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顔面神経麻痺 facial nerve palsy

0:解剖

1:「中枢性」・「末梢性」の鑑別

・顔面の上半分は両側支配になっており、顔面の下半分は片側支配になっている。このため中枢性では額のしわ寄せは、反対側からの神経線維もあるため保たれる。

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・このため顔面の運動に関して中枢性と末梢性で最も重要なのは「額のしわ寄せ」である。ぱっと患者さんの顔を見てこの所見が明瞭であれば何も困らないが、はっきりしない場合も多い。基本的に麻痺は随意運動をかけることで増強され分かりやすくなるため、眉毛を上に上げるような随意運動をしてもらう。この際に検者が手を患者の眉毛にかけて左右で眉毛を上げる力に差があるかどうかを調べると分かりやすい(以下は末梢性の顔面神経麻痺例)。

・眼と口に関しても同様に随意運動で左右差を比べる。この際に「口角の下垂」は高齢者では入れ歯の調子などによってかなりわかりにくい場合があるため、特に閉眼の左右差が重要になる。閉眼の微妙な左右差を検出するには「まつ毛徴候」(ciliary sign)(閉眼時に麻痺側でまつ毛が多くみえる)が重要。

口の症状としては「食べ物が頬と歯肉の間にたまる」、「口角から水分が漏れやすくなる」といった病歴をとれることが多い。また構音障害では口唇音の変化により「ぱ行」→「ば行」、「ま行」と変化する場合が多い。

*具体例:末梢性顔面神経麻痺例(右側)

・運動以外の点では「味覚障害(副交感神経)」、「聴覚過敏(アブミ骨筋の障害)」(診察方法:聴診器をつけてもらい左右どちらで音が大きく聞こえるか?を確認)、「角膜反射の消失」といった点が末梢性だけで特異的に認める所見であり、中枢性との鑑別(また末梢神経のどの部位での障害か?の同定)に役立つ(しかし、これらの所見を認めないからといって末梢性が除外されるわけではない)。

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*Advanced:随意運動と情報運動での解離
Advancedな内容としては、中枢性顔面神経麻痺では随意運動と情動運動(嬉しいことがある際にニコッと笑うといった表情の運動)で所見の解離があることが挙げられる。情動運動の経路は錐体路と異なり辺縁系、視床といった経路からの線維が関係しているとされており、錐体路の障害があってもたもたれる場合がある。末梢性の場合は随意運動、情動運動いずれでも障害される。この様に実は顔面神経の核上性支配の解剖はまだ十分に解明されていない。

*(参考)症状の強さ:またこれはあくまで個人的な見解ですが、末梢性の方が中枢性よりも症状の程度が強いことが多いです。ぱっと見で私はこれだけで「あっきっと末梢性だな」と思ってしまうことも正直ありますが、あくまできちんと診察して鑑別をするべきです。

病的共同運動:Synkinesia

末梢性顔面神経麻痺の後、回復(再生)の過程で神経再支配の過誤が起こることで生じる現象です。運動症状としては閉眼時の口角を引く動作もしくは口角を引く際(笑う際)に閉眼する症状があり、非運動症状としては唾液分泌時に涙が出る現象(crocodile tears)唾液分泌時の発汗現象(Frey syndrome)が挙げられます。
運動症状に関してこちらの動画が分かりやすいです。この動画では右の末梢性顔面神経麻痺から数年経過した患者さんを紹介しており、口角を引くと右眼の眼輪筋が収縮して閉眼している様子がわかります。

慢性期の顔面神経麻痺は「ぱっと見」どちらが障害側かわかりにくい

顔面神経麻痺から時間が経過すると左右どちらがもともとの麻痺側かがかなり紛らわしく(paradoxical)なります。下図は元々左顔面神経麻痺がある症例ですが、通常の状態では右眼の眼裂が開大しており、右の鼻唇溝の方が平坦に見えます。これだけだと右の顔面神経麻痺を疑いたくなりますが、口角を横に引く動作や閉眼では左が悪いことがわかります。この様に慢性例では麻痺側の拘縮が起こることで分かりにくくなりますが、随意運動と病的協同運動がある側が真の麻痺側になるため注意が必要です。

2:末梢性顔面神経麻痺

■原因

(A): 両側性の原因:ギランバレー症候群(FDPに関してはこちらのまとめをご参照ください)、サルコイドーシス、ライム病
(B): 片側性の原因
・特発性:Bell麻痺
・感染:帯状疱疹(特にRamsay-Hunt症候群)、破傷風、ジフテリア、ポリオ、EBV、梅毒、結核、Lyme病、HIV
・自己免疫:ギランバレー症候群, MFS, 重症筋無力症, PN,ワクチン, サルコイドーシス
・代謝性:糖尿病、AIP
・中毒:鉛、ヒ素、クロール
・腫瘍性:耳下腺腫瘍、顎下腺腫瘍、顔面神経鞘腫、小脳橋角部腫瘍、脳底腫瘍、頭蓋底腫瘍
・先天性:Mobius syndrome, Melkersson-Rosenthal syndrome

3:Bell麻痺

病態/臨床像
・原因不明の特発性の片側顔面神経麻痺を通称”Bell麻痺”と称します。狭い顔面神経管(fallopian canal)の中で神経が腫脹し圧迫されることで神経障害をきたす機序が考えられており、ステロイドが効果があるのもステロイドにより神経の腫脹が軽減する機序が考えられています。
・臨床的には(脳卒中での顔面神経麻痺は他人から指摘されて気が付く場合も多い)。私も今までいろいろな病歴がありますが、「車の運転をしていて右眼だけ乾く(=右閉眼不良を示唆)」、「朝食を食べているときに口の右からぼろぼろこぼれてしまった(=口輪筋麻痺を示唆)」、「食事が砂利を食べているような味になってしまった(=味覚障害を示唆)」、「シャンプーをしている最中に右眼にだけシャンプーが入ってしまう(=右閉眼不良を示唆)」「朝起きて鏡をみたら顔がゆがんでいた」など様々です。
・Bell麻痺ではの症状が急性進行性であることが重要で、通常1-3日程度で進行します(患者さんも進行を自覚している場合が多い)。
・また当たり前ですがその他の脳神経麻痺を合併しない点と、外耳道、軟口蓋などに皮疹を伴わない点(Ramsay Hunt症候群:下図ではない)ことを確認することが重要です。

治療
ステロイドが有用(Level A recommendation)で、抗ウイルス薬の追加が有用であるとするエビデンスは限定的である(Level C recommendation)のが現状です(AANの推奨に基づく)。
・抗ウイルス薬追加に関しての臨床試験は2つRCTがありますが(N Engl J Med 2007;357(16):
1598-1607., Lancet Neurol 2008;7(11):993-1000.)、いずれも抗ウイルス薬を追加することで機能予後を改善する効果は示せませんでした。

参考文献
・Continuum (Minneap Minn) 2017;23(2):447–466. Bell麻痺に関してまとめられたreviewで素晴らしいの一言。