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学会での症例発表

論文化することが最も重要であることに間違いないですが、アウトプットする場として学会での症例発表は演者にとって非常に勉強になりますし、「どうすれば短時間で情報をまとめて、わかりやすく伝えることができるか?」という点を学ぶことができる良い機会だと私は思います。

特に内科専門医制度が変わり、専攻医の期間で学会発表を最低2回する必要があることから最近学会発表指導をする機会が増えているのでその過程で感じたことを書きます。私自身あまり偉そうな事を言える立場ではなく・・・、あくまで個人的な考えなのでご容赦ください。またあくまでも「症例報告」に限定した話なのでこちらもご了承頂けますと幸いです。

「自分が思っている以上にオーディエンスには内容が伝わらない」という意識を強く持つ

当たり前ですが発表する症例に関して発表する診療医はもちろん経過も十分把握しているし、病歴やデータを何度も見返していますが、オーディエンスはその症例のことを聞くことが初めてです。このため「どんなにわかりやすく伝えているつもりでも発表者の思っている50%もオーディエンスには伝わっていない」という意識を常にもって発表を作成するべきです。多くの場合発表を作成していると頭が過熱してきてこの点が抜け落ちます。

実際に私も学会で症例発表をオーディエンスとして真剣に聴いていても、全然わからないことがしばしばあります(私の理解力にも問題がありますが・・・)。またよく質問で「それは発表中に既に言ったじゃないか」というものがありますが、それは発表者が十分伝えられていないと捉えた方が良いです(もちろんオーディエンスに非がある場合もしばしばあることは事実ですが・・・)。

このようにオーディエンスが初めて知る症例を例えば6分という限られた時間でプレゼンするためには高度な技術が求められます。

このため予演会は必須です。自分では十分わかりやすく発表したつもりでも、実は情報過多であったり、ロジックがくねくねしており分かりづらかったりといった点は第三者に指摘されて始めて分かります。これは純粋に「オーディエンスとの情報の乖離」なので、どんなに演者の頭が良くとも解決できない側面があります。

症例発表はサマリーではない! 発表のメッセージに応じて「どの情報を提示するか?=どの情報を削るか?」を強く意識する

学会発表を始めて取り組む方がスライドを作る場合、ほとんどのケースで「情報量が多すぎる=無駄な情報が多い」という問題点が挙げられます。どうしてもただサマリーをそのまま写した様な発表になってしまうことが多く、不必要な情報と必要な情報が乱立して優先順位が明確ではなくメッセージ自体もぼけてしまうことが多いです。

学会での症例報告は伝えたいメッセージに必要ない情報は省いて、必要ある情報のみを提示すべきです。

例えば確かに既往歴は必ず記載しますが、白内障や20年前の虫垂炎の手術歴など本当に全て書く必要はあるのでしょうか?余分な情報が増えて分かりづらくなるだけではないでしょうか?確かに緑内障発作の可能性がある病歴であれば既往歴に白内障手術歴の有無は重要ですし(白内障手術をすると眼圧が下がるため緑内障発作が起こりづらい)、腸閉塞が疑われる病歴では虫垂炎手術歴は絶対に外すことができません。

ただ下肢麻痺から脊髄梗塞に至った症例などでこれらの既往歴を本当に記載すべきなのか?はよく考える必要があります。とりあえずルーチンで既往歴を全て記載すればよいという訳ではないです。余分な情報はただそこにあるのではなく、場所を取って集中力を削ぐため「純粋に害」であるという意識を持つ必要があります。とりあえず書いておけば良いのではないか?という人が多いのですがそれは間違いです。人の集中力は有限であり、大げさかもしれませんが発表スライドの文字が一つ一つオーディエンスの集中力を鎌で削ぎ落しているというイメージを持った方が良いです。不必要な情報は「ゼロ」ではなく「マイナス=害」です

逆に、〇〇の既往はないということは積極的に記載するべきです。例えば上記の症例であれば動脈硬化リスク因子の有無や大動脈瘤、解離の手術歴の有無などを記載するべきです。こうすることで伝えたい点が浮き立ってきます。このように症例や発表の目的に応じて陰性所見も書くことが重要です。

