輸液の理解のためにその基礎となる内容に関して解説します。
1:体液の分布
体液は1:血液、2:間質液、3:細胞内液の3つのコンパートメントに分けられます。このうち1:血液と2:間質液を合わせるたものを一般的に「細胞外液」といいます。輸液を考える際には、その輸液がコンパートメントのどこへ分布するか?を理解することが重要です。
そして、それぞれ血液:間質液:細胞内液は約1:3:8の比で容量が分布しています。
ではこれらの3つのコンパートメントの水の分布・移動を決めている要素は何でしょうか?それは「浸透圧」です(正確には張度 tonicityという概念ですが、ここでは簡便に浸透圧と全て表現します)。浸透圧差が生じると、これを是正しようとして浸透圧が低い方から高い方へ水が移動します。
ここで重要なのは「膜によって浸透圧を規定する物質も変わる」ということです。つまり、膜の網目が大きい場合は大きな物質が浸透圧を規定し(小さい物質はすり抜けしまうため浸透圧に関与しない)、膜の網目が小さい膜の場合は大きさが小さい物質が浸透圧を規定します。浸透圧は絶対的なものではなく、このように膜によって何が浸透圧を担う物質になるかが変わります。
ではこの膜は人体の場合何と対応するでしょうか?人体の場合それは、血管内と間質を隔てる血管壁と間質と細胞内液を隔てる細胞膜に対応します。そして、膜が変われば浸透圧を規定する物質も変わり、血管壁において浸透圧を決めるのはアルブミン、細胞膜において浸透圧を決めるのはNaになります。この対応関係を理解しましょう。
血管壁ではアルブミンが血管壁を超えて間質に移動することが出来ないため、浸透圧を決める役割を担います。
細胞膜ではNaが浸透圧を規定します。Naは血液と間質液の間は自由に行き来することが出来ますが、細胞内液と間質液の間は自由に行き来すことが出来ません。そのため細胞内と細胞外の水の移動を決めます。
この原則に基づいてそれぞれの輸液が各コンパートメントにどのように分布するかを考えていきます。
2:輸液製剤の分類
■膠質液 colloid
膠質液はアルブミンと同じように血管壁での浸透圧を規定する物質が含まれた輸液製剤です。このため、理論的には全てが血管内にとどまる働きをします。これにはアルブミン製剤、デキストラン、HES(hydroxyethyl starch)が含まれます。
■輸液の分類
輸液が血液、間質液、細胞内液のどこにどれだけ分布するか?が輸液にって最も重要な点でした。ここで重要なのは浸透圧で血管内外の浸透圧を決めるのがアルブミン、細胞内外の浸透圧を決めるのがNaだということを解説してきました。アルブミン製剤に関しては既に述べたので、残る多くの輸液にとって分類上重要なのはNa濃度になります。
Naが最も多く含まれている輸液製剤は生理食塩水Na=154mEq/Lであり、Naが全く含まれていない輸液製剤は5%ブドウ糖液Na=0mEq/Lです。輸液製剤はこの2つがどの配合で組み合わされているか?と考えると分かりやすくなります。
■ 5%ブドウ糖液の場合(Na=0 mEq/L)
5%ブドウ糖液はNaを全く含まないため、細胞膜を自由に行き来することができます。そのため、血液、間質液、細胞内液の全てに均等に分布します。先に述べたように血液:間質液:細胞内液 は1:3:8で分布するしているため、その比のまま均等に分布します。すると血管内には投与した輸液量のうち1/12だけが残ることになります。
■生理食塩水の場合(Na =154mEq/L)
これは体内の細胞外液とほぼ同じNa濃度です。そのため、細胞外液に分布しますが、細胞内液には水は移動せず分布しません。このように細胞外液に分布する輸液を細胞外輸液と表現し、生理食塩水とリンゲル液が該当します。体液量は血液:間質液= 1 : 3であるため、輸液量のうち1/4が血管内に残ります。このように5%ブドウ糖液よりもより多く血管内に輸液がとどまることになります。
*リンゲル液と生理食塩水の違いについて
細胞外液のNa濃度はどれもほとんど同じですが、生理食塩水はNa=154mEq/L, Cl=154mEq/Lであり pH=7.0です。しかし、実際の私たちの体のpH=7.40なので、生理食塩水はやや酸性に傾いている輸液製剤であるといえます(この意味では生理食塩水という名前ですが「生理的」ではありません)。実際に生理食塩水を大量に投与するとAG非開大性代謝性アシドーシスに至ることが知られており、これが腎機能障害につながる場合もあります。
このことを解消するためにpHの緩衝材を入れたものがリンゲル液です。緩衝材によってより生理的なpHに近づけることが目的で、入っている緩衝材によって乳酸リンゲル液(乳酸が緩衝材)、酢酸リンゲル液(酢酸が緩衝材)、重炭酸リンゲル液(重炭酸がリンゲル液)と名前が付いています。
■3号液の場合
