- 1 疫学
- 2 機序
- 3 リスク因子
- 4 患者背景ごとの考慮する点
- 5 AHA/ASAのscientific statement “Perioperative Neurological Evaluation and Management to Lower the Risk of Acute Stroke in Patients Undergoing Noncardiac, Nonneurological Surgery A Scientific Statement From the American Heart Association/American Stroke Association” Circulation. 2021;143:e923–e946.
- 6 臨床試験
疫学
「非心臓+非中枢神経」外科手術の周術期脳卒中発症リスク 0.1-1.0%と報告
・脳卒中の内訳はほとんどが虚血性(出血性<5%)
周術期の無症候性脳梗塞 covert stroke
・全体の7%に認める “NeuroVISION” Lancet 2019; 394: 1022–29
・認知機能低下/1年 adjusted OR=1.98 (absolute risk increase=13% あり42%vsなし29% )
・周術期せん妄 HR 2.24
・脳卒中またはTIA発症/1年間 HR4.13
・65歳以上の非心臓手術患者の「前向き」コホート研究(n=1114)患者背景73歳、手術内訳(整形外科41%, 泌尿器産婦人科 24%, 一般 23%, 血管手術 4%)、麻酔内訳(全身 59%, 脊椎麻酔 40%、神経ブロック10%, 局所麻酔 10%)”NeuroVISION” Lancet 2019; 394: 1022–29
*参考:covert stroke: CEA-17%, CAS or 心臓手術 30-50%
機序
・想定される機序:灌流低下(背景に大血管狭窄がある),貧血による組織低酸素、塞栓、脂肪塞栓、炎症による凝固能亢進、血管内皮障害、抗血栓薬中止など
*基礎:発症3か月以内は脳のautoregulationが障害されている Stroke.2010;41(11):2697-2704.
→手術期の血圧やvolume statusの変動により脳梗塞が生じやすい可能性
・心臓手術の場合:約2/3は塞栓機序
・非心臓手術の場合:機序ははっきりしない,術後<24hr発症 約50%, 術後<72hr発症 93%

