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「ダンス・ダンス・ダンス」 著:村上春樹

突然ですが、人生で最も大切な本を1冊挙げる場合皆様はどの本を挙げるでしょうか?私の場合それは大学生の時に初めて読んだ「ダンス・ダンス・ダンス」(著:村上春樹)です。事あるたびに自分の背中を押し続けてくれた本で、1年に1回は必ず読むようにしている大切な本です。佐々木マキさんの表紙の絵も素晴らしいです。

この本のあらすじをざっくり説明すると、フリーランスのライター(男性・主人公=僕)が、過去に出会った人物(キキ)にまた会うために「いるかホテル」というあるホテルを訪れるところから始まります。ただそこに元のいるかホテルはなく、その跡地に建てられた新しいホテルから新しい物語が展開していきます。その過程で主人公の僕は眼鏡が似合うホテルの受付の人(ユミヨシさん)、とある新進気鋭な写真家の娘(ユキ)、中学で同級生であった何でもスマートにこなす俳優(五反田くん)、そして「羊男」という羊皮を被った不思議な男に出会います。この過程で様々な喪失を経験し、同時に日常と非日常の汽水域をさまよい、複雑な足取りを経て物語が進んでいきます。

このようにあらすじを書くと全然面白くなさそうに感じるかもしれませんが(これは私の要約力の問題です)、私は大学生の時に読んでこんな小説があるのかと衝撃を受けました(表現が難しいのですが救われる感覚がありました)。物事を一般化したい訳ではないのですが、村上春樹の小説では物語が進む過程で日常と非日常が極めて近接して境界があいまいになり、日常と非日常の汽水域で根源的なテーマに降りていくことが多いです。村上春樹がなぜ天才的な作家なのかという点に関しては多数の要素が挙げられると思いますが、個人的にはこの日常と非日常の境界線を魔法をかけるかのように消し去っていく文章の美しさにあると思います。

最後に私の大好きな文章を紹介させていただきます。以下本文より引用(講談社文庫 p182-p183)

「でもそれだけじゃ足りない。あんたも出来るだけのことをやらなきゃいけない。じっと座ってものを考えているだけじゃ駄目なんだ。そんなことしたって何処にもいけないんだ。わかるかい?」
「わかるよ」と僕は言った。
「それで僕はいったいどうすればいいんだろう?」

「踊るんだよ」と羊男は言った。
「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい?踊るんだ。踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。あんたとのつながりはもう何もなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ。そうするとあんたはこっちの世界の中だけでしか生きていけなくなってしまう。どんどんこっちの世界に引き込まれてしまうんだ。だから足を停めちゃいけない。どんだけ馬鹿馬鹿しく思えても、そんなこと気にしちゃいけない。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない。あんたはたしかに疲れている。疲れて脅えている。誰にでもそういう時がある。何もかもが間違っているように感じられるんだ。だから足が停まってしまう。」

僕は目を上げて、また壁の上の影をしばらく見つめた。

「でも踊るしかないんだよ」と羊男は続けた。
「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽の続く限り。」

皆様も是非大好きな本をコメント欄で教えてください。