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メイロン®を投与するべきなのか?

「メイロン®(NaHCO3)を投与するべきなのか?」はずっと議論があります。ここでは臨床試験ではなく生理学的議論に関してまとめていきます。

電離定数からの議論:The ICU book(Marino)の記載

The ICU bookの記載をざっくりまとめると「そもそも重炭酸の電離定数pK=6.1だから、pH=6.1前後で最も有効な緩衝剤になる。すると通常acidemiaの例えばpH=7.2の状況で重炭酸を使ってもきちんと電離しないのだから意味がないのではないか?」という議論を展開しています。

重炭酸系はなぜ緩衝系で重要なのか?

細胞外液は通常pH=7.4で、酸塩基平衡のバランスをまず緩衝系により調整します。この緩衝系として最も重要なのが重炭酸系です。先ほどのICU bookの記載に則ると、pH=6.1±1前後でしか意味がないのであれば、重炭酸系はそもそも生理的な緩衝系を担えないのではないか?という疑問が生じます。

しかし、以下の式を考えます。

H + HCO3 →H2CO3→H2O+CO2 (CO2は気相へ)

ここでは重炭酸系は化学平衡が一方向性になる(CO2が気相へ抜けるため:上式で右向きになる)ため(ル・シャトリエの原理)、例え重炭酸の電離定数が血液のpHから離れているとしても効率の良い緩衝系になる(CO2としては酸を効率的に体内からはける)ということです。この理屈ではICU bookの電離定数の議論だけでは成立しないことになります。またこうするとメイロン®の投与は代謝性アシドーシスの補正において一見意義があるように思います。

では上式が一方向性(右向き)にならず、左向きになってしまう状況は何か?が次の問題です。
CO2は①組織から静脈を経由して肺に届き、②肺から換気により空気中に放出されます(下図)。つまりこの①静脈循環②換気が障害されていると効率的にCO2がはけないので、上式の右向き矢印が停滞してしまい、左向きになってしまう訳です。

静脈還流と換気が保たれているか?

上記①静脈還流と②換気が保たれている状況では上式は右向き一方向になるので、NaHCO3を投与してHCO3-がバッファーとして機能します(つまり代謝性アシドーシスを改善します)。

しかし、①静脈還流、②換気が保たれていない状況ではCO2が多く上式は左向きにもなるので、NaHCO3を投与すると逆に細胞内でH+が増加してしまいかねません。この状況が重炭酸投与による逆説性細胞内アシドーシス(intracellular acidosis)です。

今までの議論をまとめると下図です。H+やHCO3-は細胞膜を自由に通過できないですが、CO2は自由に通過することができます。通常はCO2がはけるので細胞内のCO2は細胞外へ移動していく方向に平衡関係が傾いています。こうして細胞内のH+は代謝されていきます。
しかし、例えば換気が不十分な状況ではHCO3-を投与するとCO2になりますが換気不全では細胞外CO2濃度が高いままであるため、細胞内へCO2が逆流します。こうして細胞内でH+を産生してしまうことになり逆説的細胞内アシドーシスを生じます。

つまりメイロン®は①静脈還流と②換気の2点が保たれている状況で投与して初めて意味があるということです。pHの値のみで判断するのではなく、こうした全身状態を加味してメイロン投与は考慮する必要があります。

HCO3-喪失の問題か?(AG開大代謝性アシドーシス) or H+増加の問題か?(AG正常代謝性アシドーシス)

イオンのバランスを考えると大きく3つの要素①産生または流入、②貯蔵(プール)、③排出に分けられます。

Na+について考えると体内に約6000mEq存在しており、そこに体外から加わるのは100mEq程度と体内のプールに比して少ないです。つまり②貯蔵(プール)が圧倒的に多い訳です。

しかしH+濃度は体内では0.01mEq程度しか存在せず、②貯蔵(プール)はごく少量であり、H+濃度は①または③に依存することが分かります。pHは対数(log)で表現することからわかるように、ものすごくダイナミックに濃度が変化します(pH=7.4でH+濃度は40nmol/LからpH=7.2になると63nmol/L, pH=7.0になると100nmol/Lになります)。HCO3-による緩衝系は上記の②貯蔵(プール)を調整する働きがあります。

buffer poolのHCO3-を喪失する病態(AG正常代謝性アシドーシス)では②の問題なのでHCO3-を補充することに意義があります。しかしH+が新規に産生される病態(AG開大代謝性アシドーシス)ではH+の流入(①)が多すぎて②でのbufferで対処しきれないためbuffer poolの問題ではないということです。つまりHCO3-を補充してもあまり意味がないという訳です。

まとめ:メイロン®は有用か?

ポイント1:①静脈還流と②換気の2点が保たれている
ポイント2:AG正常代謝性アシドーシスのbuffer poolの問題か?

メイロン®が有用である2つのポイントは上記。