不眠症へのアプローチの基本は下図の通りでまず原因の評価、そして睡眠衛生指導を中心とした非薬物療法が重要です。それらを充分に行った上でゴールを必ず事前に設定した上で薬物療法を始める場合があります。
ここで漫然と睡眠薬を処方することは御法度です。睡眠薬は根本的な治療薬ではなくあくまで対症療法薬です。上記Step1, 2を充分に行った上で、また目標をきちんと患者さんと共有した上で用いるべきです。睡眠時間は客観的な数字ではありますが、これをゴールとするよりも日中の生活に疲労や眠気で支障が生じるか?という目標を基準にして取り組むのが良いかと思います。
具体的には低用量から開始して必要に応じて漸増します。また出来るだけ単剤とすることも基本です。高齢者では特に少量から開始します。また呼吸不全患者では睡眠薬は常に呼吸抑制の観点から注意が必要であり、不必要に投与することは厳に慎む必要があります。
睡眠薬の作用機序
各薬剤が睡眠・覚醒のどの部位に作用するか?を下図にまとめています。まずはこの機序を充分把握する必要があります(基礎知識となる睡眠/覚醒の生理に関してはこちらをご参照ください)。この後各薬剤に関して解説していきます。
ベンゾジアゼピン系
・GABA受容体に作用することで睡眠に傾けるのがベンゾジアゼピン系の作用です。
・ただGABA受容体はそれ以外にも筋弛緩作用があることや鎮静作用が強い点があり、高齢者転倒のリスク、認知症リスク、依存性がある点など副作用が多いことが問題です(BMJ 2012;345:e6231)。
・そして世界のベンゾジアゼピン系睡眠薬消費量は日本が極めて多い点が着目すべき点で、このようにまず大前提として日本はベンゾジアゼピン系薬剤を過剰に処方しているという認識を持つべきです。
・実際に在宅療養患者の薬剤副作用(日本のデータ)ではベンゾジアゼピン系による副作用が最多と報告されています。
*参考:ベンゾジアゼピン系は中止できるのか? Psychiatry Research 2016; 237: 201–207
日本からの報告(2005-2014年), 外来患者, 18歳以上, 過去1年間BZD処方なし 計84,412人
患者背景:年齢42歳(65歳以上 3.5%)、女性51.6%、非精神科医の処方 88.5%, クリニック 65%, 抗不安作用 57.5%, 睡眠 32.8%, 両者 9.7%, 定期処方 75.1%(頓用24.9%)
3か月継続 35.8%, 1年継続 15.2%, 8年継続 4.9%
長期間継続のリスク因子:高齢・定期的な使用・高用量・その他向精神薬の処方・精神科医処方
非ベンゾジアゼピン系は安全?
・非ベンゾジアゼピン系としてゾルピデム(マイスリー®)、ゾピクロン(アモバン®)、エスゾピクロン(ルネスタ®)が挙げられます。これらの薬剤はベンゾジアゼピン系ではないから安全か?というとそうではないことが指摘されています。
“Choosing Wisely”・学会からの提言
上記の点を踏まえてベンゾジアゼピン系の睡眠薬は基本使用しないということが共有事項です。以下に”Choosing Wisely”や学会からの提言を列記します。
“Choosing Wisely” AASM:米国睡眠医学会
“Don’t offer hypnotics as the only initial therapy for chronic insomnia in adults. Use cognitive-behavioral therapy for insomnia (CBT-I), whenever possible, and use medications only when necessary.”
訳:「成人の慢性不眠症に対して最初から睡眠薬を導入しない。可能な限りCBTを行い、必要時のみ睡眠薬を使用する」
“Choosing Wisely” 米国老年医学会の推奨
“Don’s use benzodiazepines or other sedative-hypnotics in older adults as first choice for insomnia, agitation or delirium.”
訳:「高齢者の不眠・興奮・せん妄に対してベンゾジアゼピン系やその他鎮静系睡眠薬を第1選択として使用してはいけない」
“Beers Criteria”(高齢者で注意するべき薬剤リスト) 米国老年医学会 J Am Geriatr Soc 2019; 00:1–21.
