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Neurology diagnostic approach

私は今までNeurologyのコンサルトを受ける仕事が多かったのですが、よくコンサルト頂くカルテのアセスメントに「Assessment:鑑別はギランバレー症候群または亜急性連合性脊髄症など」と書かれている場合が多くあります。このAssessmentをみると「あっ病名から考えているんだなー」と思います。そもそもその2つの疾患で病巣も違えば、経過から類推される病因/機序も全くことなるからです。確かに普段神経疾患以外ではこのように病名からアプローチしてその病気のゲシュタルトと患者さんの臨床像が合致するかという照合作業による診断方法も有用ですが、Neurologyはその方法が正攻法ではないという点が難しさでもあり面白さでもあります。絶対にこの方法でないといけないということではないのですが、診断方法の王道を身に付けたいです。

病名から入る診断:照合作業

これは様々な疾患を診断する上で最も一般的な診断方法だと思います。例えば臨床像から「あれっこれは尿路結石じゃないかな?」と思った場合に、尿路結石と思った場合に注意するべき疾患リストを事前に作っておき(例えば大動脈瘤切迫破裂や腎梗塞など)それらではないかどうかを検討するという方法です。下図の様に想起した代表的な疾患のDifferential diagnosisを紐付けしておくようなイメージです。

問題点

・”impression”から判断するのである程度その疾患の全体像を理解している、また経験値があることが前提となります。またこの方法だと知らない疾患は基本的に診断することはできません。
・ある程度疾患像が均一(homogeneous)な場合に有用です。
・神経疾患の場合このアプローチの問題点は「ある疾患に強引に当てはめてしまおう」とする姿勢が働いてしまう点です。神経疾患は臨床像がおうおうにしてheterogeneousなので(ギランバレー症候群でも色々な臨床像があります)、この方法で誤診をしてしまうケースがままあります。

病巣・機序からの診断プロセス

Neurologyではこちらの診断プロセスが王道です。ここで重要なのは先ほどと逆で病名をいきなり挙げるというアプローチではなく「どこに?(病巣診断)、どんな病気?(病因診断)」というプロセスから臨床診断をしていきます。この最初に病名を挙げないというアプローチは最初のうちは違和感を感じると思いますが、重要です。

病巣

ここでは「病巣の神経解剖」・「対応する機能の診察方法」・「対応する病歴」の3つの知識が必要となります。例えば運動に関しては下図の通り「脳~脊髄~末梢神経~筋肉」という経路がありこのどこかが障害されると筋力低下をきたします(これ以外に錐体外路や小脳などが運動を調整する機能を担っています)。これらのどの部位が障害されているか?を知るための武器が必要です。

「対応する機能の診察方法」に関して例えば「脊髄」が病巣の場合は運動障害だけでなくデルマトーム(髄節)に沿った感覚障害を認めることや膀胱直腸障害を伴うことが多いですし、脊髄片側の障害ではいわゆるBrown Sequard症候群となり麻痺側と反対側に温痛覚障害を認めます。また病歴反射が陽性、腱反射が亢進する場合が多いです。

逆に「末梢神経」が病巣の場合は、単一の末梢神経障害であればその支配領域に沿った感覚障害や支配する筋肉の障害となりますし、”長さ依存性のpolyneuropathy”では足先左右対称に感覚障害や筋力低下を呈します。”多発単神経障害”では正中神経はダメージを受けているがとなりの尺骨神経は障害を受けていないといった具体で末梢神経単位で障害の有無が異なります。そして通常末梢神経障害では腱反射が低下します。

「筋肉」や「神経筋接合部」が病巣の場合は、多くの場合近位から障害され(例外もちろなりますが)、感覚障害は伴わない点、腱反射は低下しうるが消失することは少ないなどが挙げられます。

