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神経内科のすゝめ

今回は前に行ったホームページアンケートでいくつか要望のあった「なぜ神経内科を選んだか?」という点に関して個人的な経験を書かせていただきます。個人の経験に基づいた話なので多くの方にはあまり参考にならないですがご容赦ください。私はとある市中病院で2年間初期研修を行い、後期研修で何科を専攻するか悩んでいました。内科には決めていたのですがもともと総合内科をやりたいと思っていたため後期研修で総合内科を専攻するか?もしくは何か特定の内科を専攻するか?悩みました。そこで「なぜ総合内科を目指していたが神経内科を専攻することにしたのか?」、また今振り返って「神経内科を専攻してよかった点」などに関してまとめてみたいと思います。

1:病歴・神経学的所見を極めることが出来る

内科の素養として「病歴」「身体所見」から臨床診断を行うということはいつの時代も常に重要です。私も自分のこれまでの多くの誤診を振り返るとそのほとんどが病歴が不十分であったことに起因するものです。病歴は時間がかかる作業ですが、最初にきちんととらないとのちのち診療指針の大幅な変更を迫られる場合もあり、最初にきちんと方向性を決めるためにも極めて重要です(「急がば回れ」ですね)。

神経内科は主に病歴・身体所見(神経所見)から「どこの病巣なのか?」や「ここまで突然発症であれば血管障害だろう」といった推論をしながら論理を組み立てていく作業が求められます。これは好き嫌いがあるかもしれませんが、私には合っていました。

話は少しそれますが・・・病歴聴取能力は純粋な臨床能力であって、個人の性格はほとんど関係ないと私は思います。もちろんちゃんと話に共感出来ないや、けんか腰にすぐになってしまうなどは問題ですが、優しく傾聴できる人が病歴聴取能力が高い訳では全くありません。常に興味を持って患者さんから話を聞きだし「どのシステムの問題なのか?」という解剖の知識、「前に同じような症状の患者さんはどのような病歴であったか?」という今までの臨床経験などを総動員してようやく可能になる技術です。なのでC先生だと病歴がとれるが、D先生が何時間聞いても病歴を取れないということが普通にある訳です(ここがなかなか理解してもらえない点なのですが・・・)。外科手技は〇〇先生に出来て、△△先生にはできないという差が分かりやすいですが、病歴聴取も医者ごとの技術力に明確な差が生じます。この点で病歴を磨くというスキルを追求できる神経内科は私には魅力的に映りました。

2:神経内科の独学は不可能

どの分野ももちろんそうだと思いますが、神経内科は特に独学が困難な分野と思います。私は元々内科全般を勉強したいと思っていたのですが、特に神経内科が他の科と比べて独学困難であると痛感し神経内科を専攻した要素もあります。以下にその理由を解説します。

まず上で記載した「病歴」や「身体所見」はそれらをきちんとマスターした指導者の元で勉強しないと身に付きません。病歴に対してのフィードバックがないまま、病歴をただやみくもにとっていても病歴は上達しないですし、身体所見もただ我流で続けていても一向に上達しません。この点で病歴と身体所見をマスターしてフィードバックをくれる指導者が必要です。

また神経内科では「病巣診断」と「病因診断」を行い、そこから臨床診断を行います。例えば病巣診断では膀胱直腸障害と両下肢麻痺、錐体路徴候、デルマトームに沿った感覚障害を認め脊髄を病巣として疑い、病因診断では突然発症であり血管障害を疑う。臨床診断としてはまとめると「脊髄の血管障害特に脊髄梗塞や脊髄内出血、硬膜外出血を疑い」となります。この診断プロセスの習得も独学では極めて難しいです。上級医からの適切なフィードバックと思考過程の確認を繰り返して初めて身につくロジックであり、本だけから学ぶことはなかなか難しいです。

