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「ゲンロン戦記」 著:東浩紀さん

著者の東浩紀さんは私(管理人)の出身高校の大先輩にあたる方で、哲学からサブカルチャー、政治まで幅広い分野の論客として活躍されており、著作も沢山ありますが私自身がなかなかそれらのジャンルに馴染みがなく、あまり著作を読むことができていませんでした。そんな著者の作品で「ゲンロン戦記」が読みやすく昨今話題になっているとのことで今回読みました。これは哲学書ではなく筆者が立ち上げた「ゲンロン」というコミュニティーをこの10年間の時代変遷と共にどう形成していったかの自叙伝のような内容です。特にSNSに関する考察が秀逸で、印象に残った文章を一部紹介させていただきます(太字部分が引用)。

第1章はじまり 21ページより

“SNSと民主主義が結びつくことには良い面が多くありました。けれども負の面もあった。その二面性が明らかになった 10 年でした。
とりわけ問題なのは、SNSが普及するとともに、言論においても文化においてもまた政治においても、しっかりとした主張のうえで地道に読者や支持者を増やしていくよりも、いまこの瞬間に耳目を集める話題を打ち出して、有名人やスポーツ選手を使って「炎上させる」ほうが賢く有効だという風潮になっていったことです。そのような戦略は、短期的・局所的には有効かもしれませんが、長期的・全体的には確実に文化を貧しくしていきます。いま日本ではリベラル知識人と野党の影響力は地に堕ちていますが、その背景には、2010年代のあいだ、「その場かぎり」の政権批判を繰り返してきたことがあると思います。これから本書で話すことは、ゲンロンがいかにその風潮に抗い、「べつの可能性」を生み出してきたかという悪戦苦闘の歴史でもあります。”

第4章 友でもなく敵でもなく 164ページより

“もう少し付け加えます。ぼくたちの社会では、SNSが普及したこともあり、「言葉だけで決着をつけることができる」と思い込んでいるひとがじつに多くなっています。でもほんとうはそうじゃない。言葉と現実はつねにズレている。報道で想像して悲惨なイメージをもって被災地に行ったり被害者に会ったりしたら、全然ちがう印象を受けた。あるいはその逆だったということはよくあるわけです。そういう経験がなく言葉だけで正しさを決めようとしても意味はない。むしろ大事なのは、言葉と現実のズレに敏感であり続けることです。”

第6章 あたらしい啓蒙へ 259ページより

“いまの日本に必要なのは啓蒙です。啓蒙は「ファクトを伝える」こととはまったく異なる作業です。ひとはいくら情報を与えても、見たいものしか見ようとしません。その前提のうえで、彼らの「見たいもの」そのものをどう変えるか。それが啓蒙なのです。それは知識の伝達というよりも欲望の変形です。”

私自身なんとなく感じていたSNS社会に対する違和感を、東さんが非常にわかりやすく言語化してくださっているおかげで本書を読んだ後少し見通しがよくなった感覚があります。SNS社会は情報量が一見多いようで、「ハッシュタグ」や「フォロー」によって自分の知りたいことだけを手早く知るという非常に視野が狭い状態に陥ってしまっていることが問題なのかもしれません。「ひとはいくら情報を与えても、見たいものしか見ようとしません」という言葉は非常に耳が痛いところです。

この本はこれらSNS社会に対する考察だけでなくゲンロンというコミュニティー運営におけるドタバタ劇も書かれており、新書でさくさくと読みやすい内容でおすすめです(以下の写真をクリックするとAmazonのリンクに飛びます)。