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輸血 開始基準

ここでは「いつ・どんなときに輸血を開始するべきか?」というテーマを扱う。多くの本を開くと「輸血開始基準はHb<7.0 g/dl」と記載してあるが、本当にそれだけでよいのだろうか?

1:組織への酸素供給と消費(復習)

この項目は今まで述べてきた話の復習になる。組織への酸素供給は1:Hb(ヘモグロビン)、2:SaO2(動脈酸素飽和度)、3:CO(心拍出量)の3つから構成される。今回輸血ではこのうち、1:Hb(ヘモグロビン)を上昇させることで、組織への酸素供給を増やそうとすることがねらいだ。


しかし、実際には酸素の供給面だけを考えておけば良いわけではない。実際に組織がどのくらい酸素を消費するか、必要としているかが重要だ。そして、酸素供給が減少すると、それにつられて組織がすぐに酸素不足になるわけではないことが分かっている。それは下図「出血状態1」をみるとわかる。

ここでは酸素供給量は減少しているが、組織は酸素不足ではないことがわかる。このような状況では果たして輸血をする必要があるだろうか?ただ酸素供給量を上げれば良いわけではなく、総合的に考える必要が出てくる。以下はその点を開設する。

2:輸血開始基準を考える

輸血をする理由は「組織が酸素不足にならないようにするため」である。これは今まで見てきて分かるようにヘモグロビン値単独では評価しきれない。

ではどのように評価すればよいか?組織が酸素不足になるのは、先のグラフで限界点から坂を下る過程である。
この限界点から坂を下ってしまっている状態ではすぐに輸血をしないといけないし、その直前でいままさに坂を落ちそうな状況でも輸血は開始したほうがよい。
つまり、今患者の状態がどこにあり、坂を転がり落ちるpointはどこにあり、そこでどこくらいのスピードで進んでいるかが問題だ。

患者の今の状態は”vital sign”(下図赤まる)で決まり、坂を転がり落ちるpointは「患者背景」で決まり(下図青まる)、進むスピードは「出血の活動度」で決まる(下図オレンジ矢印)。下図にそれらを書き込みまとめた。

この図を使って、具体的な例を考える。

例1: 30才女性 産後弛緩出血ショック 救急搬送

この場合はすでに患者の状態”vita sign”はshockであり、坂を転がり落ちている状態だ。出血の活動度もまだコントロールできておらず、坂をどんどん下ろうとしている。患者背景は特に問題ない。これを図で表すと下図になる。

この場合は「緊急異型輸血」をするべきだ。

例2: 55才男性 吐血(背景に難治性胃潰瘍の既往) 救急搬送

この患者は来院時にvital signは保たれており、Hb=12 g/dLであった。患者の状態としてはまだ問題ないだろう。患者背景も問題はない。しかし、出血源のコントロールは出来ておらず、活動性が十分に高い状態だと思う。

この状態では現時点での「緊急異型輸血」は必要ないが、すぐに輸血に必要な採血項目を提出してすぐに輸血が出来る状態に備える必要がある。たとえHb=12 g/dLであったとしても、出血急性期にはHbはその出血量を反映しない。そのため、Hb<7g/dLで輸血をするという判断だと、この時点で輸血を考慮しないかもしれないが、実際にはそのようなことはない。Hbに頼り過ぎると輸血の判断を間違えるため注意したい。

出血急性期にHbが低下しないことを補足すると以下の図で表現される。出血では血漿成分と血球成分がどちらも喪失するため、血球成分の比率は出血直後は変わらない。その後に細胞外液が血漿にシフトすることや、輸液が入ることで血球成分が希釈されることによってHbは低下することに注意する。

例3:25才女性 主訴労作時いきぎれ 不正性器出血あり walk-in受診

vital signは安定しておりwalk-inでの受診のため、採血を行ったところHb=7.0g/dLであった。「Hb<7.0g/dLで輸血開始」に基づくと輸血をするべきと考えるかもしれないが、患者の現在の状態、患者背景、出血の活動性の点からは必須ではないことが分かるだろう。落ち着いて婦人科と相談し出血の原因精査と鉄剤内服での対応も考慮していく。

今まで具体例を挙げながら輸血の開始基準を考えた。患者の現在の状態(vital sign)、出血の原因と活動性の評価、患者背景を総合して考え輸血を実施するかどうか、実施するならば「緊急異型」なのか、クロスマッチ検査の結果を待つ通常のものでよいのかを判断する。

輸血は副作用もある処置のため、輸血することで確実に患者にとって利益となる状況で行うことが重要だ。裏をかえすと、不必要な状況での輸血は避けるべきであり、これは”Do no harm.”の精神を表している。

日々の臨床で「Hb<7.0 g/dLで輸血」だけではなく、患者の状態、出血の評価、患者の背景を総合的に考えて輸血するかどうか決めていきたい。