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慢性硬膜下血腫 CSDH: chronic subdural hematoma

慢性硬膜下血腫(CSDH: chronic subdural hematoma)は日常臨床であまりにもcommonかつ臨床像が極めて広いです。私は手術する立場ではないので恐縮ですが、Geriatricsの領域でもとても重要なテーマであり簡単に調べた内容をまとめます。

病態

硬膜は大きく3層に分類され、硬膜下血腫が生じるのはこの一番下3層目の“dural border cell layer”です。同部位は細胞外マトリックスに乏しく、また細胞同士の結合が緩い(loose)ため割けやすい組織です。硬膜下血腫は同部位に血腫を生じます。「硬膜下」という表現ですが、厳密には「硬膜下腔」というスペースが存在する訳ではないので注意です。

*参考:硬膜の層構造
1. Periosteal layer(dura):MMA(middle meningeal artery:中硬膜動脈→外頚動脈由来)が分布 径100-300μm
2. meningeal layer(dura):ほぼ血管なし
3. border cell layer(dura):血管径は10μm程度と細くネットワークを形成しており同部位が破綻することで出血をきたすと考えられている

硬膜下水腫という病態も高齢者では偶発的によく認めますが、これは同部位にCSFが入り込んだ状態で、同部位のスペースが広がり血管新生が起こることで脆弱な新生血管が破綻すると硬膜下血腫に移行しやすいため注意が必要です。
*「硬膜下水腫か?」それとも「ただ単に脳萎縮に伴う二次的なくも膜下腔の拡大か?」は同部位に脳表静脈(cortical vein)が観察できるかどうか?(血管が観察可能→くも膜下腔拡大、血管が観察困難→硬膜下水腫)により判断します。

頭部外傷は関らずしも認めない場合も多く(約半数では認めないともされており近年増加傾向)、頭部外傷があることは必要条件ではないという点に注意が必要です。その他抗血栓薬やアルコール依存、血液透析、脳萎縮などリスク因子として挙げられます。

臨床像

慢性硬膜下血腫はまさに“great imitator”で「これだったら硬膜下血腫」と臨床診断することは私は出来ません。日単位の急性経過の場合もあれば、週単位の経過のこともあります。また認知症、脳卒中のうような片麻痺、よくわからない歩行障害、軽度の意識混濁や精神症状、せん妄など臨床像はなんでもありです(私は片側下肢単麻痺という非常にrareな症例も経験があります)。ただこれらの症状で頭部CTを撮らない場面は少ないかもしれないので見逃すケースは必然的に少なくなるかもしれませんが、常に注意が必要です。

また「慢性硬膜下血腫の存在≠神経症状」です。無症候性の慢性硬膜下血腫も多く存在します。脳実質を圧迫して初めて症状を基本的には呈するので、うーっすらとだけある慢性硬膜下血腫を見つけてすぐにそれによる神経症状としてしまうのは間違いです。慢性硬膜下血腫が背景にあって脳梗塞合併という場合ももちろんあります(慢性硬膜下血腫は無症候性で偶発的に指摘されただけ)。

特に注意が必要なのは意識障害の場合で、脳ヘルニアやmidline shiftが全くないにも関わらず意識障害が顕著の場合はCSDHによるNCSEを考慮する必要があり脳波検査を積極的考慮するべきです(SDHはseizureのリスクです)。特に画像所見をフォローアップして画像上は変化がないにも関わらず神経所見が悪化している場合はその他の原因を考慮するべきです。繰り返しですが、このように本当にその血腫が神経症状を引き起こしているのか?という視点が必要です。

特に両側性の場合や若年性の場合は急速に増悪する場合があり注意が必要です。

注意するべきポイント(私案)

1:両側性(特に若年)の慢性硬膜下血腫は常に脳脊髄液減少症/漏出症の可能性を考慮する!こちらを参照)

2:ごくまれに硬膜下血腫に感染をきたす場合があり、画像上凸面を形成している場合特に注意!(こちらを参照)

画像検査

出血のタイミングにより血腫成分が低吸収になる場合もあれば、液面形成のように2相に分かれる場合もあれば様々です。頭部単純CT検査で十分で、MRIによって情報が増えることは基本的にないですが、上記の脳脊髄液減少症を疑う場合は造影MRI検査が診断に有用です。
*腰椎穿刺は基本的に禁忌です(血腫増大助長のリスクが大きいため)。

治療

手術

基本的には血腫により神経学的所見を生じると手術適応となります。はっきりしない場合は頭部CT検査を数時間後にフォローアップして増大するか?によって判断する場合もあります。高齢者で全身状態から全身麻酔が厳しい場合などは特に局所麻酔での穿頭術が選択される場合が多いと思います。10-20%は再発すると報告されています。

内科的治療:現状推奨される治療なし

1:ステロイド 使用「しない」ことを推奨 RCTで6か月後予後がデキサメタゾン投与群が有意に悪い結果:N Engl J Med. 2020 Dec 31;383(27):2616-2627.
2:抗てんかん薬の予防的投与 ルーチンでの投与推奨なし・前向き研究なし
3:トラネキサム酸 ルーチンでの投与推奨なし・前向き研究なし

日本では五苓散が使用される場合もありますが、こちらも残念ながら前向き研究はありません。

抗血栓薬は再開可能か?

元々抗血栓薬を内服されていた方がCSDHを発症した場合、急性期は休薬しますが手術後「抗血栓薬の再開が可能か?」という臨床上の疑問を持つケースはとても多いと思います。

systematic reviewで過去の高齢者慢性硬膜下血腫で元々抗血栓薬を内服していた患者を調べた7研究をまとめた報告では、抗凝固薬の再開は再出血のリスクとなり、抗血小板薬は再出血のリスクは指摘できなかったと報告されています(Neurology ® 2017;88:1889–1893)。ただこれらは全て後ろ向き研究をまとめたものであり、前向き研究は現時点で存在しないためこのclinical questionに対しての解答はまだはっきりしていません。

また「どの時期から再開可能か?」という点に関しては結論が現時点ではなく、症例ごと施設ごとの判断になっていると思います。

個人的なClinical Question

1:「脳実質を圧迫しないCSDHは認知症の原因となりうるか?」

昔からずっとこの点は気になっているのですが、いまだ良い文献みつけられず分かりません・・・。たぶん影響しないと思うのですが、同部位が原因でnon-convulsive seizureを起こしている可能性などはあるかもしれません。どなたかもし分かりましたらご教授ください。

2:「高齢者に抗血栓薬を導入する際に事前のCSDHチェックは必要か?」

「何意味のわからないこと言っているの?」と思われる方いらっしゃるかもしれませんが、私は今まで数回高齢者に入院中抗凝固薬を導入し(事前の頭部CT検査はない状態で)、その後CSDHが顕在化したという症例を経験しています(おそらく元々無症候性のCSDHを持っていた)。

もちろんルーチンで全て頭部CTを事前にチェックしろという訳ではないのですが、頻回の転倒歴がある高齢者では抗凝固薬導入前に頭部CTをチェックしてもよいのかもしれず、この点は結論はないのですが気になります。きっと経験されたことある方もいらっしゃるのではないかと思いますがいかがでしょうか・・・?

参考文献
・Shapiro M, et al. J NeuroIntervent Surg 2021;13:471–477. 硬膜の血管解剖に関して詳しいです
・Kolias, A. G. et al. Nat. Rev. Neurol. 10, 570–578 (2014); published online 16 September 2014; doi:10.1038/nrneurol.2014.163 CSDHの素晴らしいreview・少し古いですが必読