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大動脈解離と脳梗塞

急性期脳梗塞診療は「いかに大動脈解離を除外するか?」というテーマを常に抱えています。大規模な3次救急病院では年1例くらいは脳卒中搬送で実は原因が大動脈解離であったということがあるのではないでしょうか?しかし、初発症状で神経所見を呈する大動脈解離は典型的な疼痛を訴えることが少なく診断が難しいことが知られており、rt-PA投与は禁忌で致死的になりうるため注意が必要です。ここではその特徴を文献的にまとめます。先にまとめを掲載します。

大動脈解離と神経症状

大動脈解離による神経症状は、解離が波及した血管の閉塞による虚血、圧迫により起こります。大動脈弓領域へ解離が波及すると脳梗塞、TIA,TGA、痙攣、意識障害、失神などを認め、脊髄動脈領域への解離波及は脊髄虚血、末梢神経領域では末梢神経障害をきたします。この記事では特に脳梗塞に関して扱います(Cerebrovasc Dis 2008;26:1–8)。

“In aortic dissections, neurological symptoms are often dramatic and may dominate the clinical picture and mask the underlying condition.”(Stroke. 2007;38:292-297より引用)と記載がある様に、神経症状が前面にでると背景の大動脈解離がマスクされてしまうことが多々あります。

大動脈解離患者の30%(30/102人)の初発症状が神経症状とされており、内訳は脳梗塞16%、脊髄梗塞1%、虚血性末梢神経障害11%、低酸素脳症2%、その他失神6%、痙攣3%となっており脳梗塞が最多です(下図参照)。こうみるとERを受診するcommonな神経症状のいずれの場合も大動脈解離の可能性を必ず考える必要がありそうです。

神経症状が初発症状の大動脈解離患者で胸痛を訴えた患者は2/3で(神経症状ではない患者は94%で胸痛あり)、また神経所見は半数で一過的であったとされています。神経所見は基本的には解離の発症からすぐに出現します。解離の進展時動脈が閉塞することにより神経所見が起こるので、一過的に動脈閉塞が解除されると神経所見が改善することがあります。

このように神経症状が初発症状となるStanfordA型大動脈解離は多く、神経症状としては脳梗塞が最多ですが、失神やけいれんの場合もあり、1/3は疼痛を訴えないことから診断が非常に難しくなります。特に失語や意識障害を合併すると疼痛の訴えは拾えないため、大動脈解離を常に疑い続ける姿勢が求められます。

大動脈解離が原因の脳梗塞の特徴は?

日本の国立循環器病センターが発表された論文(Cerebrovasc Dis 2016;42:110)では、脳卒中疑いの1637例中5例(0.31%)、実際脳梗塞のうち1.09%、発症4時間以内に限ると1.70%の症例で大動脈解離を認めたとされています。この5例の主訴は意識障害4例、構音障害1例で、いずれも胸痛の訴えはありませんでした(検査をした症例はすべて頸動脈エコーでflapを認めています)。

大動脈解離が原因の脳梗塞と、それ以外が原因の脳梗塞で何が違うか?が重要ですが、血圧低値(特に右上肢での低血圧)、D-dimer高値などが大動脈解離が原因の脳梗塞で重要な項目となっています。「大動脈解離かも?」と疑うきっかけは色々ありますが、個人的にはやはり最初のvital signで「血圧低値の脳梗塞はおかしい」と思い、大動脈解離を積極的に除外しに行く臨床的アプローチが重要だと思います。

右上肢の血圧低値とD-dimer高値を組み合わせると感度、特異度ともにかなり優れると報告されています。

D-dimerに関しては脳梗塞1236例のうち大動脈解離による9例と大動脈解離以外による1227例を検討した文献で、大動脈解離合併例中央値:46.47±54.48 μg/ml; range, 6.9–
167.1 μg/ml vs. 大動脈解離非合併例中央値:2.33±3.58 μg/ml, 0.3–57.9 μg/ml, P<0.001と有意に大動脈解離合併例でD-dimer値が高い結果でした(doi: 10.1253/circj.CJ-15-0050)。カットオフ値D-dimer=6.9 μg/mLに設定すると感度100%、特異度94.8%、PPV14.7%、NPV100%と非常に優秀な成績でした。急性期脳梗塞でのD-dimer異常高値は背景に大動脈解離がないかどうか?疑うヒントになると思います。

今度は逆に「大動脈解離全体からみるとどのくらい脳梗塞を合併するのか?」に関してですが、IRADより(最大規模)2202例のStanford A型大動脈解離のうち132例(6.0%)で脳卒中を合併と報告されています(Circulation. 2013;128[suppl 1]:S175-S179)。脳卒中を合併した大動脈解離と非合併の大動脈解離では脳卒中合併の方が胸痛が少ない(69.7% vs 82.3% P<0.001)、失神が多い(43.5% vs 15.3%)、脈拍欠損が多い(50.5% vs 28.5%)結果でした。

また国内の23例大動脈解離StanfordA型に脳梗塞を合併した報告まとめでは(大動脈解離StanfordA型226例中23例 10%)、rt-PAの投与に該当する症例が57%(13例)、発症から受診までの時間2時間(中央値)、症状は意識障害78%(18例)、胸痛48%(11例)、片麻痺91%(21例 右4例、左17例)、解離が波及した血管は腕頭動脈100%、右総頚動脈83%、左総頚動脈52%、左鎖骨下動脈23%でした(JSCVD 2016;25:1901 下に23例をまとめた表を掲載します)。

大動脈解離のentry部位として上行大動脈基部からの順行性解離が多いため、腕頭動脈~右総頸動脈をかむことが多く(左麻痺が多いため特に注意)、rt-PAの投与基準を満たす症例が多いという点が特に重要かと思います。

どう大動脈解離を見逃さないようにするか?

全例胸部造影CT検査を行う訳ではないので、病院によってプロトコルは様々と思います。個人的にはrt-PAもしくは血栓回収の適応となる症例は頸動脈エコーと心エコーを救急の現場でぱぱっと当てるようにしています。心エコーでは大動脈基部の拡張、AR、心嚢液貯留といった大動脈解離にともなう合併症がないかどうかを調べ、頸動脈エコーは流速が測定できなくても、フラップの確認だけでも診断には十分です(下図は”J Neuroimaging 2015;25:671″より引用)。

このほか頸動脈MRAを撮影することで、頸動脈のmottled high signal “snowstorm sign”が大動脈解離に特異的な所見であるとしています(下図引用:Magnetic Resonance Imaging 2016;34:902–907)。私が前勤めていた施設はこの頸部MRI撮影による大動脈解離見逃し防止の方法を採用していましたが、時間がかかりすぎてしまう点が難点もあると個人的には思います。

この論文では下記のようなアルゴリズムを提案しています。

大動脈解離の除外は急性期脳梗塞で最も重要な項目です。以下の様な注意点も挙げられています(General Thoracic and Cardiovascular Surgery (2018) 66:439–445)。