。
“Low V/Q”の原因としては、肺炎・心不全・肺胞出血・ARDS・喘息・肺塞栓症での非塞栓領域(塞栓領域に流れるはずであった血流が非塞栓症域に流れるため、相対的に血液量が過剰になるため)などが挙げられます。この病態がすすむとV/Q=0の「シャント」という状態になります(後述)。

“High V/Q”(V/Q > 1)は肺胞換気量が血流に対して相対的に多い状態です。上記でも説明した「死腔」(dead space)が生じます。血流が低下もしくは肺胞が拡張した病態で、前者は肺塞栓症・心拍出量低下、後者は肺気腫・陽圧換気下での肺胞の過剰な伸展などが該当します。

以下にこれらをまとめました。

■シャント

Low V/Qミスマッチが増悪すると肺胞が虚脱し血流が素通りしてしまう状態になり、これを「シャント shunt」と表現します。つまり、シャントはV/Qミスマッチの範疇の概念です。 また血液がガス交換をせずに素通りしている状態でなので、酸素投与をしても酸素分圧が上昇しないという特徴が挙げられます。

これらの総合としてPaO2が決定します。

これまで呼吸の3層構造を順々に解説してきました。呼吸生理の項目一つ一つの理解はもちろん重要ですが、それが「どのレベルの話なのか?」を意識しながら理解することが大切です。この呼吸生理の全体構造を踏まえて今後病態を解説していきます。