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Elsberg症候群

臨床像

・Elsberg症候群は急性から亜急性の経過で両側の腰仙髄領域の神経根炎としばしば脊髄炎(特に下部)を認め、感染性機序(特にHSV2感染)が推定されている症候群です。もともと1931年に急性で自然軽快する尿閉と様々な脊髄障害を合併し、髄液細胞数上昇を呈する症候群をElsbergが報告したことに端を発します(Surg Gynecol Obstet 1931;16:117–135.)。

・後でも述べますがElsberg症候群の厳密な定義、診断基準は存在しないため、”HSV2感染による腰仙髄領域の神経根炎”をElsberg症候群と報告している文献もあれば、そのように報告せずにただそのまま”HSV2による神経根炎”と報告している文献もあります。またVZVによる仙髄神経根炎をElsberg症候群と報告している報告もあり様々です。

・また注意としてはElsberg症候群は髄膜炎合併の有無を必要条件としていません。日本語の文献でしばしば「Elsberg症候群=無菌性髄膜炎+尿閉」という記載がありますが、これはどこから生じた見解なのかわかりませんが原著の記載を元にすると正確ではないと思います。一般的に無菌性髄膜炎に尿閉が合併する病態は”meningitis retention syndrome: MRS”と報告されています。この領域は報告によっても言葉の使い方に統一が取れておらず混乱を招いている印象を受けます。この記事ではElsberg症候群を先程記載した通り「急性から亜急性の経過で両側の腰仙髄領域の神経根炎としばしば脊髄炎(特に下部)を認め、感染性機序(特にHSV2感染)が推定されている症候群」とし、「無菌性髄膜炎+尿閉」を”meningitis retention syndrome”として記載させていただきます。

・HSV2感染は主に性行為経由で起こり、性活動性の高い青年期~成人期に感染することが多いとされています。免疫機能正常の場合は感染も通常無症候に経過します。HSV2はヒトの剖検全体で40%程度が仙髄神経節に有しており、そのうち障害生殖器ヘルペスとして臨床像を認めたものは5%とされています(Arch Neurol. 2008;65(5):596-600)。

■30例のElsberg症候群の検討 Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm 2017;4:e355; doi: 10.1212/NXI.0000000000000355

・ここではMayo clinicの記録から30例(男性24例、女性6例、発症時年齢中央値52.9歳)のElsberg症候群を検討したものです(既報では最も多い症例数をまとめた報告になります)。診断基準は存在しませんが、以下に様にdefinite,probable, possibleで分類し、possible以上を採用しています。(このためウイルスPCRで確定されていない症例が多数ある点に注意が必要です)。

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臨床像
・尿閉76.7%(尿道カテーテルが必要70.0%)、尿失禁23.3%、便失禁10.0%、saddle anesthesia50%、便秘43.3%、下肢腱反射亢進30.0%、下肢腱反射消失33.3%、下肢感覚障害80.0%、下肢筋力低下50.0%、下肢MMT<3/5 23.3%、下肢病的反射陽性13.3%
・・経過は急性で、緩徐発症の場合はサルコイドーシスや腫瘍などの他疾患が鑑別に上がります。多発性硬化症、視神経脊髄炎、抗MOG抗体関連脊髄炎などは通常神経根炎を合併しないため1つ鑑別点となります。

髄液検査
・細胞数上昇50% 細胞数中央値9(0-157/μL)、平均髄液蛋白143mg/dL
・PCR検査の実施56.7%、PCR検査でウイルス陽性10%(HSV1例、VZV1例)

電気生理検査
・EMGで神経根障害を示唆する所見40%

画像検査
・円錐部T2WI高信号50%、下部胸髄T2WI高信号60%、Gd+造影増強効果43.3%、神経根造影増強効果56.7%、馬尾肥厚43.3%
・脊髄病変は複数、非連続的で中心部や腹側に位置することが多いとされています。dAVFの病変は通常連続的であることと対照的です。
・馬尾の造影増強効果はsmooth, continuousで結節状ではないとされています。

治療と予後に関しては以下の通りです。アシクロビルやステロイドが使用されることがありますが、アシクロビルが必ずしも予後を改善するかどうか?はわかりません。

*重ねてになりますが、この報告は原因検索のためのウイルスPCR検査が十分に行われておらず、またpossibleまで含んでいるためどこまで正確にElsberg症候群の臨床像を反映しているか?は難しいと思います。

症例報告

■HSV2仙髄領域の神経根炎の症例報告 Neurology 2004;63:758–759.

・40歳女性、仙髄領域の感覚低下と臀部の鈍痛、急性の尿閉を主訴に受診。運動障害はなく、腸閉塞はなく、発熱や皮疹も認めなかった。髄液は細胞数162/μL、アルブミン690mg/dL、髄液HSV-2PCR陽性。産婦人科領域の診察は正常。Elsberg症候群の診断で、アシクロビル静注点滴14日実施し、症状はほぼ寛解した。

■HSV2神経根炎の症例報告 Clinical Neurology and Neurosurgery 185 (2019) 105429

・40歳女性が性行為後5日後に有痛性陰部潰瘍を生じ、陰部ヘルペス検査で陽性のため3日間の経口アシクロビルを処方されましたが、内服完了2日後から頭痛、羞明、嘔気嘔吐、項部硬直と背部痛を呈しました。髄液検査では蛋白上昇243mg/dL、細胞数上昇256/μL(mono:90%)を認め、髄膜炎疑いで抗菌薬セフトリアキソンと抗ウイルス薬アシクロビル投与を開始されました。これらの症状は13日目には寛解し、髄液PCRはHSV2が陽性でした。頭痛発症の2日後から排尿障害、便秘、会陰部の感覚障害と両下肢に放散する疼痛を自覚するようになり、診察ではS3-5領域に感覚障害を認め、肛門括約筋の緊張が低下していました。MRI検査は正常で、経過で軽度後遺症を残していました。