3号液は一般的に生理食塩水①:5%ブドウ糖液③の割合で作られます。そのため3号液のうち25%は生理食塩水と同じ様に分布し、75%は5%ブドウ糖液と同じように分布します。下図のようなイメージです。
このようにNaの量を基準に輸液を分類すると、体内のどの部位にどのくらい分布するのかが分かりやすいと思います。Naの濃度が重要であり、生理食塩水と5%ブドウ糖液の配合で考えましょう。下図は左は細胞外液、右はNaを含有していない5%ブドウ糖液として縦軸はK含有の有無で輸液製剤を分類したものです。
実際によく使用する具体的な輸液製剤を一覧にしたものを載せます。
ここまで輸液製剤の理解のための基礎知識とその具体的な分類に関してまとめました。実際にはこれはあくまでも患者状態や時間軸といった要素を無視した前提に成り立っている理想的なモデルであることに注意が必要です。実際には時間をかけて輸液をするし、まずは血管内に入り、そこから間質液、細胞内液へ移動し平衡状態に達する時間の要素がることや、患者さんの状態(例えばE.coliによる腎盂腎炎で敗血症を呈している患者)により各浸透圧を規定する膜は変化するため輸液の分布は異なってきます。
あくまで理想的なモデルとして理解した上で、実際の患者さんの状態をみながらその都度考える姿勢が必要です。
3:体液量の評価と輸液製剤
■体液量の評価
私たちは良く日常臨床で「脱水」という言葉を使っていますが、ただ漠然と「脱水」という言葉を使うのではなく、体液のどのコンパートメントの水を喪失しているのか?をその都度考えることが必要です。つまり、血液を失っているのか?間質液を失っているのか?細胞内液を失っているのか?をきちんと考える必要があります。
これをきちんと区別するために
・細胞外液量喪失:Volume depletion
・細胞内液量喪失:dehydration
と区別して表現します。
では僕たちが実際体液量の評価をする際に指標としてる項目は、これらのどのコンパートメントと対応しているのでしょうか?一般的にVital sign、身体所見、検査結果から体液量の評価を私たちは行っています。
これらの指標とコンパートメントの対応関係を下にまとめました。
例えば「浮腫」は間質液が上昇している所見で、「尿量減少」は血液が低下している所見です。このように1つ1つの所見をばくぜんと体液量喪失とまとめてしまわずに、きちんとどのコンパートメント(血液・間質液・細胞内液)の体液量喪失なのか?をきちんと把握することがとても重要です。
■病態との対応関係
・「出血」の場合
この場合はコンパートメントのうち、「血液」から体液を喪失していることになります。
ここでは血管内にもっともとどまる膠質液を選択したくなりいますが、実際には膠質液と細胞外液は臨床的にはその効果はほとんと同じとされています。これはまた別でも紹介します。ただ輸液の場合でもできるだけ血管内にとどまる細胞外液を選択します。
・「下痢・嘔吐」の場合
下痢、嘔吐では体液のどのコンパートメントを喪失しているのでしょうか?これらは間質液に該当するので、間質液が減少します。
このように間質液を喪失しているため、輸液は細胞外液を選択します。
・高Na血症の場合
この場合は「細胞内液」を喪失しています。
このため、輸液治療は細胞内液に最も分布するNa濃度が低いもの、具体的には5%ブドウ糖液を選択します。
4:維持輸液について
今までは体の体液量が喪失している場合にどう輸液をするかをみてきました。ここでは、1日の活動に必要な維持輸液に関して説明します。そもそも維持輸液は腸管が使用できない状況での、体液量維持のために行うことが本来の目的です。食べられるのに維持輸液、入院するからとりあえず維持輸液といったとりあえずの輸液が多いことは問題です。本当にその維持輸液が必要なのか?ということをまずはじめに強調しておきます。
■水分量の決定
水分量は色々な計算式があります。体重(kg) x 30 (mL)という単純な計算式もありますし、それ以外にTEE(total energy expenditure)から計算する方法もあります。以下では後者のTEEからの輸液量を掲載します。実際にはこの量だとやや多い印象がありますので、厳密にこの量にするのではなく適宜調節が必要です。ただこの単純な方法の欠点はその人の腎機能を全く無視しているという前提があります。
この式を無尿の透析患者さんに当てはめるわけにはいきません。この場合は尿量に合わせた以下の式が有用です。
■Na量・K量
これも適宜の調節で絶対的なものはないですが、Na:1~2 mEq/Kg (=約100mEq/日)、K: 0.5~1 mEq/Kg(=約40mEq/日)程度です。
以上輸液に関してまとめさせていただきました。今まで武蔵野赤十字病院、旭中央病院、東京医科歯科大学病院でレクチャーさせていただいた内容をほぼそのまま載せております。疑問点などありましたらご連絡いただればと思います。