元々はaHUS/PNHに対して使用されていましたが、神経内科領域では重症筋無力症、視神経脊髄炎関連疾患で抗補体モノクローナル抗体のeculizumab(商品名:ソリリス)が投与される機会が近年増えてきています(ギランバレー症候群は現在治験中)。しかし、Eculizumab投与中髄膜炎菌感染症は1000-2000倍増加するとされており、髄膜炎菌感染症は致死的なため医療従事者は十分注意する必要があります。ここで勉強した内容に関してまとめます。
髄膜炎菌感染症の治療
第1選択:セフトリアキソン(CTRX) 2g q12hr
Eculizumab投与中の患者さんが発熱して医療機関を受診した場合はすぐに血液培養2セット提出の上でセフトリアキソン2g投与するべきです。
髄膜炎菌ワクチン
■4価髄膜炎菌結合ワクチン MenACWY
効果:髄膜炎菌(血清型A, C, Y, W-135)に対する予防 *B型や血清型不明例に対しては効果なし
商品名:メナクトラ
投与方法:0.5mL 筋注
注意が必要な点はアメリカからの報告ではEculizumab投与中患者さんで髄膜炎菌ワクチン投与済みにも関わらず髄膜炎菌感染症を発症した症例が報告されている点です。このようにワクチンを接種すればすべてが解決するわけではありません。MenACWYはあくまで血清型特異的な莢膜多糖体をターゲットとしており、血清型不明例に対しては効果が期待できません。アメリカで報告されたEculizumab投与中の髄膜炎菌感染症16例のうち11例は血清型不明例であり(下図参照)、MenACWYの予防効果が不十分であることがうかがえます。
米国予防接種諮問委員会(ACIP: Advisory Committee on Immunization Practices)では4価髄膜炎菌結合ワクチンに加えてB型髄膜炎菌ワクチンの投与が推奨されていますが(https://www.cdc.gov/vaccines/hcp/acip-recs/vacc-specific/mening.html)、日本に後者のワクチンは存在しないため、現状はEculizumab投与前に4価髄膜炎菌結合ワクチンを接種します。Eculizumabの製薬会社からはEculizumab投与の2週間より前に接種するように推奨しています(免疫抑制者の場合は追加接種も推奨)。
Eculizumab投与中に予防的抗菌薬投与を行うべきか?
そもそも「Eculizumab投与中に予防的抗菌薬内服を行うべきかどうか?」に関しては、予防的抗菌薬投与によりどの程度髄膜炎菌感染症を防ぐことが出来るかに関して検討した臨床試験のデータはなく、エビデンスが確立していません。そのような限定的な前提のもとで、以下では「もしも予防的抗菌薬内服を行うとしたらどの抗菌薬を選択するべきか?」に関して検討します。
一般的に髄膜炎菌は「暴露後予防」が必要な菌(飛沫感染)ですが、これは無症候性のキャリアーの状態(つまり感染しているが発症していない状態)で菌を殺すことを目的としており、具体的な抗菌薬の推奨(リファンピシン600mg1日2回 2日間投与、セフトリアキソン250mg筋注、シプロフロキサシン500mg1回投与、アジスロマイシン500mg1回投与)も存在します(この点に関しては大量の臨床試験が存在します)。しかし、Eculizumab投与中の予防的抗菌薬投与は無症候性のキャリアの状態で菌を殺すことを目的にしている訳ではないため、暴露後抗菌薬投与の抗菌薬レジメンをそのまま適応すればよいことにはならないと思います。
このため現状臨床試験のデータからある特定の抗菌薬を推奨することは困難ですが、キノロン系は重症筋無力症に関して増悪の可能性がありうること、また長期投与による耐性化、副作用の問題から積極的には推奨されないと思います。
イギリスからの報告ではEculizumab投与中はペニシリン系抗菌薬(ここではペニシリンVが推奨されていますが、日本で対応する経口抗菌薬はアモキシシリンになるかと思います)投与が推奨されています(”Patients are also strongly advised to take daily prophylactic antibiotics, either penicillin V 500mg twice daily (or erythromycin 500mg twice daily if allergic to penicillin).” 引用:https://www.pnhleeds.co.uk/professionals/meningococcal-infection-and-eculizumab-complement-inhibitors/)。
(処方例)アモキシシリン1500mg/日 (サワシリン250mg 6錠分3)
そもそも本当に予防的抗菌薬が必要かどうかまだデータが十分ではない点と、この抗菌薬選択はあくまで本記事の管理人からの提言であり、製薬会社や学会からのstatementではない点を改めて強調しておきます。抗菌薬感受性に関しては本記事の下にも記載があるためご参照ください
発熱時に手持ちの経口抗菌薬を内服するべきかどうか?