手術中低血圧との関係
・上記の通り必ずしも低灌流が脳梗塞の主原因ではない
・手術中低血圧は定義がばらばらでsystematic reviewでは5-99%と報告(SBP<80mmHg 41%, ΔSBP>20% 93%)Anesthesiology 2007; 107:213–20
・術中低血圧 MAP<70mmHgは相関なし Anesth Analg. 2016;123:933-9.
・術中低血圧 MAP<55mmHg, ΔMAP≧30%は相関なしAnesth Analg 2021;133:1000–8.
・術中低血圧との相関関係も因果関係もはっきりしない
リスク因子
術前 | 術中 | 術後 |
70歳以上・女性 既往:高血圧、糖尿病、Cre>2mg/dL, 喫煙、COPD、PAD、心疾患、EF<40% 脳梗塞またはTIAの既往 頸動脈狭窄 上行大動脈のアテローム病変 抗血栓薬中止 | 外科手術の方法 全身麻酔 or 局所麻酔 手術時間・心臓手術 大動脈アテローム病変の操作 不整脈・低血圧・高血圧・高血糖 | 心不全・EF低下・心筋梗塞 心房細動 脱水・出血 高血糖 |
術式 | リスク (%) |
一般外科手術 | 0.08-0.7 |
末梢血管手術 | 0.8-3.0 |
頭頚部腫瘍切除 | 4.8 |
CEA(内頚動脈内膜剥離術) | 5.5-6.1 |
CABG | 1.4-3.8 |
CABG+弁置換 | 7.4 |
弁置換 | 4.8-8.8 |
複数弁置換 | 9.7 |
大動脈置換 | 8.7 |
N Engl J Med 2007;356:706-13.
患者背景ごとの考慮する点
脳動脈瘤
周術期にSAH ruptureのリスクは増加しない
“Perioperative rupture risk of unruptured intracranial aneurysms in cardiovascular surgery” Brain 2019: 142; 1408–1415.
・4864例の手術(心臓血管外科)のうち7.26%が脳動脈瘤を有しており, 345例がunruptured intracranial aneurysmを有したまま手術。術後30日でのSAH発症 0.29%(1例のみ)であり、general populationと有意差なし。
頭蓋内血管狭窄
・手術と関係なく1年間は15%脳卒中発症リスク N Engl J Med 2005;352:1305-16.
38例の頭蓋内血管狭窄(椎骨または脳底動脈)の周術期(心臓含む)脳卒中リスクは6% Stroke. 2003;34:2659–2663.
・周術期に予防的にステントすることのエビデンスはない(そもそも頭蓋内血管狭窄に対するステント術の有用性は確立していない)
内頚動脈狭窄(頭蓋外)
A(有症候性):発症6か月以内の>70%症候性狭窄はCEA適応(予定手術前に実施するべき)
B(無症候性):分かっていない
PFO
・術前PFO指摘(全体の1.0% n=1540)は周術期脳梗塞(手術≦30日)のリスクになる OR=2.66(95% CI, 1.96-3.63) adjusted absolute risk difference 0.4% “Association of Preoperatively Diagnosed Patent Foramen Ovale With Perioperative Ischemic Stroke” JAMA. 2018;319(5):452-462.
AHA/ASAのscientific statement “Perioperative Neurological Evaluation and Management to Lower the Risk of Acute Stroke in Patients Undergoing Noncardiac, Nonneurological Surgery A Scientific Statement From the American Heart Association/American Stroke Association” Circulation. 2021;143:e923–e946.
・脳卒中発症後最低でも6か月後、出来れば9か月後に手術を実施することが望ましい(特に以下のJAMA. 2014;312(3):269-277.データを受けての推奨であり後述の2022年のデータは反映されていない)
⇒原文 “If history of stroke exists, consider delaying elective surgery at least 6 mo and preferably 9 mo from time of incident stroke.”
・直近6か月以内の内頚動脈狭窄(>70%)由来の症候性脳梗塞またはTIAでは、予定手術前にCEAまたはCASを実施するべき
臨床試験
“Association of Time Elapsed Since Ischemic Stroke With Risk of Recurrent Stroke in Older Patients Undergoing Elective Nonneurologic, Noncardiac Surgery” JAMA Surg. 2022;157(8):e222236. doi:10.1001/jamasurg.2022.2236
まとめ:「急性期脳梗塞発症タイミング」と「外科手術のタイミング」の期間により周術期(非心臓、非中枢神経手術)脳梗塞発症リスクがどう変化するか?を66歳以上患者で検討した後ろ向きコホート研究
結果
・30日以内脳卒中発症:脳卒中既往なし 0.3%, 脳卒中既往あり 2.6%
・30日死亡:0.8% vs 2.4%
・介護施設退院:24.7% vs 36.9%
周術期脳梗塞発症のリスク
・脳卒中発症30日以内:aOR=8.02
・発症31-60日:aOR=6.25
・発症61-90日:aOR=5.01
・発症91-180日:aOR=5.83
・発症181-360日:aOR=4.76 P < .001
*ざっくりまとめると:脳卒中発症30日以内の予定外科手術では、脳梗塞約8倍、全死亡約2.5倍、介護施設退院約3倍
・発症90日以上では変化なし(約5倍のまま推移する)
・現状上記のAHA/ASAのscientific statementでは最低6か月以上経過してからの手術を推奨しているが、今回のコホート研究の結果からだとconservativeすぎるかもしれない(3か月で充分かもしれない)
考察
・なぜJAMA. 2014;312(3):269-277.と結果が異なるのか?患者背景が今回は66歳以上と高齢者に限定している(JAMA 2014の臨床試験は20歳以上を含んでいる)。ただなぜ高齢者の方が脳卒中リスクが早期にleveled offになったのかは分からない。
Limitation
・そもそも重度の脳卒中患者は手術を控えた可能性がある⇒全体として低リスク患者を反映している可能性
・手術との因果関係:約50%は手術から7日以内に脳梗塞を発症しているため因果関係はあると考えられる
・Survivorship biasの可能性:12か月生存したということはそれだけ全身状態が良いことを反映している可能性がある(つまり脳梗塞を発症しづらい)
・対象患者:66歳以上を対象としており若年には適応できない
・抗血栓薬の管理に関しては検討できていない

脳梗塞後の「非」心臓手術の脳梗塞発症リスク JAMA. 2014;312(3):269-277.
デンマークの後ろ向きコホート研究(n=481183)
30日以内脳梗塞発症 | Odds ratio | |
脳梗塞既往なし | 0.078% | 1 |
既往あり(タイミング問わず) | 2.94% | 16.24 |
脳梗塞発症<3か月 | 11.95% | 67.60 |
脳梗塞発症3-6か月 | 4.48% | 24.02 |
脳梗塞発症6-12か月 | 1.78% | 10.39 |
脳梗塞発症>12か月 | 1.42% | 8.17 |

まとめ
・脳梗塞発症後からの時間経過によりリスクが異なる
・発症<3か月は特に脳梗塞発症リスクが高い
・発症9か月以降はリスク変化なし
・推奨(非心臓手術):9か月待つことが望ましい(最低6か月)
項目 | 解説 | |
脳梗塞発症 | 0.1-1.0% | |
手術によるリスクの上昇 | あり | |
リスク因子 | 患者背景 | 高齢・女性・脳梗塞/TIA既往・糖尿病・腎不全など |
術式 | 心臓手術(大動脈、CABG、弁置換など)など | |
麻酔方法・薬 | 確立なし(リスクとなる薬も不明) | |
周術期管理 注意点 | 手術前 | 直近の脳梗塞発症のタイミング(最低3~6か月以降) 抗血栓薬の適切な中断 |
手術中 | MAP>70mmHg (因果関係証明されていない) | |
手術後 | 抗血栓薬の適切な早期再開 |