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C3/4頚椎症性脊髄症

なんでこんな特殊なテーマを扱ったんだと思われるかもしれませんが、臨床像が複雑で難しい(興味深い)からです。一般的な頚椎症性脊髄症に関してはこちらをご覧ください。先日入院した原因不明の歩行障害患者さんで当初頭部MRI撮像も分からず入院となった症例がありました。診察すると失調がかなり強く確かに小脳性を疑いましたが、構音障害や眼振ははっきりせず病巣を小脳として良いか違和感がある症例でした。両手指の異常感覚と錐体路徴候が明瞭であり膀胱直腸障害は全くありませんでしたが、頚髄病変を疑ったところ「C3/4高位の頚椎症性脊髄症」症例を経験しました。

正直下肢の神経所見はまさに小脳失調というような明確な失調で、座位をとっても後ろに倒れそうになり立位ではwide-basedで極めて姿勢保持が不安定な症例でした。私は過去にある偉い先生から「小脳失調で小脳炎疑いなので精査お願いします」と紹介を受けて、実はC3/4の頚椎症性脊髄症という症例の経験が1例だけあったのでそれとそっくりだなと思いました(後述します)。

ご存じの通りC4/5, C5/6, C6/7が圧倒的に多いですが、C3/4ってもしかして特殊な病態なのか?と思って調べてみるとやっぱり色々似たような報告がありとても勉強になりました。やっぱり臨床は面白いですね!

文献

■C3-4頚椎症性脊髄症の11例検討 脊髄外科2009; 23(1):24-28

男性9例、女性2例・年齢68~86歳(平均75.4歳)*C3-4以外が責任病巣の平均年齢61.3歳と比較して有意に高齢
罹病期間1~9か月(平均3.9か月)進行が早い経過
診断がつくまでに原因不明で複数の医療機関受診した症例4例
運動機能障害:手指巧緻運動障害7例、高度の歩行障害8例
感覚障害:手掌全体10例
腱反射:上腕二頭筋腱反射4例亢進、膝蓋腱反射7例亢進
めまい・ふらつき7例→手術によりうち5例は改善または消失

ポイント①高齢者に多い、②罹病期間が短く重篤になりやすい、③三角筋筋力低下、巧緻運動障害、歩行障害、④手掌全体にしびれ、⑤めまい・ふらつきを呈し診断がつきにくい

機序:既報からはC3-4高位の脊髄灰白質に局在する脊髄固有ニューロンの関与が示唆
・脊髄固有ニューロン:深部感覚情報を処理して小脳へ伝達する機能をもつ介在ニューロン→同部位の障害により小脳障害様の症状を呈するのではないか?

管理人のひとこと:この11例まとめをみて、「やっぱりそうなんだ!」と思いました。正直病巣診断にうーんと悩んでしまったのでやはりこのような臨床像を呈するということは勉強になりました。

*参考:自験例(5年前くらいの症例で個人情報に配慮して本質的な部分は変えずに記載しています)

80歳代男性 主訴:歩行障害 以下現病歴
受診2か月前に仏壇の花に水をさすために器に水を入れて運ぶ際に水がこぼれるようになってしまった. また手指が動かしづらく箸で上手くご飯が食べられなくなった.
受診1か月前ごろから階段を下りるのが怖い、歩行が不安定になり歩くのが大変になってきた.
受診の月ごろから歩くことが大変でほとんど外出しなくなり近医(神経内科)で小脳失調を疑われ紹介受診.

この症例は実は神経内科専門の先生から紹介になった症例で、やはり神経専門医からみても「明らかに小脳性失調」とみえる場合があるのだと思いました。

まとめ

・C5,6,7レベルは髄節性の対応関係が分かりやすいですが、C3~4はより上位なので症状と髄節の対応関係が不明確になり症状が多彩で、しばしば小脳障害などに誤られるとされています。症例によっては横隔神経障害による横隔膜麻痺を呈する症例もあるようです。
・やはり「失調」≠「小脳」であり、かならず感覚性の要素がどうか?という点(やっぱり眼振や構音障害などがない場合は小脳と断定せずにきちんと他の可能性を考慮するべき! *これは”ataxic hemiparesis”のチャプターでも書かせていただいた内容です)と頚髄病変もありうるという点、またたとえ典型的な頚髄症脊髄症ではなくともC3/4など高位の頚髄症では臨床像が多彩で非典型例もあるという点を留意するべきと思いました。

余談:個人的な考察

悩ましいのが本症例は位置覚や振動覚はかなり保たれているにもかかわらず座位での体幹失調もかなり顕著な点でした。つまり一般的な感覚性失調(sensory ataxia)には臨床像が合致しない部分があります。上述の文献では脊髄固有ニューロンに関しての記載がありますが、個人的にはやはり脊髄小脳路(spinocerebellar tract)の関与に関して気になるところです(あくまで個人的に考えていることで定説ではありませんので)。

脊髄小脳路(spinocerebellar tract)は意識に上らない「自己固有感覚」を伝える経路で機能的ンには起立歩行などの下肢や体幹の運動機能を無意識に制御し、障害されると体幹に強い失調を認めることで立位・坐位・歩行の障害をきたすとされています。一般的に失調は「後索型(感覚性失調)」と「小脳型(小脳性失調)」に分類されますが(これも文献により記載が違いますが)、脊髄小脳路の障害は後者の小脳型を呈するとされます。

*脊髄小脳路 spinocerebellar tract
1. 腹側(前)脊髄小脳路
2. 背側(後)脊髄小脳路(dorsal spinocerebellar tract: DSCT) Clarke柱 C7-L3から起こる(後角付け根)*下半身からの情報が伝達
→脊髄小脳(虫部や前葉)に達する
*筋紡錘やGolgi腱器官から固有感覚情報を下小脳脚を経由して同側小脳へ伝える
*参考:脊椎脊髄2020;33(11):1031

自験例はかなり小脳失調が目立ち、特に座位も保持が困難である症例であったのでこの脊髄小脳路の関与を疑いたくなります。

ただ問題点が多数あります。解剖的には脊髄小脳路は最も脊髄の外側に位置します。一般的に圧迫性の脊髄障害では最も外側に位置する線維を避ける傾向にあるため、この点が合わないです。またなぜC3/4であえて脊髄小脳路が障害されやすくなるのかという必然性もわかりません。まだまだ疑問が多く、何か考察お持ちの方是非教えていただきたいです。

*ちなみにこの領域は正直文献によって言っていることが微妙に違い混乱します。いわゆる古典的な脊髄後索症候は後索だけではなく脊髄小脳路の関与もあるとしている文献もあれば、それらを考えていない文献もあります。 

参考文献:「頸椎・頚髄疾患の症候学」Brain and Nerve 2019;71(3):217, 「Dynamic diagnosisに必要な脊椎脊髄の神経症候学」出版:三輪書店 第2章「C3/4高位障害の特徴」