さらに神経疾患は希少なものも多く論文や文献を読むだけでは臨床像がイメージがしづらいですが、一度でもしっかりと診療したことがあるとその疾患に関して臨床的なイメージをつかむことが出来ます。例えばLambert Eaton筋無力症行群という病気は多分一度も経験したことがない医師にとって診断はほぼ不可能に近いと思いますが、一度でも経験があればぐっと診断しやすくなる疾患と思います。教科書でいくらLambert Eaton症候群の内容を読み込んでも実臨床では決して診断できないと思います。この点で神経疾患は患者さんから学ぶ要素が非常に大きいです。

このように神経領域は臨床の現場での経験とフィードバックから学んでいきます。神経領域は難しい本を沢山読む印象があるかもしれませんが、実際には臨床の現場で患者さんから学ぶことが最も多いので臨床好きの方には向いている領域と思います。

3:総合内科や救急との親和性が高い

神経内科は市中病院で働いている分には決して希少疾患ばかりを扱っている訳ではなく、commonな症候・疾患を多く扱っています。神経内科では「意識障害」、「一過性意識消失」、「痙攣」、「頭痛」、「めまい」、「しびれ」、「上肢が動かない」といった内科や救急でよく遭遇するcommonな症候に詳しくなることが出来ます。逆に申し上げると「神経」の分野を避け続けていると総合内科を行うにしても、救急を行うにしてもかなりの部分がごっそりと抜け落ちてしまうことになります。この意味で神経を専門にしていると総合内科や救急と関係性を持ちながら修練することが可能です。この意味でgeneralに活躍したい方にNeurologyはとても向いていると思います。私が神経を専門にしてよかった点のひとつは内科や救急といったgeneralな分野との橋渡しを担うことが出来るということです。

4:神経という分野の専門性の高さ

これは先ほど述べた「総合内科との親和性の高さ」という点と矛盾しているように感じられるかもしれないですが、神経領域はその複雑さから専門性が極めて高いという特徴があります。私は卒後5年目に1000床規模の病院で働きましたが、そこには神経内科医の常勤医は2人しかいらっしゃいませんでした。そこの病院で私は「総合内科兼神経内科」として勤務していたのですが、神経内科の需要の高さを痛感しました。医局ですれちがいざまに他科の先生から色々相談をいただくのですが、その相談内容のほとんどが神経に関することでした(一応私の所属名は「総合診療内科」だったのですが・・・)。

神経という分野は内科の中でもその専門性の高さや難しさからおそらく最も敬遠されている分野だと思います。また扱う範囲も非常に広く認知症、脳血管障害、多発性硬化症をはじめとした脱髄試験、ギランバレー症候群などの末梢神経障害、重症筋無力症などの神経筋接合部疾患、皮膚筋炎などの筋疾患、細菌性髄膜炎などの感染症、筋萎縮性側索硬化症、てんかん、パーキンソン病、片頭痛などの頭痛診療など多岐にわたります。

はじめのうちはあまりに扱う内容が多く学習が大変ですが、勉強をすすめていると点と点がつながってきて理解に幅と深みが徐々に出てきて楽しくなってきます。特に電気生理と病理を勉強すると臨床により深みが出てきます(これは専門研修を経ないことには習得は困難です)。

私は神経内科を専攻して、卒後3-4年目のときは「神経内科は向いていないかもしれないな(転科して方が良いかな)」と本気で思い悩んだ時期もありましたが、卒後5年目くらいから徐々に理解できるようなってくると面白さが出てきて専攻してよかったと思うようになり、今は全くその後悔はありません。神経内科というと小難しいおじさんが非専門家を馬鹿にするような態度で専門家で話す印象があるかもしれませんが、それは古いイメージです(というと昔の先生方に失礼かもしれませんが・・・)。近年は決してそのような排他的な分野ではなく若くアクティブに働く聡明な先生が沢山いらっしゃいます。少しでも神経内科に興味をもってもらえる先生が増えて仲間が増えてくれると嬉しいです。