内服はついでに内服している睡眠薬など本当に全て記載する必要があるのか?、飲酒喫煙歴も必要なものでは記載するべきであり、家族歴も必ずしも記載する必要はないかもしれない。こうしたサマリーにはルーチンとして記載されているものが、今回の症例発表では本当に必要なのか?と考える作業が必要です。

つまり学会発表のスライドは症例のサマリーを作成している訳ではないということです。前述の通り限られた時間で適格にメッセージを届けるということは非常に難しいことであり、それにあたっては情報の優劣、取捨選択を適切に行う必要があります。考察までの症例提示のパートではこの情報の取捨選択を洗練することに尽力します

このことは学会発表の指導医側も意識して伝えないといけません。研修医の先生が「えっ前は採血検査結果全部書けっていわれて、今回は書かなくていいったけどなんで?」となり、ただ指導医の趣向に左右されたと感じてしまうとやる気がそがれてしまいますし、勉強になりません。本当にその情報はメッセージから逆算して必要なのか?を症例ごとに指導医と検討することが学会指導です。「私はこの情報を入れて、ここは意図的に省きました」と提示して、指導医が「確かにこの情報は入れてよいが、ここは省いてよいのではないか」といった具合に一緒に検討することが考えることと指導につながります。そうでないと「指導医の趣味趣向によって毎回指導が変わり、なんだか学会発表ってつらい・・・」という事態に陥ってしまいます。

この情報取捨選択の思考錯誤を通じて今後若手の先生が自分で発表資料を作るときに「考えながら」資料を作ることができるようになると私は思います(どう情報を取捨選択して、メッセージ性を際立たせるか)。ただテンプレートを使いまわすのではなくその都度考えることが重要です

検査結果の提示方法

診療時系列に沿ったプレゼンは自分には分かりやすいが、他人には分かりづらい

まず発表の目的により、情報の出す順番は変わります。ここでも繰り返しですがテンプレートを模倣すれば良い訳ではありません。

例えば診断を当てることが目的の会では、確かに情報を実際の診療時系列に沿って提示する必要があります。しかし、そうではない場合はメッセージに沿った情報の提示をするべきです。

今まで指導している経験上、実際に自分が診療した順番に沿ってスライドや抄録を作る先生が多いです。ただこうすると画像検査があっちこっちになったり、検査結果が行ったり来たりと初めてそのプレゼンを聴くオーディエンスには相当分かりづらくなります(例えばよく見るのですが、「第〇〇病日に△抗体陽性が判明」といった内容は抗体がいつ陽性判明しても関係ないのであれば記載するべきではないです)。このように「自分の診療時系列は自分にとっては分かりやすいけれど、他人には分かりづらい」ことを強く意識する必要があります。

誤解がないように繰り返しですが、時系列がメッセージ上重要なのであればそれでよいのですが、時系列がメッセージと関係ないのであれば分かりづらくなるのでそうすべきではないということです。

データをどの程度だすか?は発表の目的による

ここは今までと同じ議論です。例えば若年性脳梗塞で血管リスク因子がないことを伝える必要がある場合はLDLやHbA1cなどの値はきちんと提示する必要があります。

また数字も本当に値を細かく書く必要があるのか?は吟味が必要です。例えば髄節事にMMTが違うことを述べるためには各筋ごとのMMTの数字をきちんと記載すべきですが、遠位筋主体の筋力低下ということが言いたいことであれば下肢遠位筋MMT 2としても別に良い訳です。そんなに各筋のMMTを全て読むだけの時間はないし、そこに集中力と時間がとられてしまうとメッセージは伝わらないです。

ときどき「隠すといけないからデータは全部スライドに記載しなさい」というDrがいますが、私はナンセンスだと思います。確かに診断を当てるプレゼンではそれが良いかもしれませんが、6分間の症例発表ではただ情報量が増えて分かりづらくなるだけです。採血データのスライドは長くても30秒程度しか提示しないので、そこで細かい採血データまで全て頭に入れることは通常の人間には無理です。繰り返しですが、不必要な情報は「ゼロ」ではなく「マイナス=害」です

画像の提示方法について

まず条件をきちんと記入します。造影なのか?単純なのか?、MRIならシークエンスがFLAIR像なのか?DWIなのか?をきちんと左上などに記載します。

左右を記入した方が良いというDrもいれば、する必要はないというDrもいらっしゃいます。ここは私はどちらでも良いと思います。左右や前後のオリエンテーションがわかりづらい画像の時だけ記載すればよいというのが私の意見で、ここでも形式の問題ではなくその都度考えるのが良いと思います。

