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視空間認知

視空間認知障害の分類

1:背背側経路 “How”:意識に上らない行為 「視覚性運動失調」、「把握の障害」
2:腹背側経路 “Where”:対象物の位置、座標 「半側空間無視」、「視覚性注意障害」
3:腹側経路 “What”:対象物の形 「視覚性失認」(物体・相貌・街並)、「大脳性色覚障害」

1:背背側経路の障害 “How”

■視覚性運動失調
分類
1. optische Ataxie:中心視野の対象物を捕えることができない(本人気づきやすい)
・病巣:両側後頭頭頂葉の障
2. Ataxie optique:周辺視野の対象を手で捕らえることができない(本人気づきにくい)
・病巣:右頭頂葉の場合→左視野に両手の障害、左頭頂葉の場合→右視野に右手の障害

診察方法:対象物を提示してそれを手でつかんでもらう
*前者は対象物を注視しながらやってもらい、後者は検者を注視してもらい周辺視野に提示して見えることを確認した上で行う

*Balint症候群
・臨床像:視覚性運動失調・視覚性注意障害・精神性注視麻痺
・病巣:両側後頭頭頂葉 原因:変性疾患(アルツハイマー型認知症)、低酸素脳症など

2:腹背側経路の障害 “Where”

■半側空間無視
・病態:一側の空間に注意が向かない(通常「病識はない」
→視覚、体性感覚、聴覚など感覚の種類を超えて左側にある対象を意識できなくなる(例:左側から話かけると全く応じない→もしくは右側をさがす、移動するときに左側にぶつかるなど)
・また半側空間無視は”0″か”100″か?(白か黒か?)の議論ではなく、障害の種類、程度はさまざまであり、障害の程度には差があるため繰り返しの診察で確認できる場合もある
・また見えている左全体を無視するタイプ(主体性半側空間無視: body-centered)と、全体は問題ないが対象物に限定して対象物の左側を無視するタイプ(対象依存性半側空間無視: stimulus-centered)に分ける議論がある(Neurology 2001;57:2064)

*参考:半盲(hemianopia)との違い
頭の向く方向の違い:半盲の場合は見えない側に頭部を向けることで視野で可能なかぎり世界の全体を見渡そうとする(つまり「病識はある」)。しかし、半側空間無視ではそもそもその人の中に一側の世界が存在しないため(これは私達が通常生活している世界観からはなかなか想像しにくい)、反対側に頭を向けるようになる(自分の世界のなかで真ん中を向こうとする)
病識の有無:半側空間無視は病識がなく、半盲は病識がある
他のmodalityの障害があるか?:半側空間無視では視野以外にも例えば体性感覚の消去現象を伴う場合があるが、半盲は視野に限定した障害なのでそれらは認めない
・半盲と半側空間無視は共存する場合もあり、この場合は評価がやや難しくなる


・無視の種類
1:自分の左を無視する(egocentric neglect)
2:対象の左を無視する(allocentric neglect)
・解剖部位:一対一対応の関係にない(右下頭頂小葉が多いが、その他の領域の障害でも生じる場合がある) 
・右大脳半球は左>右の空間認知を行い、左大脳半球は右のみの空間認知を行う。つまり、左の空間認知を担っているのは右大脳半球のみなので、一般的に右大脳半球障害による左半側空間無視が多い(下図参照)。


(下図は自験例の頭部MRI拡散強調画像:右下頭頂小葉の急性期脳梗塞で左半側空間無視を呈した症例*麻痺などなし  病歴:車の運転中に左の柵に車を何度もぶつけてしまい近くにいた人が通報)


・検査:線分抹消試験、模写試験、描画試験

■視覚性注意障害
病態:視野は保たれるが一度に限られた数の対象しか見ることができない・病識を有する
診察方法:色々な記号が書かれた紙や色々書かれた絵などを見てもらい、何が描かれているか?を尋ねて確認する

3:腹側経路の障害 “What”

■視覚性失認 visual agnosia
分類1:視覚情報処理のどの段階で障害されているか?による分類 *模写が可能かどうかで分類する
知覚型(統覚型) aperceptive type 模写×出来ない(パーツ、部分がわからない) 原因:一酸化炭素中毒・低酸素脳症くらいしか報告なし
統合型 integrative type 模写△可能であるがゆっくり(部分と全体とを関係づけることができない)
連合型 associative type 模写○可能(形はわかるが意味がわからない) *意味記憶の障害でないことの証明→前提条件:元々よく知っている対象物である+他の知覚で認識されるかどうか?
解剖部位:左紡錘状回

分類2:認識できない対象物による分類
*知覚型は対象物による差を生じることはないが、統合型と連合型は対象物による差を生じる

(0)物体:視覚性物体失認

(a)対象が顔の場合:相貌失認
解剖部位:右紡錘状回
病態:知っている人の顔をみて「誰か?」だ分からない・声や服装、歩き方などでは認識可能
前提条件:知っている人+その他の知覚で判断可能

(b)対象が風景の場合:街並失認
解剖部位:右海馬傍回~舌状回
病態:風景、建物、屋内部位をみてもどこか分からない

(c)対象が文字の場合:失認性失読

純粋失読(pure alexia)
病態:言語には音と文字の要素があるが、前者は保たれ、後者の理解のみが選択的に障害される病態
*日本語では漢字とひらがな両方とも障害される場合が多い
*他の知覚では認識可能(視覚性失認の要素):なぞり読み(字を指でなぞる)〇・手掌に書く〇・文字を書く手の動き(空書)〇
*逐字読み(letter-by-letter reading):単語を構成する文字を1字ずつゆっくり読んで最後にやっと意味がわかる
*文字数効果(word-length effect):文字数が多くなるほど時間がかかり、間違いが多くなる
解剖部位:紡錘状回・海馬傍回など
前提条件:失語ではない(会話で確認)・失書でもない(→確認するためには「自分で書いた文字が読めるか?」を確認)

視空間認知の検査

・標準高次視知覚検査(VPTA)
・BIT行動性無視検査
・Rey-Osterrieth複雑図形(ROCF)

対象物による分類

・物:失認(agnosia) (例)物体、人物、身体、地理
・言語:失語(aphasia)
・空間:空間無視(spatial neglect)

*参考:失認(agnosia)と無視(neglect)の違い
・失認(agnosia):特定の感覚での認知が障害されている状態(その他の感覚様式により代償して認知することが出来る) (例)りんごを見て「りんご」とわからないが、食べると「りんご」とわかる(視覚ではわからないが、その他の感覚では認知することができる)
・無視(neglect):ある特定の感覚でしか認知できない対象の場合に使用する表現 *空間はそもそも1つしか関与していないため、失認という表現をしない

参考
・第62回日本神経学会学術大会(2021年5月)東山雄一先生「神経心理学をカジる人のために」:今回の神経学会のレクチャーの中で個人的に最も素晴らしいレクチャーで多くを引用させていただきました。