Eculizumab投与中の患者さんが発熱した場合、最も重要なことはすぐに医療機関を受診してもらうことです。しかし、どうしてもすぐに受診できない場合などに抗菌薬を内服してもらうことが良いかどうか?に関しての臨床試験のデータはありません。
イギリスの公衆衛生機関はシプロフロキサシンを手持ちの抗菌薬として持って置き、発熱時に内服することに関して推奨しています(引用元:https://www.pnhleeds.co.uk/professionals/meningococcal-infection-and-eculizumab-complement-inhibitors/)
“At the end of 2019 it was agreed by the PNH National Service with advice from the UK Meningitis Reference Center to add ‘Rescue’ antibiotics. All patients on eculizumab / complement inhibitor will keep 2 doses of a second antibiotic of ciprofloxacin 500mg as a back-up. This should be taken if feeling unwell, e.g. having a raised temperature (above 38c), and if there is a delay in receiving medical care / advice. This should not replace contacting a healthcare professional for advice and assessment.“ *太字は原文のまま。
製薬会社からの文章でも手持ちのキノロン系抗菌薬に関して言及があります(引用元:https://www.neurology-jp.org/news/pdf/news_20180109_01_04.pdf)。
しかし、先ほども少しだけ触れましたがキノロン系抗菌薬は重症筋無力症増悪の可能性があるため、重症筋無力症に対してEculizmabを使用する場合はキノロン系は避けた方が無難と思います(重症筋無力症以外の適応であれば問題ないと思います)。日本神経学会のホームページでは「重症筋無力症では、MG症状を増悪させる可能性のある薬剤があり、キノロン系抗菌薬は「慎重投与」となっていることから、患者に内服薬を手持ちとさせる場合には第3世代セフェム系抗菌薬(経口)など他の抗菌薬を考慮してください。」という記載になっています(引用元:https://www.neurology-jp.org/news/news_20180109_01.html)。
しかし、第3世代セフェム系抗菌薬はbioavailabilityが極めて低いため使用するべきではなく、感受性が良い点と合わせてやはり重症筋無力症に対して内服で行うのであれば日本ではアモキシシリンが良いのではないかと個人的には思います(あくまで本ホームページ管理人個人の見解であり、製薬会社や学会からのstatementではない点を改めて強調しておきます)。抗菌薬感受性に関しては本記事の下にも記載があるためご参照ください
またここも強調されている点ですが、最も重要なことはすぐに医療機関に相談/受診することです。内服抗菌薬を持たせることで問題が解決するわけではないですし、受診を遅らせてよいことになる訳ではありません。
*抗菌薬感受性に関しての参考資料:下図はアメリカで2008-2016年Eculizumab投与中(aHUS/PNH患者)発症した髄膜炎菌感染16例での抗菌薬感受性一覧です。セフトリアキソンは全例Susceptibleで、アモキシシリンもResistanceはありません。シプロフロキサシンは1例Resistanceが指摘されています。
最後に改めて強調しますが、予防的抗菌薬を行ったから満足ではなく、「体調が悪いときにすぐに医療機関を受診できるような体制を構築しておく」ことが最も重要です(例えば一人暮らしの方の場合は少しの体調の変化でも医療機関に相談する、家族と一緒に生活して家族にもこのことを周知してもらうなど)。製薬会社からは患者安全カードというものも提供があります。
本記事は感染症M先生にもご意見を伺い書かせていただきました。M先生お忙しいところご教授たいへんありがとうございました。
参考文献
・MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2017 Jul 14;66(27):734-737. Eculizumab投与中の髄膜炎菌感染症発症に関する最も重要なデータと思います。
・Mandellの教科書