こういった事前知識をもって診察することで「この患者さんはいったいどの部位の問題で力が入らないのか?」という考えをすることが出来ます。

「対応する病歴」に関しては、例え現在全ての筋肉が萎縮していたとしても、最初の症状が「財布から小銭を取り出すのが大変」「ボタンを占めるのが難しい」といった手内筋の障害や巧緻運動障害を示唆する病歴の場合は、そこから全身へ病気が広がってきたと類推することができ鑑別上大きなヒントとなります。例えば普通の筋炎で最初の症状が上記のような手内筋障害のことはまれで、普通は「階段を上るのが大変」や「洗濯物を干すのが大変」といった症状から始まることが多いと思います。このように「病歴から病巣を推定する」ということも極めて重要です。この点に関してはこちらにまとめ記事がありますのでご参照ください。

機序

この点は「病歴」でとらえる必要があります。神経診察は「今」の症状は分かりますが、「過去」にどのような症状の経過で現在に至るのか?は全く分かりません。例えば歩行障害で受診した患者さんのアキレス腱反射が消失していたとしても、それが実は糖尿病が背景にあり糖尿病性神経障害として「元々ある所見なのか?、新規のものなのか?」は分かりません。このように神経診察は病巣同定はわかりますが、「この神経所見が今回の症状に寄与しているのか?過去からずっとあり今回には寄与していないのか?」は教えてくれません。ここでは病歴を総合して解釈していく必要があります。

例えばNeurology関連では脳卒中は頻回にERで遭遇すると思いますが、「あっ脳卒中かな?」といきなり病名から入るのが前述のアプローチ方法で、「失語と右上下肢麻痺だから病巣は左大脳半球の皮質を含む領域だろうな(病巣診断)」「友達と会話中に突然ということだからsudden onsetで血管障害らしいな(機序/病因診断)」として臨床診断として統合して「脳卒中を考慮する」という流れがここで話している王道のアプローチです。いきなり病名から入らずに病巣と病因/機序から考えるという点が繰り返しですがポイントです。

具体的に考える

「別に上記2つの診断アプローチのどっちでもよいのではないか?」、「わざわざ病巣と機序を分けてそれぞれ考察するのは面倒くさい」と思われるかもしれませんが、誤診を避けるためには後者の「病巣・病因/機序診断」の方法が圧倒的に有用です。

自験例ですが70歳代女性が突然発症の背部痛+右上下肢麻痺でER搬送となり、当初は脳卒中を疑われ頭部画像検査を実施するも異常所見がなく相談となりました。ここでは前者の「右上下肢麻痺→脳卒中だろう」という病名からのアプローチがとられていました。

ここで右上下肢麻痺を改めて考えてみると病巣は「脳」だけとは限らず、「脊髄(特に上肢も含むため頚髄)」も含まれます。特にこの症例は顔面の症状が一切指摘できないため「脊髄」の可能性も十分にありえます。「片側麻痺→脳卒中」という短絡的な発想だとこの「病巣として脊髄がありうる」という発想に至りません。実際にこの症例はそれ以外にも最初の背部痛という病歴を無視しており、診察すると対側(左半身)に温痛覚障害を認め、結果「頸椎硬膜外血腫」の診断となりました。

このようにまず「病巣はどこか?」「機序は何か?」という思考から、では次にどのような診察をすることで病巣を絞れるか?次にどの検査を行うべきか?を考えるプロセスがNeurologyの臨床能力向上に最も重要です。

私はかならずカルテのAssessmentに「〇病巣:・・・・」、「〇病因/機序:・・・・」と記載して後からフィードバックするようにしています。確かに間違えてしまうこともあり恥ずかしく感じることもありますが、そういったフィードバックを経ずにNeurologyの能力を向上することは困難です。この病巣診断と病因/機序診断のプロセスを上級医からフィードバックを絶えずし続けることがNeurologyの教育で最も有用な方法だと個人的には思い、私としてもそれを意識して指導しているつもりです。この一連の診断方法の独学習得はかなり困難で、「病歴からどの病巣らしいのか?どの神経機能が障害されているのか?」また「神経所見からどの病巣らしいのか?」という検討を上級医と議論しながらフィードバックをもらい絶えず繰り返しし続けて長い年月をかけてようやく修得していくことが出来ます。この地道なプロセスがNeurologyがとっかかりづらいと思われてしまう要因なのかもしれませんが、shortcutは出来ないため王道で勉強していきたいです。