分類 | 薬剤 | Effect size*(95%CI) |
ベンゾジアゼピン系 | 短時間作用型 | 0.83(0.62-1.04) |
注時間作用型 | 0.67(0.52-0.82) | |
長時間作用型 | 0.58(0.42-0.73) | |
Z-drugs | エスゾピクロン | 0.51(0.35-0.68) |
ゾルピデム | 0.45(0.36-0.56) | |
オレキシン受容体阻害薬 | スボレキサント | 0.31(0.01-0.62) |
レンボレキサント | 0.36(0.08-0.64) | |
抗うつ薬 | トラゾドン | 0.52(0.16-0.89) |
ミルタザピン | – | |
メラトニン作動薬 | ラメルテオン | 0.12(-0.14-0.37) |
抗精神病薬 | クエチアピン | – |
オランザピン | – | |
*effect size: 0.2=低,0.5=中,0.8=高 N Engl J Med 2024;391:247-58. |
1:ベンゾジアゼピン系
推奨 (投与避ける), エビレンスレベル (中等度), 推奨度 (強く推奨)
(解説)高齢者はベンゾジアゼピン系の感受性が高く、代謝が低下し、全ての薬剤が認知機能、せん妄、転倒、骨折、交通事故のリスクを上昇する。
2:非ベンゾジアゼピン系
推奨 (投与避ける), エビレンスレベル (中等度), 推奨度 (強く推奨)
(解説)ベンゾジアゼピン系と同様の副作用を持つ
抗ヒスタミン薬
・まず先に申し上げると日常臨床で使うことはありません。
・抗ヒスタミン薬は第1世代は脂溶性が高くBBBを通過することで中枢神経に作用します。市販薬のドリエルなどはこの作用を逆手にとって睡眠薬として使用しているものです。抗ヒスタミン薬全般に関してはこちらにまとめているのでご参照ください。
メラトニン受容体作動薬
・メラトニンの生理的なリズムをサポートすることで睡眠を促す薬剤です。
・実臨床で使ってみるとわかりますが、著効してぐっすりということはなかなかなく効果自体はマイルドです。ただ副作用がほぼなく依存性もないため使いやすいという点が優れている点です。
ラメルテオン(ロゼレム®)
・一般名:ラメルテオン 商品名:ロゼレム®
・作用機序:メラトニン受容体に作用・概日リズム調整
・ポイント 1:効果は弱い・副作用少ない・依存性なし
・ポイント 2:即効性は乏しく 効果発現まで時間がかかる *頓用効果ない
・効果:睡眠潜時 7.26分短縮, 総睡眠時間 8.25分, 睡眠質向上(placeboとの比較, meta-analysisの結果) PLoS One 2013; 8(5): e63773.
*参考データ:睡眠潜時の短縮時間:ベンゾジアゼピン系 10~19.6分短縮, 非ベンゾジアゼピン系 12.8~17分短縮, 抗うつ薬 7~12.2分短縮 J Gen Intern Med. 2007 Sep;22(9):1335-50
・処方例:ラメルテオン(商品名:ロゼレム®) 1日1回8mg 眠前
オレキシン受容体拮抗薬
・オレキシンは睡眠覚醒の中核を担うホルモンであり、ここに介入することで睡眠を促すように作成された薬剤がオレキシン受容体拮抗薬です。
・現在スボレキサントとレンボレキサントのどちらがより優れているか?を比較した前向き研究はありません(2023年1月時点)。
・副作用として悪夢を経験することが多いですが、これはおそらくナルコレプシーと同様にオレキシンが通常はREM睡眠を抑制していますが、オレキシン受容体拮抗薬によりこのREM睡眠抑制が外れることで夢に繋がりやすいのではないかと思います。
一般名 | スボレキサント | レンボレキサント |
商品名 | ベルソムラ® | デエビゴ® |
錠剤 | 10, 15, 20mg | 2.5, 5, 10mg |
投与量 | 20mg *高齢者15mg | 5mgから開始 |
最大投与量 | 20mg | 10mg |
CYP3A阻害薬併用時 | 10mg | 2.5mg |
重度肝機能障害 | 慎重投与 | 禁忌該当 |
粉砕 | 不可 | 可能 |
スボレキサント(ベルソムラ®)
一般名:スボレキサント 商品名:ベルソムラ® 剤型:10, 15, 20mg/錠
薬物動態:最高血中濃度 1.5 時間, 半減期 10時間
投与禁忌:本剤過敏症・CYP3A阻害薬(詳細添付文章参照)
相互作用:CYP3Aにより代謝されるため相互作用に注意
副作用:悪夢・傾眠など *悪夢で継続が難しい場合も実臨床ではある
効果:総睡眠時間 20.16分延長, 睡眠潜時 7.62分短縮 (自覚症状・placeboとの比較, meta-analysisの結果) PLoS One. 2015 Aug 28;10(8):e0136910.
処方例:スボレキサント(ベルソムラ®)1日1回20mg 眠前(高齢者の場合 15mg)
*CYP3A阻害薬と併用する場合1日1回10mgへの減量を考慮
レンボレキサント(デエビゴ®)
一般名:レンボレキサント 商品名:デエビゴ® 剤型:2.5mg, 5mg, 10mg/錠
投与禁忌:本剤過敏症・重度の肝機能障害
相互作用:CYP3Aにより代謝されるため相互作用に注意
副作用:悪夢・傾眠など
効果:睡眠潜時10.38分, 16.78分短縮, 中途覚醒時間 17.474分, 12.671分短縮 (自覚症状・placeboとの比較, 6か月後 5, 10mg) Sleep 2020;43(9): 1-11.
処方例:レンボレキサント(デエビゴ®)5mg 1日1回5mg 眠前内服から開始
最大投与量 10mg/日(中等度肝機能障害では5mg/日)*CYP3A薬剤併用2.5mg/日