重要なのは①伝えたい部分を拡大し、②その他関係ない部位を徹底的に省くことです。例えば脊髄の画像を提示するのに、周囲の軟部組織や全然関係ない椎体高位が沢山映っている場合があります。これだと余計な情報が多くて伝えたい画像にフォーカスがあたりづらいです。例えば椎体高位C5/6脊髄の議論をしたいのであれば脊髄のところだけを切り取ってしっかり見やすく拡大して提示すべきです。私たちは学会発表で放射線読影医になって、軟部組織の異常陰影をチェックしている訳ではありません。

繰り返しですが不必要な情報は「ゼロ」ではなく「マイナス=害」です

また画像では必ず撮影/撮像条件(例えばDWIとかT1強調像など)を書き、病変部位をアノテーション(矢印や矢頭)で図示します。

避けるべき日本語表現

とにかく日本語表現をシンプルにすべきです。助詞1つとってもこだわるべきと思います。私が指導していてほぼ毎回赤ペンを入れる日本語表現を紹介します。

受動態

・抄録や学会指導でほぼ全員に「受動態を使いすぎ」と指導しています。そのくらい受動態が多すぎます。
・受動態を多用すると表現が回りくどく文章がシンプルでなくなります。受動態の多用は自分に自信がないことを反映しています(副詞の多用と同じです)。
・例:・・と診断された。⇒・・・と診断した。

謙譲語・尊敬語

・不要です。

なりました

・これも受動態と同じで自信がないため、少しでも婉曲的に表現したいという思いがにじみでた表現です。冷静に日本語としてよくわからないので避けるべきです。
・例:・・・と診断となりました。⇒・・・と診断しました。

逆接ではない助詞「が」

・指導していて、逆接のつもりではないのに「が」で文章をつないでいる例がとても多いです。
・例:無菌性髄膜炎の原因は多岐にわたります「が」、 ウイルス性髄膜炎は1-2週間程度で単相性の経過をたどり軽快し、後方視的に診断します。
⇒一見違和感ないかもしれないですが、「が」が担っている意味がないです。

*またこれは私の意見なのですが、程度が甚だしいときの表現としてよく「著明な」といわれますが、「顕著な」が適切な表現と思います。「著明」は人物が有名である場合使用する表現で、「著明な高値」という表現はかなり違和感があります。是非ご意見いただけますと幸いです。

その他の注意すべき表現集

・失調評価の正しい表現は「拙劣(せつれつ)」です。「稚拙(ちせつ)」ではありません。

・これはプレゼンでもそうなのですが、ASTやALTの上昇は「肝機能上昇」ではないです。正確には「肝逸脱酵素上昇」または「トランスアミナーゼ上昇」です。例えばChild-Pugh分類の肝機能評価にASTとALTは含まれていません、肝硬変が進行するとASTとALTは下がります。このようにAST, ALTは肝機能を反映していません。またCK上昇でもAST、ALTは上昇します。このように肝臓が必ずしも原因とは限りません。このためASTやALTの上昇を「肝機能上昇」と表現することは二重の意味で間違っています。現象は現象としてそのまま記載(またはプレゼン)するべきであり、解釈を加えるステップと混同してはいけません。

・CT,レントゲンは「撮影」、MRIは「撮像」、CTで白いのは「高吸収」、MRIで白いのは「高信号」です。
・レントゲンで肺の評価は「上肺野・下肺野」です。CTであれば上葉や下葉などと表現できます。

スライド

スライドの枚数に関しては色々と好みがあるかと思います。私個人の意見としては表紙と結語のスライドを除いて、「発表時間(分)×2」枚程度が良いと思います。例えば6分間の症例発表であれば、6×2=12枚程度(表紙と結語のスライドを除いて)が目安です。今まで指導している傾向では20枚などスライド枚数が多くなりすぎる傾向があります。

スライドが多すぎると本当に一瞬しか提示されないスライドがでてきて追いつけません。ある程度1枚のスライドに情報をまとめることは重要で、検査結果がスライド何枚にもわたると情報に追いつくのがかなり大変で、相当わかりづらいです。